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読切小説「真美の初恋」

1「バレンタイン前夜」

「真美、友チョコの数は合ってるの?」

「えっとー、同じクラスの女子が18人でしょ、別のクラスの仲良しの女子が5人、部活の同期が8人、お父さんへの義理が1個、合計32個!ピッタシカンカンだよ、お母さん!」

「この32個のうち、真美の力だけで作ったのって・・・」

「ははあっ、母上、大変かたじけない!」

真美は母の咲江に向かって土下座をした。

「アハハッ、そこまでしろなんて言ってないよ、真美。来年はもう少し自分で作れるように、少しレシピを覚えな、ね」

「うん!」

バレンタインデーが、女の子から好きな男の子へとチョコを渡して告白する日じゃなくなったのはいつからだろう。

いや、今でも本命チョコってのはあるんだと、毎年旦那の正樹に気合の入ったチョコを贈っている咲江は信じている。

(それが女の子の楽しみじゃない。アタシはバレンタインのお陰で結婚できたようなもんだし♪)

咲江は大学1年生の時に、サークルの1年先輩、伊藤正樹にほぼ一目惚れし、長い片思い期間を経て、バレンタインデーに伊藤正樹に手作りチョコを渡し、正樹も咲江のことが気になっていたことから、スムーズにカップルになったのだった。

そのまま2人は付き合い続け、正樹が社会人1年生、咲江が大学4年生の時に婚約し、咲江が大学を卒業するのを待って結婚した。

赤ちゃんが出来たから…という訳でもないのに、なんでそんなに急ぐの?と両家の親は訝しがったが、咲江は伊藤家に就職する!と言って、我を通したのだった。

そんな2人に舞い降りたのが、一人娘の真美だ。

正樹が中高時代にバレーボール部、咲江が中学でテニス部、高校で陸上部、大学では2人とも軽音楽部という血筋を引いているため、真美も体育が好きで音楽センスもある女子として育った。
中学時代は両親が経験していないスポーツの部に入ってみようと、バドミントン部に入ってみた。

そこで出会った同期生が8人。真美を入れて9人中、男子は2人だけだった。

毎年バレンタインデーには、クラスと部活とでチョコを贈っては贈られる状態だったが、それも今年で終わるのかと思うと、真美はほんのちょっとだけ寂しく思った。

だが男子2人にはいつもエッチなイタズラばかりされていたので、同期の女子7人とも、最後のバレンタインのチョコはあの2人にはやめようか?という話も出ていた。

着替えを覗くなんてしょっちゅうで、他の女子には校内ですれ違っただけでも胸やお尻に触ってきたり、スカートをめくられたり、どこでそんな早業を身に付けたのやら、バドミントンの試合コスチュームでいる時に背後にそっと忍び寄り、ブラジャーのホックを外したりとか、とにかくスケベな2人だった。

結局「義理」だから仕方なく上げることにしたが、男子2人にやられたエッチなイタズラを許した訳じゃない!ということも、7人の同期の女子で確かめ合った。


2「2月14日」

2月14日当日は、教室中がチョコの甘い香りに包まれていた。

担任の先生も朝やって来るなり、今日はお菓子持ち込み禁止は黙認だけど、この匂いはなんとかならないかなぁと苦笑いしていたほどだ。

「みんな、来週から私立の入試だよ?大丈夫?特に女子のみんな…」

女子からは、口々に大丈夫でーすという声が上がった。

その後、休み時間を利用して女子同士で友チョコの交換を一気に行い、真美のバッグの中も自作のチョコから友達からのチョコへと装いが変わっていった。

(みんな凄いなぁ)

色とりどりのカラフルな手作りチョコが、山のように詰め込まれていた。

その内放課後になり、夏に引退した部活の部室へ向かう時間となった。

他の部活はどうか分からないが、バドミントン部は引退した3年生がバレンタインデーには部室に再集合して、チョコを交換する習慣が続いていた。
更衣室は別として、活動は男子と女子に別れていないのも、その伝統の一助かもしれない。

