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聖女vs魔王 闇落ちした魔法少女を取り返せ!

 その建物は「パパ活ビル」と呼ばれていた。六本木の外れにある。ビル名を「Dear Barbizon 西麻布ビル」と言う。各階にバーやラウンジ、個室カラオケなどがあり、ラグジュアリーな空間を演出している。六本木には、他にも「パパ活カフェ」とか「パパ活バー」と呼ばれるお店も存在する。だがこのビルは、この国の上級国民だけが利用するソドムとゴモラの館だった。
 複数の「パパ活クラブ」が集まり、しのぎを削っている。
 だがその元締めは、六本木の魔王と呼ばれる男が君臨していた。
 パパ活コンサルだ。裏社会と繋がりがあり、最近は東京都や偵察総局とも繋がっている。
 しかしパパ活を取材するマスコミも、宇宙のグルメを自称する魂喰らいの捕食型宇宙人の暗躍までは掴んでいなかった。あとドイツから来日した恐るべき性科学者の存在も。
 英語・フランス語教育のYou Tuberかつ、聖母マリア幼稚園の保母さんでもあるマリー・マドレーヌは、Dear Barbizon 西麻布ビルに正面から乗り込んだ。白い貫頭衣に黄金のロザリオを下げている。今日の彼女は、完全に聖女スタイルだ。魔を折伏する。
 後ろから、「え?私も?」と言う顔をした天花娘娘も、おっかなびっくりでついて来た。
 「無法理解(フゥファーリージー)」(意味不明)
 とかSNSで呟きながら、マリーの袖を指先で摘まみながら、後ろから続いている。
 日本で見つけた疫病を封じる妖怪、アマビエちゃんを弾避けで連れて来たが、出番はなさそうだ。足元をちょこちょこ動いて、かえって邪魔だったりする。あとそんなに可愛くない。
 一階のエントランスを突っ切り、エレベーターに乗り込むと、最上階に向かった。扉が開くとそこは、中央に噴水が流れるラウンジのようになっていた。ドーナツ状のソファーがある。
 「待っていたぞ。マリー・マドレーヌ。いや、聖女マグダラのマリア」
 その男は青紫のスーツを着ていた。緑のベスト、朱色のネクタイだ。顔に赤と白のドーランは塗っていない。素顔のままだ。手にシャンパングラスを持ち、足を組んで座っている。隣に座る黒ギャルの右肩に手を置いている。左右に怪人が座っていた。右側は2メートルを超える。
 「……マドカはどこ?」
 マリーは詰問した。するとその男は、器用に片眉だけ跳ね上げた。
 「せっかちだな。だがそういうのは嫌いじゃない。おや、後ろのお嬢さんは……」
 「あ、私、見学見学!」
 天花娘娘は素早く挙手した。隣でアマビエちゃんもコクコク頷いている。
 「聖女様に女神様か。今夜は豪華だな。Happy Halloween!」
 その男がシャンパングラスで音頭を取ると、フロアに集う客たちもグラスを合わせた。
 因みに、今日はハロウィーンだ。来る時、街を歩いたが、仮装する若者の群れに紛れて来た。
 「……もう一度言う。マドカはどこ?」
 マリーが詰問すると、その男は微笑みを浮かべた。
 「聖女様は勇ましいな。ここは敵地で、今夜はハロウィーン。不利じゃないか?」
 「……心配要らない。このビルの屋上に神の旗を立てれば、一瞬で制圧できる」
 今回バックアップを、ジャンヌ・ダルクにお願いしてある。無敵だ。
 「La Pucelle d'Orléans(オルレアンの乙女)、聖心の乙女まで来ているのか――」
 その男は一瞬、左の男に視線を走らせると、白衣を着た外人は立ち上がってどこかに行った。
 「――凄く興味深いが、今興味があるのは、マグダラのマリア。お前だ」
 マリーは、その男を見返した。
 「娼婦上りで聖女というのは面白い。だがここにいるパパ活女子大生とどう違う?」
 「……マドカと同じよ。悪人正機説で戦っている」
 「それだ。お前は一体何者だ?浄土真宗と関係があるのか?」
 その質問にマリーは答えなかった。男は続けた。
