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忘却の景色 「パラダイムシフト」

...ボォーー...

誰もが経験をしたことがあると思うけど
何気ない日常の中で意識が遠のく事が多々あった

なんだろうか、ピントがずれ景色がボヤける
そして音も小さくなっていく

「意識の半身」

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今まで相手に合わせて仕事や会話をしていると
ずっと違和感を感じていた

よく考えれば昔から人に合わせるのは嫌いで
いつも自分のマインドで行動をしていたように思う

例えば
皆がタバコを吸ってても吸わなかった
皆がギャンブルをやってもやらなかった
皆が進級しても進級しなかった、、、いやできなかったかw

猫も杓子も勧めてくるけど全く興味がなく
そうやって生きてきたはずだった

しかし、僕がこんな人間だったことを
20代、30代は仕事やしがらみなどに制御され
すっかり忘れていた

都会で生活をするようになってから我慢をする日々
考える暇もなく、違和感だけは纏わりついてくるが
それを振り払いながら環境に合わせ全速力で走った

そんな生き方をしてると次第に走ることは早くなり
振り払うのも得意になるが体力は永遠には続かない

疲弊しスピードが遅くなると違和感が襲いかかったが
不思議と違和感は怖いものではなかった

「なぜだろう」

走ると高速になるから必然と景色が霞む
逆にゆっくり歩くと景色の解像度は上がり鮮明になる

そして一旦止まれば360度見渡すことができ
立体で物事を考えれるようになる

「都会のスピードとリスク」

つまり、競争社会のレースに参加し走り続けると
意識のズレが起こり、違和感が現れていたのだ

この意識の半身が起こっていたのは
本能や直感がブレーキをかけていたのかもしれない

40代に突入した今はとても居心地がよく
成功とは程遠いが思うように生きている

自分のスピードで
自分で道を決め
自分で舵を切っている

もし自分が船の船長であるならば
航路の確認と安全の確保と決断力が必要

あの有名なタイタニック号は氷山にぶつかり沈んだ
いかに素晴らしい大きく頑丈な船でも舵を誤れば沈む

以前、山に登ってる時に進めば進むほどおかしいと思い
道順を間違ってるのではないかと不安になった

振り出しに戻れば精神的に追い込まれれ
決断が間違っていれば時間と体力が無駄になる

だけど僕は、一か八かで引き返す決断をし
登山口の振り出しに戻った

すると、今から登山をしようとするおじいさんが
疲れている僕に声をかけて下さり、かくかくしかじかと
事情を説明したら、おじいさんはこう教えてくれた

「どんなに進んでいても間違ってると思えば
 時には引き返す勇気がいる」

結果、やはりコースは間違っていて
再度登るのはとても疲れたけど山頂まで登ることができました

そして山頂の壮麗な景色で疲れも吹っ飛び笑みがこぼれた
この時におじいさんの言ったことが理解できた瞬間だった

昨今世界では目まぐるしいテクノロジーの発展で
パラダイムシフトが起こり更に時代のスピードは上がる

ギアを上げて時代に付いて行くのはいいけど
僕がそうだったように意識のズレが起こり周りが見えなくなる

そんな時はスピードを緩め戻ってみると
遠回りにはなるが忘れた物があった事に気づく

「急がば回れ」

つまり、あの時に感じていた違和感とは
何か”忘れ物”をしていることだったのだ

忘れ物をすれば取りに戻るのがセオリー
小学校の頃はダッシュで家に帰ったはずだ

「忘れ物は人それぞれ」

その忘れ物は自分の足跡を一歩一歩追えば
見つけることができてピントが合う

すると、あの時山の山頂で見たような壮麗な景色が
そこには広がっているはずだろう


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