真美も同じクラスのバドミントン部員と一緒に、バドミントン部室へ向かった。

「ねえ真美ちゃんは、アイツラのチョコは女子のチョコとは別にした?」

同じクラスの山本美和が、部室に向かいながら聞いてきた。

「うーん、別にしたかったんだけど、アタシ、チョコ作りが下手で、お母さんに助けてもらっちゃったから、別にする余裕が無かったよ」

「そうなんだ。アタシは別々にしたよ!女子には可愛いチョコ。アイツラにはチロルを2個溶かしてもう一度固めただけのチョコ」

「アハハッ!でもちゃんと手作りにはなってるじゃん」

その内他のクラスの女子も集まってきた。

隣のクラスの石田裕子は、ポッキーを食べて、最後に残った2本を1本ずつラップでグルグル巻きにしたのを持ってきていたし、さらにもう一つ隣のクラスの中本久美は、きのこの山で同じ手を使っていた。

「みんな、面白すぎー!」

「なんか、嫌いな男子に上げなきゃいけないチョコ選手権って感じじゃない?」

「ホントだよね!でも、アイツラ遅いよね」

「きっとアタシ達に報復されると思って、ビビってんじゃないの?」

と、女子7人が揃って話に花を咲かせていると、噂の男子2人がやって来た。

1人は上野久志。もう1人は高田信勝。真美は別のクラスだったので、半年合わない間に男子ってこんなに成長するんだーと驚いていた。
だが他の6人の女子は、早速ガンを飛ばしている。

「ねえねえ上野、今日はどんな気持ちでここに来た?」

早速元部長だった、佐藤真由美がプレッシャーを掛けている。

「いや、ホンマに女子の皆には嫌な思いばかりさせて悪かったって思ってるよ。ホンマにごめんな」

上野は腰から90度頭を下げて、謝っていた。高田もそれを見て、マネするように謝罪している。

上野も高田も、よく見ればイケメンなのに、バドミントン部の女子にエッチなイタズラばっかりしてきたから、その噂もあって、同学年内でも評判はいまいちだった。

「アタシなんか、何度パンツ見られたことか」

中本久美が吐き捨てるように言った。

「アタシはブラのホック外しばかり仕掛けてくるから、親に頼んでフロントホックのブラに変えたんだよ!弁償してほしいくらいだわ」

石田裕子が冷静に、しかし怒りを込めながら言った。

真美は女子の糾弾を受けている2人の男子を見ながら、そういえばアタシは大してエッチなイタズラはされたことがないよ?と思い返していた。
精々で更衣室で着替えていた時に覗かれた程度で、それは他の女子も同時に覗かれているから、真美1人だけの被害ではない。

「本当に女子の皆には、俺たちがバカだったせいで、嫌な思いをさせました、ごめんなさい。お詫びに…いや、お詫びにもならないだろうけど、女子の皆には2人で小遣いはたいて、デパートで少しでもいいチョコをと思って、こんなの買ってきました」

2人は7つの袋をカバンから取り出した。そこには、北海道の名物、ロイズのチョコポテチが2箱入っていた。

「1つはお詫び、1つは今までありがとう、そういう意味で2個にしました。受け取って下さい」

と言って、上野と高田は手分けして7人の女子にチョコポテチが2箱入った袋を渡した。

「…上野、あ、ありがとう」

2人のイタズラに一番怒っていた元部長、佐藤真由美が、思いがけない言葉を口にした。それを聞いて、他の女子も驚いた表情で佐藤真由美を見ている。
また上野達も、意外と「ありがとう」という反応が返ってきて、驚いていた。

「アタシも胸触られたり、あんた達にはエッチなイタズラされたけどさ、男ってそんな生き物だよね」

「……」

「アタシには1つ下の弟がいるんだけどさ、家でもエッチなことばっかり考えてる。もう笑えるくらいによく分かるよ。例えばアタシが学校から帰ってそのまま制服姿で座ってたら、スカートの中を覗こうとするし。風呂に入ってたら用もないのに脱衣場に入ってきて、姉ちゃん、足らんものないか?とか聞いてくるし。だからアタシは、立場上あんた達のエッチなイタズラには怒ってたけど、心のどっかで男ってしょうがない生き物だね~なんて思ってたよ」

