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沖縄出張での二度とない夜

「出張いいなーって言われるけど、仕事で行ってるんだから全然よくないよ。遊びに行くのとは違うんだから」
と、いっしょに飲んでいた友達の彼氏が言った。
友達は、彼から結婚を迫られているが、のらりくらりとかわしているらしい。
「わたしも前はたまに出張ありましたけど、人が羨ましがるほどいいものではないですよね」
友達の彼氏とはそんなに仲良くなかったので、とりあえず共感しておいた。
でも本当は、それは本心から遠い言葉である。

もう10年近く前、会社員時代に、沖縄へ出張に行ったときのこと。
仕事が終わった夕方、沖縄に詳しいらしい会社の先輩に教えてもらった小料理屋で、ひとり夕飯を食べた。
確かに美味しく、適度に品がありつつも気軽に入れる雰囲気で、いいお店だった。
いかにも「人にオススメしやすい」という感じの、クセのなさだった。すすめられた泡盛を飲んで、「泡盛なのに飲みやすーい」っていうつまらないテンプレも言ってしまった。
……つまりわたしは物足りなかったのである。
過不足がほしい。予定調和を崩したいのだ。

明日仕事はなくて帰るだけなので、泊まっているホテルがある国際通りから栄町まで歩いて行ってみた。このときすでに23時。

小さなお店が並ぶ通りのなかで、いちばん賑わっているところへ入ってみる。
そこはカウンター席だけのお店で、わたしの左には60歳ぐらいの酔っ払い、右には小綺麗な人が座っていた。
酔っ払いは強い沖縄訛りで、わたしの右の人に「人と話すときはもてなさないといけないんだよ、モテなくなるよ」と絡んでいた。右の人は、気が弱そうに笑っていた。
酔っ払いの指摘は的を射ていなかった。なぜなら、右の人は、Tシャツにジーパンというラフな格好なのに垢抜けていて、モテないわけがなさそうだったからだ。

しばらくして、酔っ払いが帰った。
右の人は「初対面の人と話すのは苦手なんだよね」と言うので、わたしは話しかけたりせずにぼーっとしながらお酒を飲んだ。

そのうち、右の人は、わたしとは反対側のとなりに座っていた屈強な男2人から、賭けジャンケンに誘われていた。
3人が1000円ずつ出して、勝った人が総取りできるルール。ちょっとした遊びの範囲だ。
お店の人が「うちは賭博禁止だからテーブルの下でやってよ」と声をかけ、見ないようにと後ろを向いた。
じゃんけんの様子を見ていると、何回かあいこが続いて膠着状態。
屈強な男のひとりが言った。
「オレ、次はパーを出す」
すると、他のふたりも「パーを出す」と言う。野次馬のわたしは、「ウソをつく人は嫌いだなー」と笑顔で混ぜっ返す。
じゃんけんをすると、屈強な男2人が宣言通りパー。右の人だけがチョキを出していた。
右の人は3000円を取ってそのままお会計を済ませ、わたしの分も払ってくれた。
そして「このあと店長と飲みに行くけど一緒に来る?」と誘ってくれて、わたしはなんとなくその誘いに乗ってみた。

右の人はアコウさんといって、この近くのバーで働いているという。32歳で、沖縄出身ではないけれど、もう15年近く那覇に住んでいるそうだ。
出身を聞いてみると、東京の高級住宅街だった。
アコウさんは「沖縄が特別好きなわけじゃなくて、住むところはどこでもいいだけ」と話していて、その気だるい雰囲気がいいなと思った。

栄町から少し歩いたところに、ヤンキーっぽい男の子2人が乗った車が待っていた。
「店長」と聞いていたので年上の人がいるかと思ったら、アコウさんはお店のオーナーであり、店長とは部下だった。
車に乗りながら、これって危ない行動かもなぁ、などと考える。
でも、「間違っている」「失敗するかも」とわかっていても、自分がしたいようにしてみたいときはある。自分の直感を大事にしながら、予想外の展開に乗っかることはとても楽しい。

アコウさんは人見知りなのかもしれない。
この2人の前では、さっきとは別人のようにテンションが高く、楽しそうで、「〜じゃねぇし」など雑な言葉も混ざった口調で会話をしていた。

車を走らせ、なぜか台湾料理屋へ連れて行かれ、「せっかく沖縄に来たんだから!」と次はヤギが食べられるお店に行った。
東京での仕事の話や、那覇の観光スポットについて話した。
ヤンキー2人は、じめっとしたところが少しもなく、ずっと明るくて、軽くて、わたしにはそれが魅力的に映った。

ヤギのお店を出て、コンビニでちんすこうアイスを買い、食べながら歩く。甘塩っぱいミルクの味がおいしく、口の中だけ涼しい。
次はメキシコ料理屋に行くことになったのだが、アコウさんは「タクシーで行こうよ」と駄々をこね、2人に「近いっすから歩きましょうよ」と優しく諌められていた。
わたしが昔好きだった人も、すぐにタクシーに乗りたがってたなぁと感傷に浸ったりした。

メキシコ料理屋で一杯お酒を飲み終わると、もう3時だった。
タクシーでホテルの近くまで送ってもらった。
「じゃあ」と言いながら、連絡先か、せめてFacebookを聞こうかと思い、やめておこう、いや名残惜しいな、などと一瞬だけ逡巡してから、そのまま何もせずに別れた。
連絡先を交換したってこのあと連絡を取ることはないだろうし、名残惜しさをごまかすためだったら、いっそ無いほうが潔くて好きだと思ったからだ。
3人はそうすることが当たり前のように、じゃーまた会えたらね〜とサクッと去っていった。
「瞬間を生きる」みたいに刹那的であることは、爽やかなことでもあるのだと知った。

この夜をふと思い出した。
あの人たちは今何をしてるだろう?

お酒が進んで、シャツの首元とネクタイがクタクタになってきた友達の彼氏に、「楽しい出張もたまにありますけどね」と言うと、適当に「まあね」と返ってきた。
そう、楽しい出張もたまにはあるのだ。あんなに行き当たりばったりの夜は、もう経験できないだろうけどね。

(写真はまったく関係ない水族館で撮ったものですw)

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