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バロック音楽 雑記

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チェンバロのバロック部門の記録や思いつきなどをつぶやきます。 コロナ禍に続けたノン・ムジュレの演奏もまとめました。
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記事一覧

フローベルガーとブランクロシェ

Tombeau fait a Paris sur la mort de Monsieur Blancrocher FbWV 632 フローベルガーのリュ…

いろいろな記譜法

オルガン研究会でフローベルガーの「ブランクロシェを偲んで」を弾くにあたり、いろいろわかり…

加納木魂さんのリュート

名古屋の加納木魂さんにリュートを作ってもらったのはもう40年ほど前のこと。 オランダ留学か…

TV-Fredensborg

Michiyo Honma concert Tokyo 7nd february 2014 Japanese and Danish music - Tv-fredensborg…

Gabriel Du Buisson

一昨年、連続でコンサートをしたノンムジュレの作品群にまたまた追加する曲が出てきました。今…

#1 モダンチェンバロの魅力

モダンチェンバロをご存じですか? とても魅力的な楽器なのです。 簡単に楽器の紹介をしま…

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#2 Joseph-Nicolas Pancrace Royer La Majestueuse

ロワイエはルイ15世の子供たちの音楽教師でした。 この曲は1746年に出版された「Pieces de clavecin」(全14曲)に収められています。 献呈はMesdames de Franceとあり、ルイ15世の娘達に捧げられています。 ルイ15世には11人の子供があり、うち王女6人、王太子1人、死産1人、夭逝3人、長女次女は双子です。 ロワイエはサヴォイア公国トリノ、現イタリア・ピエモンテ州生まれです。1725年からパリに居住し、音楽教師として、作曲家として活躍しました。1730年から1750年代にかけてオペラ6曲、室内楽曲、クラヴサン曲集など作曲しました。 余談ですが、ピエモンテといえばルイ・クープランのクラヴサン曲集にありましたね。LaPiemontoiseは彼のクラヴサン作品全133曲中102番です。 ルイ・クープランのクラヴサン曲集はアラン・カーチスの編の組曲集が有名ですが、元はPreludeはPreludeで並び、couranteはcouranteで並びと成っていて組曲形式ではありませんでした。余談でした。 この曲はそんな背景の中で作られた作品です。 王女たちに捧げた作品中筆頭の作品がこのLa Majestueuseです。「荘厳な、厳かな、壮大な」、まさに献呈の最初に相応しい作品です。 ちなみにロワイエの生年月日は 1703年説、1705年説、1705?年説などいろいろです。

#3 アートにエールを! G・F Handel Prelude C・B Balbastle Le D'Hericourt

コロナ対策の1つ。東京都の支援を頂きましたビデオです。モダンチェンバロの魅力を生かして作…

#4 Rechard Farnaby Nobodyes Gigge「誰のためでもないジーグ」

この作品の収蔵されている曲集についてまず説明します。「フィッツウィリアム・ヴァージナルブ…

#5 John Bull Galiarda FVB185

ジョン・ブル(1562〜1628)はイギリスの作曲家、オルガン建造家。1591年29歳で王室礼拝堂オル…

#6 Jacques Duhly -- La Forqueray--

ジャック・デュフリ(1715〜1789)はフランス ルーアン生まれのオルガン奏者、チェンバロ奏者…

#7 Messe en Mi op.13より

Leonce de Saint-Martin(1886〜1954) パリ ノートルダム大聖堂のオルガニストでした。 Louis…

#8 Noel Claude-Benigne Balbastre

Claude :-Benigne Balbastre (1724〜1799)はルイ16世の弟プロヴァンス伯(後にルイ18世)付…

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#9 カトリック新潟教会 J・S Bach プレリュードとフーガ

カトリック新潟教会 新潟市中央区のこの教会は1885年に建立され2度の火災で焼失、現在の建物は1927年、スイス人の建築家マック・ヒンデルによる設計で建てられた。ロマネスク・ルネッサンス建築様式である。21枚のステンドグラスは1996年の大修復の折にフランシスコ会ボローニャ管区からの寄贈で、イタリア フィレンツェのミケーレ・メリーニ工房製。中でも独自なものとしては「佐渡の殉教者」と「米沢北山原の殉教者」の2枚である。またこの教会には日本において最古のオルガンの一つであるパイプオルガンが存在する。1929年に設置されたオルガンは、ドイツのデュッセルパーダーホルン市のAnton Feith社製で空気アクション式、手鍵盤1段、足鍵盤、5つのストップを有する。足踏み空気装置は現在名残でペダルが残っている。 このオルガンは戦前戦後の日本の音楽教育に大きな業績を残したエタ ハーリッヒ=シュナイダー女史に深く関わりがある。ドイツのチェンバロ奏者であった彼女は1941年5月初来日。精力的に演奏活動をし、同年10月には新潟で3回の演奏会を行っている。新潟市公会堂と新潟イタリア軒でチェンバロ演奏会、カトリック新潟教会。まさにこのオルガンでミサを行っている。 シュナイダー女史の日本においての活動や日本音楽研究、そしてチェンバロの普及のための大きな業績についてはまた機会を改めて書こうと思います。 数年前のクリスマス、私は幸運にもこのオルガンを弾く機会に恵まれました。。シュナイダー女史が1941年に演奏したそのまま状態です。バッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻第1番プレリュードとフーガです。シュナイダー女史がミサで何を弾いたかは記録がないのですが、その前後のチェンバロ演奏会では必ず弾いているバッハの曲なのでオルガンでも演奏したのではないかと思われます。 なかなか演奏はさせて頂けない楽器なので、貴重な音源という事で敢えて載せました。