「……」

「ねえ女子のみんな、この2人、どうする?まだ許せないって思う?」

さすが元部長だ、統率力がある。

「なんか、いつもの元気さがないし、もう卒業だし、いいかなって感じ」

真美と同じクラスの山本美和が言った。
他の女子も段々、仕方ないよね、男子はスケベな生き物だしね、と発し始め、男子2人は思わぬ展開に安堵しているのがよく分かった。

上野が話し始めた。

「俺たちを許してくれてありがとう。本当に女子の皆には嫌な奴らだったと思うし、決してロイズでチャラにしようなんて思ってないから。ただ、バカな男2人が、雑誌で見たことを試してみたくて、同じバド部の皆に嫌な思いをさせちゃったんだ。ごめんなさい」

「いいよ、上野。たださ…」

「え?ただ…何?」

「高校に行ったら、こんなこと止めなよ。本気で女子にキモイって言われてオシマイになるよ。あんた達、顔はイケメンなんだから」

「それはもちろん!これからはまともな男子になることを誓います!」

ここで女子の誰かがプッと笑った。それにつられて、女子が次々に笑い始めた。真美ももちろん笑っていた。
更につられて、上野と高田も笑っていた。

真美は笑顔の上野を見た瞬間、何かが体の中に走った気がした。

(なに?今の感覚…)

よく分からなかったが、いつもとは違う感覚、今まで感じたことのない感覚だった。

とりあえずバドミントン部恒例のバレンタインデーの日を終えると、真美は違和感を抱えたまま帰宅した。


3「咲江の思い出」

「お母さーん、中学校の卒業アルバム見せて!」

真美は帰宅するなり、咲江に言った。

「珍しい、いつもただいまってちゃんと言う真美なのに、どうしたの?」

「あっ、ごめん。ただいま!で、早くお母さんの中学校の卒業アルバム、見せてよ~」

「いいけど、なんでまた突然?」

「なんかね、今日義理チョコを配りまくったら、バド部の男子に、変な感覚を感じたの。で、お母さんが中学生の時の話も聞きたいから、卒業アルバムを見ながら、色々インタビューしようと思って」

咲江は直感的に、真美の初恋なのではないかと思った。これまで男子のことを散々な表現でこき下ろしてきた真美が、同じ部活の男子にいつもと違う感覚を覚えたなんて。咲江は少しホッコリしながら、咲江と正樹の寝室の本棚から、中学校の卒業アルバムを持ってきた。

「真美、お父さんのはいいの?」

「お父さんのは…いいや。今はお母さんと、女と女で話したいのよね」

咲江は苦笑いしながら、ちょっとホコリを被った卒業アルバムを、ティッシュで拭きながら持ってきた。

「はい。真美はまだ当たってないんだっけ?」

「うん。アタシ達は卒業式の日に当たるから」

真美はケースからアルバムを引っ張り出した。

「お母さんは何組だったの?」

「1組よ。1組で石橋だったから、結構早く卒業証書をもらって、あとは暇だったな~」

「あっ、この人だ!」

真美は1組のページで「石橋咲江」を見付け、指さした。

「お母さんを捕まえて、この人だ!はないでしょ」

咲江は笑いながら、真美と一緒に自分のクラスのページを見た。

咲江自身もかなり久しぶりにアルバムを見るので、懐かしい。

「お母さんの時も、結構可愛い子が多いね」

「その中でも一番可愛いのは、誰?」

「…母上でございまする…」

「うむ、良きに計らえ」

と笑いながら、真美は順番にページをめくっていった。

実際に中学時代の咲江は、可愛い顔立ちをしていた。娘の真美にも、受け継がれているはず…。

「お母さん、何部だったっけ?」

「中学の時はテニス部だよ」

「テニス部、テニス部…あった!え、こんなコスチュームだったの?昔は…。スコートが無い時は、パンツ一丁で試合してたの?」

「違うわよ。これはブルマーっていう、お母さんが中学高校の頃は当たり前だった体操服。確かにちょっと恥ずかしかったけど、みんな同じ格好だから、気にはならなかったかな。でもお母さんが卒業した数年後に、男子も女子も同じ短パンに体操服が変わってね。ちょっとショックだったかな」

