楯四郎『浅草怨念歌』【エロティック・ブックガイド】(夜のみだらな鳥)

楯四郎『浅草怨念歌』(1993年、第二書房)

バトラー: 夜のみだらな鳥

 国立国会図書館に納本されていない傑作です。私は、新宿二丁目のブックカフェ「オカマルト」さんのツイートで本書の存在を知り、半年間、探し回って入手しました。第二書房が、「薔薇族」創刊250号記念として出版したゲイ小説。伊藤文学氏によると、著者はNHKアナウンサー。表題作は「男女の小説なら直木賞間違いなし」と評価されたとのことです。

 本書には5編の短編が収録されていますが、表題作が出色です。
 舞台は大正末期の浅草。貧しい山村に生まれた留吉は、口減らしのため、幼くして奉公に出されますが、主家から金を盗んで、出奔。辿り着いた浅草で掏摸に遭い、途方に暮れる留吉に優しく手を差し伸べたのが、「般若の哲」こと哲次。その夜、留吉は哲次に犯され、男の悦びを覚えます。やがて留吉は、惚れた哲次のため、男娼に身を落とします。これは色事師「般若の哲」の常套手段。留吉に客を引く一方で、新たな獲物としてペラゴロの美少年を篭絡する哲次。留吉は自立を決意しますが、縄張り荒らしとして、他の男娼たちから酷い私刑を受けます。後日、護身のため、刃物を懐中にしていた留吉が、美少年と逢引をする哲次に遭遇。ここで幕引きに向けてのお膳立てが整ったかに見えますが、想像とは異なる意外な結末。大正末期の浅草ならではの終幕に感嘆しました。

 大正デカダンスの浅草が蠱惑的に描かれている点も本作の魅力です。オペラ、芝居、寄席、活動写真、グルメ、と日本一の繁華を誇る一方で、江戸の悪所の残滓も色濃く、本作を覆う退廃と刹那は、さながら黙阿弥の白浪物のようです。

 著者は芝居通のようで、一幕の芝居を観るような作品でした。歌舞伎で上演されるなら、留吉は染五郎さん、般若の哲は愛之助さんに演じていただきたい。かつて「細川の血達磨」で先代染五郎さんと愛之助さんが魅せたような濃厚な濡れ場を期待します。

 作中で場末の淫売が歌う、数え歌形式の「怨念歌(うらみうた)」も秀逸です。
「一つ人にはだまされて、二つ枕で責められる、三つ身を売る地獄から、夜ごと世の中怨み歌、五ついつかは仕返しの、むごい男を呪い歌、七つ涙は見せやせぬ、八つ病になろうとも、ここのつらさが去るじゃなし、十でとうとう狂い死に」<57-58頁>
 J.A.シーザー氏か三上寛氏に歌っていただきたい詞です。

 表題作以外に、黙阿弥の「弁天娘女男白浪」の弁天小僧菊之助と南郷力丸にはモデルとなる、契りを交わした兄弟がいた、という「弁天小僧暗闇描画」、そして忠臣蔵の寺坂吉右衛門が同志に加盟した理由、討入り後失踪した理由を同性愛の視点から推察する「寺坂失踪」も、芝居好きの方にはお勧めです。

 入手困難な上、日本のいずれの公共図書館にも所蔵されていないという状況は、きわめて残念です。復刊を強く望みます。今すぐ読みたい方は、「オカマルト」さんへ。

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