Naked Desire〜姫君たちの野望

第一章 心の壁−26

以前から、エミリアのことをよく思っていなかった皇帝付き侍従の一人が、皇帝にエミリアがそばに控えていない時に「エミリア皇女に乱心の気あり」と、あることないことを吹き込んだのである。
だが彼女がかわいい皇帝夫妻は、その意見に耳を傾けないどころか、その侍従をきつく叱責した。その侍従は左遷され、その話はそれで終わり……のハズだった。
だがエミリアを快く思っていない連中は、それでめげるような性格ではなかった。
ならばとばかり、彼らはアタシたちのクラスメートを巻き込み、エミリアを孤立させようと企てた。その動きに呼応したのは、この国の建国者の末裔一族だった。しかもその人間は、エミリアと行動を共にする機会が多い人物だったのだ。
彼らはなにかあるごとに、エミリアについての誹謗中傷を周囲にまき散らした。悪いことにその人物はクラスの女王様だった。彼女に逆らおうものなら、自分がターゲットになる
いじめのターゲットになるのがイヤだと思っているクラスメートの大多数は、女王様に黙って従うしかなかったし、少なからずいたはずの心ある人間も、沈黙を余儀なくされた。
この事態に対し、当初は鷹揚に構えていたエミリアだが、自分を避けるクラスメートが増えるに従い、暗い表情を浮かべることが多くなった。
そして、彼女の中で何かが起きたのだろう。「頭が痛い、お腹が痛い」と訴えた彼女は、とうとう登校拒否になり、自室に引きこもってしまった。
皇帝夫妻は彼女の異変に驚き、事情を知りたがった。だがなにを聞かれても、エミリアは口を開かない。彼女の頑なな態度に、さしもの皇帝夫妻も頭を抱えた。
誰がなにを言っても、ウンともスンとも答えないエミリアを見た社交界の人たちは、この機会とばかりに、真偽不明な噂について囁きあった。その光景を見た彼女はいたたまれなり、公務を放棄し、部屋に引き籠もることが多くなった。
彼女が私の部屋にやってきたのは、そんな時だった。
コン。コンコン。コンコン。私の部屋のドアを、誰かがノックする。
「だれ?」アタシは、ドア越しに声をかける。しかし相手は、私の問いかけを無視した。
コン。コンコン。コンコン。訪問者は名乗る代わりに、私の部屋のドアを、先ほどと同じリズムでノックを刻む。
部屋主の問いかけに、ノックで答えるなんていい度胸だ。いったい何様のつもりだ?
苛立ちの感情をぶつけるように、ドアを勢いよく開けたアタシは、飛び上がらんばかりに驚いた。
ドアの向こうに立っていたのは、顔を真っ青にして、身を震わせていたエミリアだった。彼女が宮廷にやってきてから、アタシの部屋を訪ねてきたことは一度もない。逆もまた然りで、それだけアタシと義妹の間には、冷ややかな空気が漂っていたのである。
エミリアは私に寄りかかると、そのまま嗚咽しはじめた。
気が強く、やられたことには倍返し、時には三倍返しも辞さない彼女が、おそらくは宮中で、一番口をききたくないであろうアタシにこんな醜態をさらすのは、よくよくのことがあったからだろう。
言葉を発することなく、私に寄りかかったまま嗚咽するエミリア。アタシはその背中を、やさしくさすり続けた。
だがいつまでも、こんなことをしていることはできない。
アタシと義妹の仲が悪いことが、敵の最大の望みなのだ。もちろんエミリアの態度が、「皇太孫とエミリアは不仲だ」という噂を打ち消す狙いがないとも言い切れない。私の問いかけにノックで返すのは、目上の人間に対して失礼である。あの時彼女が嗚咽していなかったら、アタシはふざけるなど一喝しただろう。
気が済むまで泣き続けた義妹の顔は、涙と化粧で醜い容貌になっていた。
アタシが彼女に黙って手鏡を差し出すと、彼女は黙ったまま、軽く会釈してそれを受け取った。
手鏡で自分の容貌を見たエミリアは、思っていた以上に汚い自分の容貌を見て、その場に立ち尽くした。再び軽く会釈をすると、くるりと踵を返し、その場を立ち去ろうとする。
「エミリア、あなたはなにも言わずに立ち去るつもり?」あたしはそう言うと、スーツの裾を軽く掴んだ。
「そのまま自室に戻るつもり? そんな醜い顔のままで? またなにか言われるかわからないわよ? それでもいいの? あなたがそれでいいというのなら、あたしはもうなにも言わない」
アタシがエミリアに声をかけると、彼女は即座に私がいる位置に姿勢を変えた。
「それは嫌……絶対イヤ!」エミリアが大声を出したので、アタシは即座に、自分の右人差し指を唇につけた。
「静かにして! 他人が見ていたらどうするの?」アタシが諭すと、彼女はばつの悪そうな表情を浮かべた。
「とりあえず、アタシの部屋で化粧をなおしなさいよ」
アタシは義妹の手首を掴み、半ば強引に自分の部屋に引っ張り込んだ。

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