 「古代インドでも、アンバパーリー(注22)みたいな例はある。だがお前はちょっと違う」
 「……泥沼で蓮の花は咲くのよ。それは私たちも同じ」
 マリーが静かに答えると、その男は鋭く見た。
 「やはりお前は親鸞聖人(注23)と関係があるな。だから日本にいる」
 「……そう言うあなたこそ何者?」
 「俺はただのパパ活コンサルだ。悪魔と契約した。生娘シャブシャブだ」
 沈黙が訪れた。黒ギャルがそっと牛丼を出した。テイクアウトだ。白いビニール袋が眩しい。
 「いや、今それはいい」
 黒ギャルは牛丼を横に置いた。アマビエちゃんが反応している。あ、食べた。
 「こら、勝手に食べちゃだめでしょう」
 天花娘娘は慌てて、アマビエちゃんを取り押さえに行った。二人でクルクル走り回る。
 「ん?何か匂うね?アマビエちゃん?」
 アマビエちゃんも反応している。感染症だ。天花娘娘には分かる。パパ活女子大生を見た。
 「……とりあえず、サービスで浄化しておくね」
 この酸っぱい感じはきっと梅毒だ。シャラーンと水の羽衣を回して、病魔を断った。
 「そっちの女神さんは、さしずめコ〇モクリーナーか?あるいはコス〇リバース?」
 「あ、はい、そんな感じです。ただのお花です。あと歌います。宇宙の花です。超時空です」
 「でも泥沼で咲いている?」
 「泥かどうか分かりませんが、お酒臭いかもです。いつも酒場で咲いています」
 「花鳥風月とかやるのか?」
 「あ、その宴会芸、得意です」
 天花娘娘はその場で、扇子を開いて花鳥風月をやった。拍手喝采さえ得た。
 「愉快だな。……二人は長いのか?」
 「ズッ友です。千年くらい?」
 「……俺も夢の世界を渡り歩いた。だから無意識の世界で、時空を超えて、あらゆる物事が繋がっているのは分かる。お前らみたいな存在は確かにいるんだろうな。正義の味方さん」
 「だったら、分かるでしょう。あなたのやっている事は明確に悪よ。世界を破壊している」
 マリーは指摘した。男は不敵に笑った。妙な凄みがある。
 「近頃、人間は愚かだとか、人類は、戦争や疫病で集団自殺しているとか言われるが、俺に言わせれば、ちょっと違う。人間は全部試したいんだ。運命のルートを全て攻略したい。だからこれだけ多くの人間がいて、それぞれの道を歩いている。そして俺は悪の道を選んだだけだ」
 マリーは黙って男を見ていた。哀れみとも、悲しみともつかない眼差しをしている。
 「この道は誰かが歩かなくちゃいけない。だから俺が歩いた。それだけだ」
 「……それは悪を侵してよい理由にならない」
 「昔から正義の味方って連中が、本当にいるのかどうか、興味があった。だからこの道を歩いた。俺が悪を極めれば、必ず現れると思ってな。聖女様たちに会えて光栄だよ。Prosit!」
 男がグラスを掲げると、左側にいた白衣の外人が誰かを連れて来た。いや、あれはマドカだ。
 「そうそう。お披露目しよう。淫魔サキュバス初号機だ」
 マドカは黒とピンクの派手なボンテージを着ていた。全身から淫紋が浮かび上り、恐るべき色気が放射されている。男殺しの呪いの波動だ。ソ〇マップのポーズを取り、見た者を虜にする。眼は虚ろで、表情がおかしい。赤いルージュから、チラチラと舌さえ覗いていた。
 魔法少女マドカは見事に闇落ちしていた。隣でお友達だった黒ギャルが意地悪に微笑んでいる。彼女もドロンと淫魔サキュバスに変身した。零号機だ。パパ活コンサルは解説を続けた。
 「胸部は98cm連装砲に換装した」
 胸が大きくなっていた。ちょっとマドカの肩幅と合わない。
 「零号機に比べて、火力不足が指摘されたからな。無料で増量サービスしておいた」
 ぬっと2メートルを超える黒マントの男が立ち上がった。隣に丸眼鏡に白衣の外人も並ぶ。
 「宇宙から技術提供があり、そちらの教授の協力で完成した」
 不意にドイツから来日した恐るべき性科学者は叫んだ。
 「Die deutsche Sexologie ist die beste der Weeeeeeeelt!」(ドイツの性科学は世界一!)
