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ほしししのほし (短編童話)

森でみんなと遊ぶのがつまらなかったので、ルルはひとりでずんずん歩いていました。

みんなは森でかくれんぼだとか、秘密基地づくりをしたがるけれど、ルルはもっと違うことがしたかったからです。

草の葉の先がそよ風に揺れるところだとか、空の雲が伸びて千切れて変形合体していくところだとか、そういうのをぼんやり眺めていたかったのです。

ルルは草をかきわけながら、ずんずん歩いていきます。

午後の森の中は明るくて、ひとりでも怖くありません。ずんずん歩いていきます。

森の木々は反対に、ルルの後ろへ消えていきます。

ルルが前にずんずん。

森が後ろへずんずん。

なんだかルルは自分が前に進んでいるのではなくて、森が後ろへ動いているような気がしました。

面白くて、もっとずんずん歩きました。

森も、もっと後ろへずんずん動いていきました。

ずんずん、ずんずん、ずんずん、ずん。

突然、森が消えました。

びっくりして、ようやくルルは足を止めました。

目の前は、夜の草原です。

見渡すかぎり、黒い草が揺れています。

その向こうには真っ青な宇宙が広がっていて、数えきれない星々がまばゆい光を放っています。

ルルは口をぽかんと開いたまま、宙(そら)を見渡しました。

不思議と月は見えません。

ただひたすら、黒い草と白い星が見えるだけです。

違いました。

よく見ると、草原の中になにか動くものがいます。

おとなの人のようでした。

だけど、着ている服がちょっと変わっていました。白くてふわふわした不思議な服です。

もっとよく見ると、草原の中にはさらに別のものがいました。

大きな獣です。

暗くて姿はよく見えないけれど、仔馬のような大きな獣が草原にたくさん横たわっています。

さわさわと揺れるその毛並みが草とそっくりなので、最初はルルも気づかなかったのです。

よく見ようと思って、足を踏み出すと、ルルはなにかにつまづいて転んでしまいました。

「だいじょうぶ?」

慌てて顔を上げると、冷たいものが顔に触れました。

大きな黒い鼻でした。

足元の草原に、あの大きな獣が寝そべっていたのです。

「だいじょうぶ?」

獣はもう一度、聞きました。ぽわぽわとした面白い声です。

「大丈夫だよ。君はだれ?」

ルルがたずねると、獣は答えました。

「わたしは、ほしししよ」

「え? なに?」

「ほししし」

「ほししし?」

そんな動物いたかなぁとルルは思いました。

よく目を凝らして見てみると、星明かりのせいか、この獣はきれいな青い毛並みをしているのです。

それに大きな顔のまわりで小さな光が、ちかっちかっと光っています。

「どうして光っているの?」

「ほしししだからよ」

「近くで見てもいい?」

「いいわよ」

ルルは獣の首に顔を近づけて、光をよく見ようとしました。

その途端、もふもふしたものに包まれました。

もふもふしていて、ぬくぬくしています。

たてがみでした。

夜と同じ色をしていたので、ルルは気づかなかったのです。

さらに顔を突っ込んでみると、もふもふの奥に小さな光がたくさん散らばっていました。

星空に顔を突っ込んだみたい。

「そうか、ほしししって、星の獅子ってことなんだね」

たてがみから顔を出して言うと、

「だからそういってるのよ」

それから、すこし暗い声になりました。

「でもわたし、くせっ毛だから困っているのよ」

「どうして?」

「ほしが、たてがみにひっかかって、とれないのよ」

「取らなくていいじゃない」

「でも、あのひとがほしをとるのよ」

星獅子が見ているのは、あの白い服の人でした。

その人は草原を歩き回りながら、獣のたてがみに手を触れて、小さな光をつまみ出しています。

きっと光のひとつひとつが星なのでしょう。

片手に持った袋に、その星をどんどん入れていきます。まるで野菜を収穫しているみたいでした。

「くせっ毛だから、ほしがひっかかって、いたいのよ」

ルルはもう一度、星獅子のたてがみに触りました。

確かに、もふもふでぬくぬくなだけではなくて、くるくるもしています。

「やめてって言えばいいじゃない」

