広島東洋カープ マツダスタジアム抽選券配布 途中で打ち切り大混乱 小説化

「お父さん、抽選券の配布が始まるよ!早く早く!」

今年で中学2年生になった娘が、私の袖を引っ張る。
娘曰く、広島カープの今季主催公式戦を観戦するのに必要な
抽選券が、マツダスタジアムで配布されるのだと。
「絶対に抽選を当てて、入場券をゲットするけん」
と、一週間前からとても張り切っていた。

「うわっ、何じゃこの人だかりは」

娘に言われるがまま、マツダスタジアムへと向かった。
すると、そこには唖然とするような光景が広がっていた。

5000人、6000人、いやもっと多い。
数え切れないほど多くの人達。
「列に割り込まないでくださーい」「一歩ずつ前へ進んでくださーい」
20代前半~後半と見られる若い男性の声が聞こえてくる。
ある程度人はいるだろうと予想はしていたが、まさかこんなに人が多いとは。

「な、なあ彩花。今から並んだところで、ちゃんと抽選券は手に入るのか?」

「大丈夫よ。11時までに並べば、全員に抽選券を配布しますってHPに書いてあったもの」

不安になり、娘に尋ねるとすました表情でそう返事が返ってきた。
うーん、それなら大丈夫か。そう思い、誘導係の指示に従って列へと並んだ。

「予想以上に人が殺到しましたので、ここで抽選券の配布を打ち切らせて頂きます。
誠に申し訳ありません」

並び初めて2時間ほど経った時。
場外から衝撃のアナウンスが聞こえてきた。

「えっ?途中で抽選券配布打ち切り?これはいったい、どういうことだ?」

目を白黒させ、アナウンスが聞こえた方向に耳を傾ける。
隣で並んでいた娘も、驚きと不安の表情を浮かべていた。

「11時までに並べば、全員配布するゆうたじゃろうが。
ありゃあ嘘じゃったんか。どういうことね!?」

「モタモタせんと、はよう抽選券配れや!」

会場内に、怒号の声が飛び交う。
2時間も並んで、抽選券がもらえなかったのだから怒るのは当たり前だよな。
なんてことを思いながら、ぼんやりその光景を眺めていた。

「・・・仕方がないことのような気もするけどね」

娘の不穏そうな表情が、徐々に変わっていく。
そして、予想外の言葉を口にした。

「仕方ない?それはどういう意味だ?」

「だってこんなにたくさん人が来るなんて、抽選券を配布する人も思わなかったんじゃない?
もらえなくても仕方ないよ」

その言葉に、数秒ほど押し黙る。
どんなに予防や対策を練っても、想定外のことが起きることもある。
抽選券を配布する側も、このような非常事態は想定していなかったに違いない。

「抽選券は諦めて、家に帰るか。また来年、チケットを買いに行こう」

「・・・せっかく市内まで来たんだし、広島風お好み焼き食べて帰ろうよ」

「そうだな。お父さんもお腹ペコペコだ。なんか食べて帰るか」

空を見上げると、暗雲の雲が立ち込めていた。
「こりゃいかん。雨が降りそうじゃ」
そう言いながら、鞄の中に仕舞っていた折り畳み傘を取り出す。
不意に、冷たい雫が頬に触れる。
一滴や二滴だけではなく、何滴も。
カープの公式戦が観れることを期待して、ずっと並んでいた人の悲しみの涙かもしれない。
そんなことを思いながら、そっと娘の肩に手を添えた。

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