Naked Desire〜姫君たちの野望

第一章 心の壁−28

「お気に召したなら、新品買ってきてあげようか? 使いかけを他人にあげるわけにはいかないしね。タオルも、色違いのものでよければ、それと同じタイプのものがいくつかあるから、あげようか?」
とアタシがいうと、彼女は手に持っているチューブとタオルを見た。
「いいんですか? お姉様」
「いいのいいの」
「ありがとうございます、お姉様。それでは、両方ともいただきますね」
というと、義妹はぺこりと頭を下げた。
タオルはともかく、化粧落としの件は嘘だ。本当は世間の評判を聞きつけて買って見たものの、自分の好みとは違っていたので、化粧棚の奥に突っ込んでいただけだ。だが、義妹の気分も晴れやかになったようだし、そのことはあえて黙っておこうか。
「ねえエミリア、コーヒー淹れたんだけど飲まない? 今までお互いギスギスしていたけど、積もる話もあるしね。どうかな?」とアタシが誘うと、彼女は一瞬目を丸くした。それでもアタシの誘いを無下にするのは、さすがにまずいと思ったのだろう。
「ありがとうございますお姉様。それではいただきますわ」
といい、トコトコと早足でテーブルに向かうと、ササッと椅子に座り、静かにソーサーごとカップを持ち上げる。カップを少し傾け、ゆっくりとコーヒーを飲み下した。
「ああ、おいしい。やっと気分が落ち着いたわ」
だがあたしの目には、彼女が「気分が落ち着いた」ようには見えなかった。
目は据わり、口から出る息もどことなく荒い。顔色も青い。
「エミリア、あなた『気分が落ち着いた』って言ったけど、それは嘘だよね?」
アタシが義妹に声をかけると、彼女は一瞬「ハッ」とした表情を見せた。
手にしていたソーサーごと、カップを落としそうになったくらいだから、よほど驚いたのだろう。
「それ、強がりだよね? コーヒー飲んで、『私は大丈夫だから、お姉様』アピールをして、なにもなかったふりをしてここから出ようだなんて、それはアタシが許さないから」
「強がりじゃない」強ばった表情で、義妹が返事をする。
「『姉』ですって? 笑わせないで。私とあなたは、血のつながりがないんだけど」
エミリアの言葉には、血縁関係のない人間に「許さない」と言われるのはシャクに障る。そんな気持ちがこもっていた。
アタシはコーヒーをすすりながら、なおも彼女に尋ねる。
「じゃあ質問するけど、あなたはなんでこの部屋にやってきたの? 我慢できないことがあったから、私を訪ねてきたんでしょ? 違う?」
アタシは、ゆっくりと視線をあげた。アタシの視界に、身体をワナワナ震わせたエミリアの姿が目に飛び込む。
「ねえ、エミリア」アタシはそう言うと、コーヒーカップに口をつけ、一度二度、ゆっくりとコーヒーをすすった。
「あなたが私の部屋に一人でやってくるということは、よほど我慢できないことがあったんだよね。よかったら、話してくれないかな?」
アタシは彼女に誘い水を向け、彼女の視線を見つめた。
黙っていても、事態は解決しないと察したのだろう。
「じゃあ言うわよ。ここ最近私に降りかかったことを、気が済むまでぶちまけるから、適当に聞き流さないで、ちゃんと聞いてね」
エミリアは堰を切ったように、学校で自分に降りかかった出来事を、イライラした口調で話しはじめた。
こんなことがあった。
あんなことをされた。
事実と異なる異なる噂を流され、説明しても誰も聞いてくれなかった。
事件の首謀者は、自分と仲良くしていた人間だった……。
話しているうちに、さまざまな感情がこみ上げ、それが抑えられなかったのだろう。声はうわずり、テンポも乱れがちになった。最後の方は目から涙が流れ、何を言っているのかわからない状態だった。
アタシは、彼女の話を黙って聞いていた。彼女の目線を凝視して、真摯な態度で。
気がつくと、2つのコーヒーカップは、ほとんど空になっていた。
「なるほどねえ」彼女の話を聞き終えたアタシは、はーっと息を吐き出した。
「アタシも今のあなたが受けている嫌がらせについて、いろんな方面から聞かされているんだけど……」
そのセリフを聞いたエミリアは、一瞬身体を硬直させた。
彼女の右手に握られていたはずのコーヒーカップが、ゆっくりと落下する。すんでの所で、アタシはコーヒーカップを守ることに成功した。
「マルガレータ……」アタシに話しかける義妹の声は、怒りや憎しみといった憤りの感情が、複雑に入り交じりっていた。瞳からは光が消え、顔全体に、赤と青の斑模様が浮かぶ。
彼女の顔を凝視したアタシは、即座に「これはまずいことになった」と感づいた。
自分がひどい目に遭っていたと知りながら、姉は何もしてくれなかった……
義妹は、たまっていた怒りを義姉という名の、皇帝の座を争うライバルにぶつけた。

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