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パパ活女子大生改め魔法少女爆誕!お前のプ〇キュアは何色か?

 「シュート!」
 杖から発射された光弾が、悪者に直撃する。
 「……バカな。パパ活女子大生に聖なる光だと?」
 黒マントの長身の男は、片膝を突いていた。
 ――パパ活言うな。もう足は洗った。足湯だ。ちょっと気持ちいい?
 私、マドカ。女子大生。21歳。なぜか魔法少女になって戦っています。
なぜ戦っているかと言うと、これには丘よりも低く、川よりも浅い理由があるからです。
 今ちょっと、忙しいから、詳しい説明は待っていてね――
 その魔法少女は、夜の六本木のホテル街で、天高く魔法の杖を掲げる。星の光が再び宿る。
 「にわか魔法少女め、パワーが低いぞ。貴様、さては善行が足りぬな?」
 そのレプタリアンは立ち上がった。黒マントがずるりと落ちる。
 「……そんな事ないもん」
 やはり、電車でおばあちゃんに席を譲るだけでは足りないか。いっぱい譲ったのに……。
 「手伝うよ」
 後ろから不思議外人のマリーさんが、肩に手を置いた。星の光が急速にチャージされる。
 それを見たレプタリアンは、目を細めた。赤い虹彩が縦に伸びる。
 「……貴様、マグダラのマリアか?」
 「違うよ。私はマリー・マドレーヌ。ただのYou Tuber。『English with Marry』のマリーだよ。あ、『Français avec Marie』もやっているから、そっちもよろしくね」
 マリーさんは、いつの間にか、白い服に着替えていた。小さなロザリオはそのままだ。
 「聖女がパパ活女子大生に教導だと?一体何を考えている?」
 だからその言い方はもうやめて欲しい。
 「もう私はパパ活なんかやらないよ!」
 光弾が複数発生し、纏めてシュートされる。どどーんと着弾した。
 「グワーッ!」
 悪者はやられた。しおしおと姿が縮んで、塩をかけられたナメクジみたいになって消えた。
 その様子を見ていた不思議外人のマリーさんは言った。
 「やったね。初勝利?」
 私達はハイタッチして、歓声を上げた。足元で白猫のルルがやれやれと嘆息した。
 ――あ、お待たせ。なぜ六本木の夜の街で戦っているのかと言うと、これは正義の戦いなの。地球を侵略する悪い宇宙人から、この日本を守っている。トマトの心だ。いや、違った。大和の心だ。これでも正義の魔法少女なのだ。白猫のルルと共に、夜の街を駆け抜けるよ。
 マドカというのは、パパ活女子大生だった時に名乗っていた源氏名だ。
 単に好きだった深夜アニメの魔法少女から、ヒロインの名前を借りただけだ。
 まさか本当に、自分が魔法少女になるなんて思いもしなかった。年齢オーバー?
 いや、最近は女子大生でも許されるかな?少子高齢化の波がこんな処まで押し寄せて……。
 とにかく、そもそもの発端は、六本木のホテル街の路地裏で出会った化物だ。
 科学万能な21世紀の世の中で、ちょっと在り得ない聊斎志異を私は見たの――
 ――その黒マントで覆われた2メートルを超える長身の男は、夜の街を歩いていた。
 眼を凝らすと、その背後に何かいる。その六本木の路地裏には、無数のどろどろが蠢いていた。マドカの目にそれははっきり映り、その存在が認識できた。
 以前のマドカであれば、気が付かなかったかも知れない。だが今は違う。
 その身には、僅かだが、星の力が宿り始めている。悪行から足を洗い、反省したからだ。
 「……マリーさん、あれ」
 マドカが指差すと、どろどろが人に憑りつく姿が見えた。悪さをしている。
 「人から精気を吸っているね」
 その若い白人女性は、小さなロザリオを首から下げていた。
 マリー・マドレーヌだ。最近、親しくなった。ちょっと不思議な外人さんで、普段は英会話スクールの先生をやっているらしい。マドカがパパ活を辞めたきっかけを作ってくれた。以来、何かと連絡を取って、こうやって行動を共にしている。あと洋菓子のマドレーヌも貰える。
 様子を見ていると、どろどろに憑りつかれたおっさんがエロくなって、変な事を考えていた。
 ちょっと間抜けな顔をしている。欲望が燃え上り、一緒にぼうぼう燃えている。
 いや、あれはエネルギーを吸収している。どろどろは活性化した。
 どろどろたちを操る黒マントの長身の男が、ホテル街の裏路地で待機に入った。
 あの黒マントは知っている。敵だ。悪い奴だ。社会に隠れて潜むモンスターだ。
 「マドカ!今こそ変身だよ!」
 スマホの待ち受け画面から、白猫のルルがぴょーんと飛び出した。
 「え、ルルちゃん?どうしてここに?」
 マドカは、実体化した愛猫を見て驚いた。家にいた筈だが、こんな処までついてきて危ない。
 「今はそんな事はどうでもいいんだよ!」
 「……喋っているし!」
 マドカは二重三重に驚いていた。慌てて、後ろのマリーに振り返る。彼女は頷いている。