「ふーん。アタシがこのコスチューム着ろって言われたら、登校拒否するよ」

「アハハッ、そこまでひどい恰好かな?」

「うん!セクハラだよ、セクハラ!」

「まあまあ。真美が見たい聞きたいってのは、体操服のことじゃないでしょ?」

「そうだった。あのね、お母さん。お母さんは中学の時、好きな男の子って、いた?」

やっぱりだ。真美はバド部の男子に、恋心を持ったに違いない。

「うん、いたよ!でもね、中学3年間で、お母さんが好きだった男の子とお母さんは、縁が無かったんだよ~シクシク」

「泣き真似までするなんて、お母さんの辛く苦しい過去を思い出させちゃった?」

「大丈夫よ。今は正樹君がいるもん。でもね、バレンタインデーは、今の真美の時代よりも、好きな男の子への告白をする日って意味のほうが強かったの」

「へぇー。でも一部の女子は男子に告白してた。だからその風習は生き残ってるんじゃない?」

「そっかー。少し安心したかな。で、お母さんは、中学3年間とも、ある男の子のことが好きで、毎年バレンタインデーにはチョコを上げてたの。でも最後の3年生の時…今の真美と同じ時だね、その時に、キッパリと告白は断られちゃったんだ」

「えーっ、お母さんを傷つけるなんて許せない!誰、ソイツ?!アタシが、大事なお母さんの気持ちを踏みにじったのは許せないって抗議してくるから」

「ちょっ、ちょっと大袈裟だよ、真美。もしお母さんがその男の子と上手くいってたら、真美は生まれてこなかったかもしれないんだから」

「え?あっ、そうか。お父さんと出会わない可能性があるんだ」

「そうよ。だからその時は辛くて泣いちゃったけど、結果オーライなんだよ」

「ふーん。ところでさ、お母さんは3年間その男子を好きだったって言ったよね?」

「そ、そうよ」

「何がキッカケで、その男子を好きになったの?」

「キッカケね…。よく覚えてないけど、1年生の時に同じクラスになって、お母さんが何か忘れ物をしたの。そしたらその男子が、俺のを貸してやるよって、貸してくれたんだ。それがキッカケかなぁ」

「ヒューヒュー!いいなぁ、お母さんの青春!またその頃に戻りたいでしょ?」

「そうね、戻れるもんなら…って、戻ったら正樹君に会えないかもしれないから、戻らなくていいよ」

「お母さん、どんだけお父さんのことが好きなのよ…」

「ウフフッ、いいじゃない。で、その子のことが好きになったんだけどね、えっと確か3年の時は5組だったはず…。あ、この男の子だよ」

「どれどれ。おぉ、確かにイケメンじゃん!この人も何か部活やっとったの?」

「うん、そうよ。男子テニス部だったの」

「あ、だからお母さんは女子テニス部に入ったの?」

「ううん、違うよ。テニス繋がりは偶然だよ。でもいつも近くにいるから、練習の時とか、ドキドキしてたな~」

「それはやっぱり、パンツ一丁の姿を見られるから…?」

「だからその頃はあのコスチュームが当たり前だったから、特になんとも思ってないっていってるじゃない。アタシ以外の女子もみんなパンツ…じゃない、ブルマーだったんだから」

「不思議だね~。本当に今の時代に、アタシがブルマーっての?体操服になってたら、暴動起こすよ、きっと」

「まあまあ。で、真美の疑問とかはお母さんに聞きたいことは終わったの?」

「あっ、かなり解消できたよ!」

真美は結構いい顔をしながら、アルバムをケースに戻した。咲江の中学時代の恋バナを聞けて、満足したのだろう。

ただそれをどう生かすのか?

