見出し画像

ちょいちょい書くかもしれない日記(汁物三昧)

ひとり暮らしになって以来、料理がどんどん簡略化していくのを感じる。
冬の間はひとり鍋ばかり食べていたけれど、さすがにもう鍋の休眠期を迎える感じだ。
何日も煮返して食べるような料理も、初夏以降はちょっと避けたい。
公衆衛生学を教える人間が食中毒で倒れたら、ちょっと学生たちに合わせる顔がない。
これからは、しっかり炒めたもの、焼いたものが増える予感だ。
美味しく食べられるならばそれで十分。
自分だけのことなのだから、好きなものを好きに食べればいいと思いつつも、せめて汁物は具だくさんにして、野菜やきのこの摂取量と品目数を稼ぎたい、などと姑息なことを考える。
だから、鍋野菜と鍋つゆの残りを全部費やして、大鍋いっぱいの汁物を作った。
ザ・繊維質という感じの構成だ。
毎食だけでなく、おやつ代わりにもしている。
2日で食べきる所存だ。
体にいい、かもしれない。
あまりそういうことは気にしないのだけれど。

サプリメントのことは、ほぼ信用していない。
ただ母が、どの仕事でも目を酷使する私を心配し、無理矢理押しつけてくれた目のサプリメントだけは、ありがたく飲み続けている。
母が施設に入った今も、なお。
実家を片付けていたとき、そのサプリメントがコンビニの袋いっぱい分、発掘されたのだ。
義妹は弟用に持ち帰りたそうにしていたが、私のためのものだとわかっていたので、ごめんねと謝って、まるっと引き取った。
認知症がもたらす強迫観念にかられ続けていた母は、「決してこのサプリを切らしてはいけない、あの子(私)の目がそのせいで悪くなったらどうする」と、大量に予備を買っていたらしい。
もう本当に。母の愛が暴走すると、かくも切なく悲しい。
幸い、消費期限が意外と長いので、どうにか使い切れそうだ。
そのあとどうするかは、まだ決めていない。
私は面倒くさがりだから、そのままやめてしまう可能性が高い。
そういえば、両親は毎朝、小皿にサプリを盛り合わせにして飲んでいた。
膝によい。目によい。血流によい。健やかな毎日に。頭スッキリ。
どれもフワッとしたうたい文句で世に流通しているものばかりだ。どこにどの成分がどういう機序で効くのかなんて、まったく書いていない。
何で高いお金を出してそんなあやふやなものを……と訝しんでいたが、今は少しだけ気持ちがわかる。
たとえハッキリした効果が感じられなくても、サプリの効果で「こともなし」レベルが保たれていると感じてしまう。
そうすると、やめたせいで具合が悪くなったらどうしようと恐れるようになるのだ、たぶん。
それがまさに、メーカーの思うツボというやつなのだろう。
父が後生大事にしていたサプリ入れの立派なボックスは、先日、ゴミに出した。
何故か、色んなサプリと一緒に入っていたビオフェルミンの褐色の瓶だけは、ありがたく貰ってきた。
私と猫の腸の平和のため、貢献してもらおうと思う。


こんなご時世なのでお気遣いなく、気楽に楽しんでいってください。でも、もしいただけてしまった場合は、猫と私のおやつが増えます。