 「え、でもここで変身するの?更衣室ないし……」
 手提げ袋に入れた衣装を見た。魔法の杖が、買い物袋のネギのように飛び出している。
 「……早く早く!打ち合わせ通りやって!」
 打ち合わせなんかいつやったかなと思いながら、白猫のルルに急かされて、マドカはスマホを天に掲げて、スタートアップを宣言した。
 「変身!マジカル・ラジカル・まとめてマドカ!」
 スマホから変身バンクの音楽が流れて、マドカは慌ててお着替えした。
 「これって、長距離砲戦仕様だよね」
 マドカが手にした杖を見たり、衣裳を確認した。深夜帯の魔法少女だ。間違いない。
 「……パパ活女子大生だったマドカは深夜枠だからね。日曜朝を取り戻せ!」
 白猫のルルがそう言うと、マドカは苦笑した。目指せプ〇キュア?
 「よく分からないけど……」
 どの道、接近戦は苦手なので、離れて撃つ方が向いている。
 「私も力を貸すよ」
 マリーも、その場でくるりと回ると、一瞬で変身した。白衣姿だ。
 マドカが杖を構えると、背後にマリーが立った。
 「シュート!」
 魔法の杖の先から光弾が飛び出して、どろどろに命中した。どろどろは、びっくりしたり、飛び跳ねて逃げ惑っている。時々、シュールレアリスムの叫びみたいな顔が見える。
 「……ちょっとキモイね」
 マドカがそう言うと、マリーが答えた。
 「あれでも人間の成れの果てよ。慈悲の心で包んであげて」
 不意に哄笑と共に、黒マントの長身の男がやってきた。
 「……お前一度見た事があるな。いつぞやの仙人に助けられた女だな」
 確かに一回だけ、六本木のホテル街で仙人のおじいさんに助けられた。あの後、どうなったのか分からない。その後、マリーさんに出会って、色々話し合って、パパ活を辞めた。
 「パパ活女子大生の分際で、魔法少女とは片腹痛い」
 その捕食型宇宙人は、本当に可笑しそうに嗤っていた。
 ――なによ。可笑しくなんかないもん。本気なんだから。
 「……パパ活は卒業したよ。今は深夜の魔法少女。日曜朝を目指しているんだから」
 その魔法少女は、不満そうに口を尖らした。
 レプタリアンは、ちょっと愉快そうに首を傾げてみた。トカゲの動作にそっくりだ。
 「じゃあ、訊くが、目指しているお前のプ〇キュアは何色だ?」
 その敵はおかしな事を尋ねてきた。だがマドカも答えた。
 「……黄色かな」
 黒マントの長身の男は哄笑した。
 「マニアックだな。パパ活女子大生改め魔法少女爆誕!とでも言いたいのか?」
 馬鹿にしたな。黄色ちゃんは、明るくて元気な子が多い。ちょっと小さいが。
 「胸がちょっと薄いお前にはお似合いだな」
 あ、言ったな。それ言ったら、おしおきだよ。お月様は出ているかな?
 「……月は出ている?」
 マリーさんが空を見上げた。ばっちりだ。今夜は満月の夜だ。
 「よし。チャージするよ」
 え?なになに?スターラ〇トブレイカー?それともサテラ〇トキャノン?
 「そんな大技は使えないから……」
 マリーさんが苦笑すると、悪者が言った。
 「言っておくが、聖なる光でなければ、俺は倒せないぞ」
 自分から弱点を言うなんて、よっぽど自信があるんだね。あ、メモメモ……。
 「パパ活女子大生に聖なる光が宿る訳があるまい」
 そんな事ないもん。これでも反省して、悪行から足を洗って、修行しているんだから!
 「……反抗的な目つきだな。何か理論的な根拠でもあるのか?」
 「それは悪人正機説って奴だよ」(注14)
 マドカは、ふふんと薄い胸を反らして言った。大学の一般教養で習ったばかりだ。
 「ああ、Pure Land True sect(浄土真宗)ね。アレ、私たちと親和性が高い」
 マリーさんが、補足説明してくれた。
 悪い人ほど、心を入れ替えて反省すると、位相が逆転して、凄い力が出るとかそんな説だ。
 「科学万能の21世紀で、悪人正機説だと?笑わせる」
 悪者は嘲笑ったが、マリーさんが一歩前に出て言った。
 「……宇宙から来た女の敵は、私が相手よ。可愛い妹分もできた事だし」
 「貴様何者だ?もしかしてΙσαπόστολος(亜使徒)の類か?」
 悪者は一歩下がった。マリーさんには近づかない。近づけない?
 「喰らえ!」
 何か酸のようなものを口から吐いた。マドカの衣装に掛かって、ちょっと溶けた。
 「H!」
 危うく下着が見えそうだった。
 「この!よくもやったな!」
 マドカは杖を構えて、射撃の姿勢を取った。初の実戦だ。緊張する。
 ――それから先は冒頭の話に戻るよ。今日はここまで。またね。
 
 注14  唯円『歎異抄』1300年頃より
 
          『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード30

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