真美が感じた初恋らしき感情を相手に伝えるにしても、日が限られている。ここは母親としてそっと見守ろうと、咲江は思っていた。


4「卒業式」

バレンタインデーの丁度1ヶ月後、3月14日が真美の中学の卒業式だった。

バレンタイデーから卒業式までの間に、私立高校の受験、本命の公立高校の受験、予餞会など色々あったが、真美はバレンタインの日に感じた、上野に対するモヤモヤした感情が、恋だと気付くのに時間は掛からなかった。

(お母さんも言ってたけど、男の子を好きになるのって、ほんのちょっとした出来事がキッカケなんだね)

真美の場合は、バレンタインの日に上野が最後に見せた笑顔を見た瞬間だった。その瞬間、今までにないドキドキを感じたのだ。
エッチなことをしてきて女子には嫌われていたが、全て洗い流して許せるような、素敵な笑顔だった。
元々イケメンで背が高いのだから、普通にしていればバド部の女子からあんなに嫌われることなく、卒業まで過ごせたはずなのに。

真美のドキドキは日を追うごとに増していき、あわや私立受験の日には寝不足で遅刻しそうになるほど、頭の中の上野の存在が大きくなっていた。

(もっといいチョコを上げれば良かったな…)

とはいえ、バレンタイン前日までは上野のことをどちらかといえば嫌っていたので、仕方ない。

またクラスも、真美は1組だが上野は4組と、離れているのも真美のモヤモヤの原因になっていた。
たまに廊下ですれ違うことがあったが、それまでは
「またエッチなことするんでしょ!」
「お前にはやらねーよ」
「何よ!」

みたいなやり取りがあったものの、バレンタイン以降は上野と目が合った瞬間に、顔が真っ赤になって目を逸らしてしまっていた。

(完全に初恋だよ…。しかも上野…君に。どうしよう…)

と思いつつも、今更バド部の同期女子に相談できる訳もなく、真美は1人で悶々と恋の悩みを抱えてしまっていた。

その内、解決策も見出せないまま、卒業式当日になってしまったのだ。

(今日を逃したら、上野…君に告白出来ない!絶対卒業式の後に捕まえて、告白しなきゃ!)

そう気合を入れて、真美は卒業式の朝、中学校へと登校した。

咲江も真美の変化は感じ取っていた。
それまで男勝りの喋り方をしていたのに、急にいかにも可愛い女の子的な喋りになったり、咲江に、恋が上手くいくおまじないはないかと聞いて来たり。

「あっ、アタシじゃないよ!友達が聞いてきたから」

と真美は言っていたが、そんなことは嘘だととっくに咲江は見破っていた。

だから卒業式の朝、真美を玄関から見送る時は、
(真美の初恋が上手く実りますように)
と、そっと通学カバンに恋愛成就の御守りを忍ばせておいたのだった。

少し時間を空けてから、咲江はこの日休みを取った正樹と共に、真美の中学校の卒業式へと出掛けた。

その時に、やっと真美に好きな男の子ができたということを、正樹に初めて報告した。

「そっかー。真美もそんな年なんだね」

「そうだよ。いや、ちょっと遅いくらいじゃない?アタシの初恋は中1だったし。確か正樹君は小6じゃなかったっけ」

「サッちゃんよく覚えてるね。近所のお姉さんが中学校に上がって制服姿を見たら、突然大人びて見えてさ。憧れみたいなもんかな~」

こんな話をしながら、真美の中学校へと2人は向かっていたが、歩く時はいつも手を繋いでいたし、今も繋いでいる。
咲江の両親がラブラブだったのを見せ付けられているため、両親がラブラブなら子供はグレないと信じているのもあるが、やっぱり何歳になっても咲江が正樹のことを大好きと言って憚らないのが大きいだろう。

さてその卒業式自体は滞りなく行われ、真美が卒業証書をもらう場面では、正樹も咲江も感動していた。

その後、最後の学活には親も参加し、見事式が終了して、無礼講の時間となった。

「真美、好きなだけ思いで作ってから帰ってくるんだよ!」

正樹が真美に声を掛けると、ちょっと驚いたようではあったが、大きく頷いて見せた。

「さあ俺たちも思い出作りするか!」

「正樹君、何言ってんのよ、まだ他の人がいる時に…」

2人はそう言って、再び手を繋いで真美より先に家路に付いた。

さて真美は、卒業生と在校生で入り乱れている学校内を、ひたすら上野を探し歩いた。

(バドミントン部の男子の後輩からは慕われてたから、バドミントン部のほうにいるかもしれない)