 「……ドイツ?ああ、そうか。あなたの正体は悪魔営業メフィストフェレスね」
 マグダラのマリアがパパ活コンサルに向かってそう言うと、不意に男の影が大きくなった。
 「久しぶりだな。グレートヒェン。いつぞやの文豪の時以来だな」
 声が変わっていた。パパ活コンサルの声ではない。背後に黒い影として、憑依している。
 「200年ぶり?会いたくなかったけど……今はマリー・マドレーヌよ」
 マグダラのマリアは、2メートルを超える黒マントの男を見た。
 「今回、私が相手するのは、宇宙から来た侵略者よ」
 「……お互い昔を懐かしむ暇はないようだな」
 メフィストフェレスは残念そうに言った。だがマグダラのマリアは言った。
 「安心しなさい。あなたの相手は別にいる。日本の話は日本人同士で解決しなさい」
 その悪魔営業は、ビジネス・パートナーを見た。2メートルを超える黒マントの男は頷いた。
 「……大怖い。こいつは低能力者だからな。実は戦えないんだよ」
 悪魔営業メフィストフェレスは、赤と白のドーランを顔に塗った。そして青紫のスーツ、緑のベスト、朱色のネクタイをクールに決めた。マッド・ピエロだ。あのピエロは見覚えがある。
 「最近、映画デビューしてな。売上も好調なんだ。正義の味方より売れた」
 「……この三流魔王が!」
 「現代の悪魔は、映像の世界、動画の中、インターネットに潜むのさ。悪魔営業の時代だ」
 その時、2メートルを超える黒マントの男が合図を送ると、フロアにいるパパ活女子大生が、一斉にスマホを掲げて魔界転生した。量産型淫魔サキュバスだ。白いのが6体いる。
 「……淫魔シリーズ!完成していたの」
 「特殊装備に換装中だった弐号機は、ドイツから移動中だが、間もなく到着する」
 量産型サキュバスが包囲して近付いて来る。零号機と初号機も邪悪な笑みを浮かべている。
 ミッションがスタートした。聖女vs魔王 闇落ちした魔法少女を取り返せ!だ。
 だが勝負は一瞬でついた。ビルの屋上で、ジャンヌが神の旗を立てたのだ。
 ドーンと光がビルを貫通して、魔の属性を持つ者たちは、その場で打ち倒された。
 「やはり戦力が足りないか。三大聖女のうち二人も同時に相手にしたのは無謀だったか……」
 それはそうだ。多分、自分一人でも何とかなる。それくらい力の差はある。こいつらは、悪魔としては小者だ。だがメフィストフェレスだけ立っていた。マグダラのマリアは見た。
 「マドカを返してもらうわ」
 気絶して倒れているマドカに肩を貸す。そのまま元来た道を引き返す。背後から言葉はない。
 「……ところで私、来た意味あるのかな?」
 ビルから出ると天花娘娘は、アマビエちゃんと顔を見合わせてそんな事を言った。
 「それは決まっているじゃない。感染症対策よ。バッチィイ処だったからね」
 マグダラのマリアが笑顔でそう言うと、ジャンヌが抱いているマドカを見た。
 今は眠っている。次目覚める時、いつもの彼女に戻れるとよいのだが……。

 注22 アンバパーリー(紀元前6世紀頃)原始釈迦仏教の比丘尼。元々高級娼婦だった。
 注23 親鸞聖人(1173~1263年)浄土真宗の宗祖。高僧でありながら妻帯した事で有名。

          『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード50

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