Naked Desire〜姫君たちの野望

第一章 心の壁−29

「ちくしょう……これじゃ、エルヴィラの方がまだマシだわ。私ってバカよねえ。本当に人を見る目がない。宮廷で生き残れるのか不安になってきたわよ! マルガレータ・ハンナ・オクタヴィア・マルゴット、あなたのために使った私の時間とエネルギー、今すぐ返して!」
エミリアは一気にまくし立てると、テーブルに突っ伏して号泣した。
「ごめん、ごめんよエミリア・パトリシア・クラリッサ・アリアンナ。情けない義姉を許しておくれ」
といいながら、アタシは彼女の背中をさすった。
だが深く傷ついた彼女の心は、そう簡単に塞がらなかった。
「触らないで! 近寄らないで! この国の皇座を争うライバルに同情されるいわれはない! 放っといてよバカ女! ニセ姉! ちくしょう! ちくしょう!ちくしょう!」
エミリアにあらん限りの罵声を浴びせられながらも、それでもアタシは彼女の背中や髪を触った。そのたびにエミリアは、金切り声を上げて抵抗する。
どのくらい彼女は泣き喚いていたのか、時計を見ていなかったのでわからない。
気が済むまで泣き、大声を上げ、アタシを罵っていた彼女は、もうそれらにも疲れたのだろう、ゆっくりと立ち上がり、アタシの部屋から去ろうとした。
「ちょっと、そんな顔で外に出ようというの? みっともないからやめて」
涙と鼻水で汚れた顔のまま出て行かれるのは、姉としての沽券に関わる。そう判断したアタシは、ティッシュケースからティッシュを取り出し、彼女の顔をやさしく拭いてあげた。
「バカ! バカ! 何をするの! 幼稚園児扱いしないで! これでも私は、世間で言うところの『花の女子高生』なんだからね!」
離せ! 離せってば! 離してよバカ! ワタシの言葉がわからなくなったのニセ姉!
アタシが義妹の顔を拭こうと、彼女の身体を自分によせるたびに、エミリアはアタシの身体の中で暴れ、もがき、そして抗った。しかしそんな目に遭っても、あたしはエミリアを離さなかった。
彼女がここにやってきたのは、それなりの覚悟を決めてきたはずである。
だったらアタシは、彼女の気持ちに応える必要がある。
血のつながりがどうとかこうとか、今はそんなことはどうでもいい。
ここでエミリアを離してしまったら、取り返しのつかないことになる。
そう思ったアタシは、エミリアが暴れるたびに両腕で思い切り抱きしめ、鼻水と涙で汚れた彼女の顔を、ティッシュで丁寧に拭うという行為を繰り返した。
「……ごめん……なさい……」
泣くのも暴れるのも疲れたらしい。ぐったりした口調でエミリアが、ぽつりと呟いた。
「ううん」ゆっくりとかぶりを振ると、エミリアの耳元でそう囁いた。
「アタシが、あなたの機嫌を損ねたのは事実だから」
「やっぱり、私って子どもよねえ」
「アタシもね」
そして二人は、お互いの目を見つめ合った。
「プププ」
「ハッ……ハハハ」
期せずして、部屋の中に響く笑い声。
「ねえ、エミリア・パトリシア・クラリッサ・アリアンナ」
「はい、なんでしょうか? マルガレータ・ハンナ・オクタヴィア・マルゴット」
「私たちに『血のつながり』って必要なのかな?」アタシはエミリアに、穏やかな口調で話しかける。
「そんなもの必要ない」きっぱりとした口調で、エミリアが返す。
「私が苦しんでいる時、抱きしめてくれる人はいなかった……お祖父様もお祖母様も」
「ちょ……ちょっと待ってよ! あなた今なんて言った?!」
アタシは驚愕した。祖父母が可愛がっていたのはエミリアだから、彼らは何かあると、彼女を力強く抱きしめると思っていたからだ。
「ただの一度もなかったわよ、そんなこと」
「ウソじゃないわよね?」
「ここでウソをついて、私が得になるとでも? ここまでしてくれた人間にそんなことをするなんて、さすがに私もそこまで悪党じゃないわ」
「悪党、ねえ……」アタシは嘆息する。
「アタシの目の前で、これ見よがしにお祖父様とお祖母様に甘えている姿を『これでもか』といわんばかりに見せつけてきたアンタに、そんなことを言われても説得力ないんだけど」
「『正直者はバカを見る』っていうでしょ。とにかく、お祖父様とお祖母様の機嫌がよくなれば、我が身は安泰なんだから」
「あなた今、しれっと怖ろしいこといわなかった?」
「ええ、いったわよ。死にたくなければ、私のまねをしなさいよ」
アタシとエミリアは、その後も「宮廷生活で生き残る方法」について、延々と議論を続けたのだった。
その翌日、アタシはエミリアが直面している問題について裏工作に動き回り、彼女へのいじめはそれを機にピタリととまった。
それからアタシと彼女は共闘して復古派の動きを探り、彼らの悪巧みを阻止すべく奔走してきた。
「コインの表と裏」それが、今の二人の関係である。

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