「だめなのよ。あのひとは、ほしがないとこまるのよ」

「ふぅん。じゃあ逃げちゃえば?」

ルルは自分のことを話しました。みんなの遊びがつまらないから、ここにひとりで来たことを。

星獅子はじっとそれを聞いていましたが、やがて、

「そうするわよ」

立ち上がると、ルルと一緒に歩き出しました。

ルルは白い服の人に気づかれないよう、さっき来たほうへ戻りました。星獅子をつれて。

草原をずんずん歩いていると、すぐに森の中へと戻りました。

森の中はまだ夕方でした。

ルルは子供たちが近寄らない岩穴に、星獅子を隠しました。

「また明日来るからね」

そう言って振り返ると、暗い岩穴の中で、たてがみの星だけがちかっちかっと光っていました。


次の日から、ルルは毎日、星獅子のいる岩穴へ通いました。

みんな、ルルがひとりで遊ぶのが好きだと知っているので、誰もついてきたりはしませんでした。

ルルは毎日、星獅子のたてがみで星の観察をしました。望遠鏡なんていりません。もふもふの黒いたてがみに顔を突っ込めばいいのです。

はじめは小さなかけらのようだった星たちも、日に日に大きく、強く輝くようになっていきました。

星の数も増えていき、たてがみの奥の奥まで星でいっぱいです。

「すごいね」

ルルがそう言うと、星獅子は、

「すごいのよ」

すこしだけ自慢げな、でもぽわんとした声で答えます。

「でも、こんなに星がいっぱいで首は痛くならないの?」

「いたくないけど、まぶしいのよ」

「そうだろうねぇ」

一週間も経つ頃には、星獅子のたてがみは星で埋めつくされて、ルルが顔を突っこむ隙間もなくなりました。

星獅子の顔を真ん中にして、円を描いた星たちの輪っかは、もうただの星ではありませんでした。

「銀河になってる」

ルルのつぶやきに、星獅子は首を傾げました。銀河も斜めに傾きました。

ある日、いつものように岩穴へ行くと、あの白い服の人が立っていました。

星獅子は困ったように小さくおすわりしています。

白い服の人はルルに気がつくと、

「どうしてどうして、君がこんなことをするなんて」

と、つぶやきました。

ルルは怒られると思って、ぎゅっと唇をかみました。でもよく考えたら、怒られるようなことはしていません。

「星獅子は癖っ毛だから、星を取られるのが痛いんです」

思いきって言いました。

「可哀想だから逃がしてあげたんだ」

白い服の人は、ちょっとびっくりした顔をしました。それから困ったように頭をぽりぽりとかきました。

とても長くて透き通った金色の髪の毛をしています。

「僕が君に『どうして』と言ったのは、怒ったわけではないんだ」

それから手を伸ばして、星獅子の鼻先をなでました。

「人間の子の君が、どうして獅子ヶ原に入れたんだろうという意味さ」

その意味がわからずに、ルルが黙っていると、

「でもたまに君みたいな子もいる。久しぶりだけどね」

すっと手を伸ばして、ルルの両目を塞ぎました。

その手がぱっと離れた時には、目の前にあの草原と宇宙が広がっていました。

「ここは獅子ヶ原といってね、星獅子たちが棲む草原なんだ」

白い服の人は、草をかきわけて歩いていきます。

ところどころに星獅子たちがゆったりと横たわっていました。どの星獅子も首のまわりに小さな星を光らせています。

白い服の人はそばにいる星獅子のたてがみから、星をひとつ摘みました。

その星獅子のたてがみはさらさらなので、星はするりと取れました。

「君がいつも見ている夜空の星はね、この星獅子のたてがみで育つんだ。僕はそれを収穫して、宙へ放つのが仕事なんだよ」

手にした星を宙に向かって投げました。

星は地面から宙へ向かって、しゅるりしゅるりと飛んでいきます。流れ星の反対みたいだ、とルルは思いました。

それから白い服の人は、ルルと星獅子を振りかえりました。

「だけど、ちゃんと収穫しないと星はたてがみで育ちすぎてしまって、銀河になってしまうんだ」

星獅子は、すまなそうにうつむいています。

「それだと駄目なの?」

「銀河はね、ここから投げるだけでは駄目なんだ。もっと遠い遠い、まだ星がいないところへ連れていかないとね。でもそれだと僕の仕事が増えるから、できればしたくないのさ。だけどまぁ、ここまで立派な銀河になってしまったのなら仕方がない」