真美は1ヶ月前に男子と女子で歴史的和解が成立した、バドミントン部の部室へと行ってみた。

そこには同期の女子もいて、前部長の佐藤は女子の後輩から、泣きながら抱き着かれていた。

真美も到着したら、伊藤センパーイ!と女子の後輩から抱き着かれ、サインを求められた。

(スターになったみたい♪)

と、喜んでいる場合ではなかった、上野を探さなくては。

真美は後輩の女子に、上野君見なかった?と尋ねてみた。すると

「ついさっきまでいたんですけど…あれ?帰ったのかな?」

「分かったよ。ありがとう!」

真美は下駄箱へと向かった。バドミントン部は男子の比率が低いため、後輩と別れを惜しんでも、すぐに終わってしまうのだろう。としたら、もう後は帰るだけだから、下駄箱だ!

真美は途中から全力で走り、下駄箱へ着いた。その時丁度、上野も下駄箱に着いたところだった。

「あれ?伊藤さん、そんなに汗かいてゼエゼエ言って、どうしたの?」

「…んっと、あのね、そのね…、実は…」

と、告白したいのに息切れと照れでなかなか次の言葉を切り出せない真美より先に、上野が喋りだした。

「そうそう、伊藤さん、バレンタインのチョコ、ありがとう」

「へっ?」

「他の女子からはポッキー1本とかダース一個とか、ちょっと悲しいチョコばかりだったけど、伊藤さんがくれたチョコは凄い凝った手作りチョコでさ。俺、感動したんだ。卒業式の日にはお礼を言わなきゃと思って伊藤さんを探してたんだけど、なかなか見付からなくて、諦めて帰ろうとしてたんだよ」

「そ、そうなの?」

「ああ。本当だよ。だから会えて良かった。ありがとうも言えたし。あと、コレ。俺からのホワイトデーのお返し。伊藤さんだけだから、すぐ隠してね。中身は家に帰ってから見てみてね」

上野は、ラッピングが施された箱を真美に手渡した。

「上野君…」

上野はここで、覚悟を決めた表情になって話し始めた。

「俺さ、もう最後だから言うけど、実は伊藤さんのことが好きだったんだ」

「ええっ?」

真美はいきなりの告白に動揺し、顔が真っ赤になった。

「同じバドミントン部の中で、エッチなイタズラしてごめん。でも俺、伊藤さんのことが1年生の時、初めて会った時から好きだったから、伊藤さんには直接イタズラはしないようにしてた」

確かに、上野から直接何かされたことはない。偶々更衣室を覗かれたことくらいだが、それは他の女子も同時にいたから仕方ない。

「上野君…」

「ごめんな、最後の日に。もし、伊藤さんに彼氏がいたら謝っといて。上野っていうバカな男が卒業式の日にカッコ付けて…」

よく見たら、上野は涙を堪えていた。卒業式の後、本当にお別れというタイミングで、3年間積りに積もった思いを伝えることが出来たからだ。

「ううん、アタシに彼氏なんていない」

真美ももらい泣きしながら、一生懸命に答えた。

「え?彼氏いないの?好きな男子とかは?」

「あの…あのね、アタシ、バレンタインからの1ヶ月、ある男の子のことが急に好きになったの。今まで感じたことのない感情だったの。でもその男の子に会えるのは、もしかしたら卒業式が最後。高校は何処に進むか知らないから。アタシ、初めて男の子を好きになったってことを、その子に伝えたくて、学校中を走り回って、やっと下駄箱で見付けたんだよ」

「そ、それって、もしかして…万が一…間違いじゃなきゃいいんだけど、俺の事?」

真美は思い切り大きく頷いた。

「ほ、本当に?伊藤さんが俺の事を好きになってくれたの?」

「本当だよ。バレンタインの日まではそんな気持ちは正直言って、全然無かったのに、バレンタインで上野君と高田君が真剣に謝ってたじゃん。そして佐藤さんが許して、みんな笑顔になったじゃん。その時の上野君の笑顔が凄い素敵だったの。…もう、イチコロだったんだぞ」

