Naked Desire〜姫君たちの野望

第一章 心の壁−34

「クラウス、ランペルツさんが来ていないんだけど、あなた事情を知ってる?」
アルマの愚痴を聞いた翌日の朝10時前、クラウスは挨拶もそこそこに、エルヴィラに呼びとめられた。
昨日のやりとりを彼女にいったら、面倒な事態になるのは明らかだ。クラウスは即座に、誰にも言わないことに決めた。
「あの人、まだ来ていないんですか?」クラウスは素っ気ない口調で返事する。
「今日は9時Inなのに、来ていないのよ」仏頂面で返事するエルヴィラ。
「じゃあ、自宅に電話すればいいじゃないですか」
「何回も自宅や携帯に電話したけど、つながらないのよ」エルヴィラはそういうと、困ったように唇をかんだ。
「ウェブトークも返事なしですか?」
ウェブトークというのは、「既読スルー問題」で話題になった、SNSの一種である。
「あのおばさんが、そんな気の利いたものをやっているとおもう?」軽蔑の表情を浮かべながら、エルヴィラが応じる。
「困ったなあ……目下に教える立場の人間がこんなことをしちゃ、他の子に示しがつかないじゃないの」アルマは、クルーに仕事を教え監督する「カスタマーエキスパート」という役職を務めている。
「そこまで言うなら、自宅に行ってみたら?」
「警官みたいなことをしろとでも? 私はここを離れられないのに……」
さいですか、といいながら、クラウスはエルヴィラに背中を向けると、足早にエルヴィラの側から離れた。
それから数日後、アルマのロッカーは片付けられた。
「何度連絡しても返事がないから、ランペルツさんは解雇扱いになったってさ」
ほどなくしてクラウスは、クルー達がそんな会話をしているのを耳にしたのだった。

あの人、今どこで何をしているんだろうか。アルマのふくよかな顔を思い出しながら、クラウスはフォークでローストビーフを口に運ぶ。
モグモグと口を動かしながら、彼は立体情報端末装置を起動させると、ブラウザをクリックした。ソフトは即座に立ち上がり、ニュースサイトのトップ画面を表示した。
「速報 エルヴィラ・ジャンヌ・マリナ・カーリン皇女襲撃される 犯人は逮捕」
太く、大きな、赤い文字で表示されたタイトルのすぐ右側には、エルヴィラの写真が掲示されていた。
「へえ、もうこんなに大きく報道されているのか」
記事に目を通したクラウスは、猥雑な笑みを浮かべた。
いい気味だ。公の面前でええ格好しいをしたので、今頃彼女の周りはてんてこ舞いだろうな。あのオンナも、お付きの女官からこってり絞られているに違いない。
気分が軽くなったクラウスは、ブラウザに「皇女襲撃」というキーワードを打ち込んだ。
ブラウザに表示された記事件数を見たクラウスは、思わず自分の目を疑った。
「検索件数 約6,000,000件」
ほんの数時間前に発生した事件に、これだけの数字があるということは、良くも悪くも国民の多くが、エルヴィラに関心があることを意味している。
「しっかし、暇人が多いこと」思わずクラウスは、画面を見ながら独りごちる。自分も「暇人」の一人ということを、彼は理解できないようだ。
興味のあるタイトルを片っ端から漁っていると、エルヴィラや皇太孫、他の皇女達が、艶やかなドレスを纏って参加したパーティーの写真が掲載された記事があった。その記事のタイトルには、こうあった。
「『神聖』なる帝国の皇女達の、ふしだらな異性関係」
書かれた記事が真実かどうか、この際どうでもよい。クラウスは記事を読みながら、エルヴィラや皇太孫ら皇女、貴族令嬢の全裸を妄想し、一人でにやけていた。
(アイツら、今朝は真面目にスーツを着ていたけど、夜はこんなに大胆な格好をしているのか……)
そして彼女達がベッドの中で、男と快楽を貪る姿を想像する。
(性的なことを『汚らわしい』だの『猥雑だ』と眉をひそめている連中が、自分たちは率先していかがわしいことをやってるじゃねえか)
夜毎男達に、体の一番深いところを好き勝手に突かれかき回され、胸を揉みしだかれ、ベッドの上であられもない喘ぎ声を上げる。そんな口にするのも憚られる醜態を、相手の男に見せる女達を想像したクラウスは(キャリア女性はいいなあ)と思う。
(彼女達のお眼鏡に適う男は、頭がよくて金持ちで社交性があり、育ちのいい男性だけ。俺みたいに貧乏で、定職に就ける可能性が低い男には見向きもしないさ)
「それは、できない男の僻みだって?」彼は記事を見ながら独りごちると、ゆっくりと頭を左右に振る。
(僻み根性じゃねぇ。俺の思っていることは事実だ。なのにアイツら……)
記事を眺めながら飲み食いしていると、表示機の画面がめまぐるしく点滅した。
「やべぇ! もう時間じゃねぇか!」
彼は慌ただしく身支度を調えトイレを済ませると、大急ぎで休憩室を出た。

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