白い服の人はそう言うと、両手で星獅子の銀河を掴みました。

星獅子は、ぎゅっと目をつむっています。

「やめて、星がからまって痛いんだって」

「大丈夫。ここまで立派に育ったら、もうたてがみは残ってないよ。全部、星になっているからね」

そう言って銀河を掴んだまま、すうっと上へ持ち上げました。

まるで首飾りを外すように、星獅子の首から銀河が離れていきます。

ルルはびっくりしました。星獅子も目を丸くしています。

「痛くないの?」

「ぜんぜんいたくないわよ」

銀河が首から外れてしまうと、たてがみのなくなった星獅子の顔はちょっと変な顔でした。

「大丈夫、たてがみはすぐにまた生えてくるから。それじゃあ、ちょっとこれを宙へ届けてくるよ。悪いけれど、僕が戻るまでの間、ほかの星獅子たちの星を収穫しておいてくれ」

「ええっ」

「そうしないと銀河だらけになって、僕の仕事が増えてしまうからね」

白い服の人はさっさと背中を向けました。すると、背中に垂れた長い髪の間から、大きな白い翼があらわれたのです。

それから大事そうに銀河を両手で掲げると、王冠を被るように自分の頭の上にのせました。

手を離しても、光の輪っかは頭の上でふわりと浮いたままです。

「じゃあ行ってくるね」

白い翼をばさばさと羽ばたかせると、宙へ舞い上がりました。

そして流れ星の反対みたいになって、しゅるりしゅるりと飛んでいってしまいました。

ルルと星獅子はただ口をぽかんと開けて、それを眺めていたのでした。


それから毎日、ルルは獅子ヶ原へ通いました。

頼まれた星の収穫をしているうちに、ほかの星獅子たちとも仲良くなりました。

星を宙へ放つのも、はじめは下手で宙まで届かなかったけれど、だんだん上手になりました。

やがて白い服の人はご機嫌で戻ってきました。とてもいいところに新しい銀河を置くことができたようです。

白い服の人が戻ってからも、ルルは獅子ヶ原に通いつづけました。

あの癖っ毛の星獅子にたてがみが生えてきて、もふもふの毛の中に小さな星が生まれたのです。

ルルは毎日たてがみに顔を突っこんでは、星が育っていくのを眺めています。

「ともだちとも、たまにはあそんだほうがいいわよ」

星獅子はぽわんとした声で、ちょっと照れたようにそう言っては、たてがみの星をちかっちかっと光らせるのでした。

もしも、また星獅子のたてがみが銀河になったら、今度は自分がもっともっと遠いところへ連れていくんだ。

ルルは、そう心に決めています。

銀河の王冠を被り、流れ星の反対みたいにしゅるりしゅるりと宙を飛んだら、どんなに素敵で面白いでしょう。

それに、森をずんずん歩いたら獅子ヶ原に辿りついたように、宙をずんずんずんずん進んだら、どこに辿りつくのでしょうか。

考えるだけで、わくわくします。

でも、その気持ちを口に出したことはありません。星獅子と白い服の人をびっくりさせてしまいそうだからです。

ルルの内緒の夢を知っているのは、きらめく星々だけなのでした。



(おわり)


ひだまり童話館 (霜月透子さん・鈴木りんさん企画) の「開館8周年記念祭」に参加させていただいた際の短編童話です。(note掲載にあたり加筆修正しています)
坊っちゃん文学賞授賞式の翌日にぽわぽわした気持ちのまま書いたので、お話もぽわぽわしていますが、楽しんでいただけたら幸いです。


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