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『健康』への呪縛

仕事時間を制限し始めて1ヵ月。仕事量も活動時間に合わせて、少しずつセーブしています。売り上げは落ちたものの、体調は少しずつ戻っており、おおむね快調に。

こうした体調の不調について、フリーランスとしては本来不利になるもの。それをこうして公にしようと考えるようになったのは、『健康』に対するコンプレックスを手放そうと考えるようになったからです。

そのきっかけは、夏以降に不整脈が頻発するようになり、その反動で動けない日が続いたため。それまでも不整脈は、疲れが溜まるとちょくちょく起きていました。

子供の頃、極度の貧血を患っていたのが原因で、不整脈が後遺症のように残っているのです。今では貧血もかなり改善されていますが、ふとしたときに血圧低下して意識喪失しかかることがいまだにたまに起こります。

こうした自分の体のことは、これまで周りの人に言ったことがほとんどありません。それは、長年抱えている『健康』に対するコンプレックスが根強かったからです。

体調が悪くても、たいていの場合「大丈夫」と反射的に言ってしまうのも、そのせいです。「いつでも健康に見られたい」という意識から、「大丈夫ですか?」と聞かれても「大丈夫です」と答えてしまう。

本当ならば、大丈夫ではないと言うべきなのかもしれませんが、いつ体調が戻るか読めない自分の体。そのうえ、体調が悪くても、誰かが代わってくれるわけではないという意識もあって、ついつい「大丈夫」と言ってしまうところがあるのです。

学生時代、よく倒れていたこともあり、社会人になってからはより一層『体調』という言葉に敏感になるようになりました。「元気(健康)でなければ、一人前として認めてもらえない」という意識が働くようになったのです。

それは、今でも自分の中に意識として存在しています。なので、自分の体調について語るのも、実はとても怖かったりします。けれど、どんな体調であっても、自分の体は自分しか労わることができないもの。

この夏、突然死んでしまうこともあるかもしれないな、と子供時代に抱えていた不安をより強く思うことが何度かあり、そこでやっと『健康』へのコンプレックスにきちんと向き合おうと思うようになりました。その結果、活動時間を制限することに。

健康ではないということを公にするのは、いち社会人、いちフリーランスとして不安がないわけではありません。いつ体調が不調になるかわからない人よりも、いつも健康である人とのほうが仕事がしやすいでしょうから。

とはいえ、そんな体を持っているのは事実。受け止めて、求めてもらえないなら求めてもらえないで仕方がないことだと思うようにしました。そう考えると、少しだけ自分を受け入れられるようになった気がします。

無理に自分を取り繕えば、いつかどこかで綻びが広がります。私の場合は、それがこの夏だったわけですが。40歳を超えたら、これまで以上に健康に気を付けたほうがいいと言われますが、まさにそうでした。

これからは、調子が悪いときは調子が悪いと正直に話していこうと思います。私の不調の原因は、結局のところ無理を重ねたことにあったので。正直に伝えることで体調の波を小さくできるのであれば、それに越したことはありません。

健康に対するコンプレックスに向き合ってみて思ったのは、『健康』というのも漠然としたものだということです。この世の中に、どれだけの人が本当に健康な体を持っているのか。そして、健康とは一体どういうものなのか。

風邪をひかないから健康なのか。持病がないから健康なのか。私にとっての『健康』は、これまで"病気一つしない体"。いつでも快調であることが、私の考える『健康』でした。

でも、考えてみれば、どれ一つ当てはまっていないのです。腸も弱いし、片頭痛持ちだし、ドライアイだし、いつも不眠気味だし、突然不整脈を起こすし、貧血の影響で氷食するし、急激な血圧低下でうずくまることも多い。生理になれば、頭痛・腹痛・胃痛・嘔気・下痢・血圧低下・四肢の震えなどいろんな症状が出ます。

私の体が、私の理想とする健康な体になることがないならば、今の自分を受け入れて前に進むしかないのです。『健康』という言葉一つに、40年近い年月を振り回されてきたなと、今更ながらに思います。

でも、それほど私にとって『健康』というものは、根深いコンプレックスだったのだなと感じています。いま、それを認められるようになって、かなり精神的に楽になりました。おかげで、体調のほうにも良い影響が出ているように思います。

人によって『健康』の定義は違うかもしれません。でも、世の中に暗に流れる『健康』に対する概念は、ときに呪縛になることもあります。「健康であって当たり前」。健康に不安のない方には、無意識のうちに持つ概念でしょう。

でも、健康に不安を抱えている人にとっては、その概念は心を蝕む呪詛にさえなることもあります。ちょうど健康への意識が高まっている時世です。ぜひ、皆さんも自分の『健康』について考えてみてください。自分が抱えている『健康』への定義が、いかに曖昧なものかが見えてくるかもしれません。

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