無題55

ミズタマリ 2-2

「何だよ、まだ風邪、治りきってないのか?」

ぼんやりとしていたカイトに、背後から声が飛んだ。

「ああ、ごめん、野村、何か言った?」

カイトが振り返って答えると、 後ろの席の野村日出男は、一瞬、変な顔をした。

「やっぱりまだ具合悪いみたいだな、いつもはヒデって呼ぶくせに、 野村なんて珍しい呼び方で俺の事呼んで、気味が悪いよ。」

日出男はそう言って、からかうように後ろから指でカイトの肩をつつく。

「そ、そうだっけ、悪い… 」

肩をつつかれて、微かに伝わる揺れ、 それとは別のゾクゾクとする寒気を何度も背中に感じながら、 カイトはただそう言って、蒼い顔で笑うしかない。

野村日出男をヒデと呼んでいたのは、カイトではない。
それは、アキラだ。

昨日、カイトの目の前で消えた、松井アキラだ。

クラスで人気者だったアキラ。
同じ学年の者なら、クラスが違っても、誰もが知っていたアキラ。

だが、何故か今は、誰も彼を知らない。

…俺が、あんな杯の話をしなければ…

昨日アキラが、消えてから、ずっと。
カイトは、何度も何度もそう思った。

そしてその度に、 どんどんと暗く落ち込んでいく気持ちを、止められない。

玄関になかったアキラの靴。

ふらふらと部屋に戻ってから、 カイトはアキラが持ってきた鞄を探したが、見つからなかった。
アキラが大音響でかけたCD。
確かにこの耳で聞いたはずのそのCDも、何処にもなかった。

仕事から帰ってきた母に、アキラの家のことを尋ねたが、

「あら、確か松井さんのお宅は、子供いないわよ。」

あっさりとそう言われて、それ以上聞けなかった。

カイトは誰かに心臓を摑まれているような落ち着かない気分で、それからの時間を何とか過ごし。

自分の部屋に戻ってからは、 急いで茶色い杯を押し込んだ部屋のクロゼットが、恐ろしくて、 ぼんやりとした視線が、偶然にクロゼットに向くと、 その度、ハッとして、顔を背けた。

そうして、昨夜は一晩中、自分の中の過失を呪い、 ベッドに入っても、そればかり考えて眠れずに、夜が明けた。

今朝。
カイトの顔色があまりに悪いので、母はもう一日休めと、何度も言ったが、 自分の部屋なのに、そこはどうも落ち着かなくて、 逃げるようにカイトは、学校に来ていた。