「伊藤さん、俺の足を踏んでみてよ」

「へ?なんで?」

「この両思いだったことが夢かどうか、痛みで確かめてみたいから」

「クスッ。上野君も面白いね。じゃあ遠慮なくいくよ!せーのっ」

下駄箱に上野の悲鳴が響いた。


オマケ

「おっ母さーん、おっ父さーん、ただいまでございます~」

真美は上機嫌で帰宅してきた。両手に色んな荷物を持って。

「真美、お帰り。どうしたの、えらい嬉しそうだね」

咲江はそう言って出迎えたが、もう分かっていた。初恋が実ったのだろう。

「まあね。女も15歳になると、色々あるよね。とりあえず卒業証書と、最後のクラスプリント!それと通知表!」

「はいはい。あっ、話とか聞かせてよ」

「話はちょっと後からね」

真美はスタスタと自分の部屋に籠り、上野からのホワイトデーのプレゼントを、丁寧に開いた。
中にはオルゴールと、手紙が入っていた。

《Dear 伊藤真美さん

 この手紙を読んでくれたということは、俺の拙いホワイトデーのお返しの箱を開けてくれたってことだよね。
 とりあえずホワイトデーのお返し、何がよいか分からなかったけど、俺が買える女の子向けのものを選んだつもりです。
 そしてバレンタインデーのチョコ、ありがとう。
 他の女子からはミジメな義理の中の義理チョコしかもらえなかったけど、伊藤さんは手作りのチョコをくれて、本当に嬉しかったです。食べずに永久保管したいくらいだったけど、腐っちゃだめだから、食べました。美味しかったよ。
 俺は実は中学でバドミントン部に入った時、伊藤さんを見て一目惚れしました。
 でもなかなか告白出来なくて、つい女子の気を引こうとして、エッチなイタズラとかを、高田と一緒に仕掛けてしまいました。
 でも伊藤さんにだけはそんなイタズラをしたくなかったけど、更衣室を覗いた時、たまたま伊藤さんと目が合っちゃって、その時は一生の終わりだと思いました。
 でもでも俺の伊藤さんを好きな気持ちは消えなくて、卒業式の日に告白しようと思ってました。
 伊藤真美さん、大好きです!付き合って下さい!
 これまでお互い喋ってないから、何高校に伊藤さんが進学するのか全然分かりません。奇跡的に一緒の高校だったらいいなと思ってるけど…。
 もし、もし良かったら、何高校に進学するかだけでも、教えて下さい。手紙とかもらえたら、俺、めっちゃ喜びます!ちなみに俺は公立の本命は○○高校です。まだ合格かどうかは分かんないけど。
 違う高校だとしても、元気に頑張ってください。もし付き合ってくれたら、せめて週に1回くらいは会いたいです。
 じゃあ、元気でね。
                          
From 上野久志》

急いで真美は、返事を書いた。

《Dear 上野君♡

 お手紙ありがとう。あたしも上野君のことが大好きです。付き合ってください!早速だけど、あたしの本命の公立高校は……

                          From 伊藤真美》

「お母さーん!お母さーん!」

真美は叫びながら、咲江と正樹がいる部屋へと戻ってきた。

「元気がいいねぇ、真美。お父さんに用はないの?」

「うん、お父さんには用はないの。お母さんは?」

「今、お風呂の準備してるよ」

「分かった!」

真美は風呂場へ急いだ。

「お母さーん!」

「どうしたの?お母さんは逃げないよ?」

「あのさ、今日はお風呂、一緒に入らない?」

「おぉっ、珍しい!真美様から一緒に風呂の提案!よーし、お母さん、その話に乗っちゃうよ?」

「うん、だから早くお風呂沸かないかな?」

「こればかりは真美様の念力をもってしても難しいでござるなぁ。あと30分待って下され」

「ははぁ、母上殿、了解でござる」

真美は何でも話せる友達のような明るい母と、温和でいつも見守ってくれている父のもとに生まれて良かったと、改めて感じていた。

(早くお母さんにお風呂で、彼氏と一緒に登校するコツを教えてもらわなくっちゃ♪)                 

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