無題55

ミズタマリ 1-3

部屋に戻ったら、そこは音の洪水だった。
どうやら、アキラが勝手に音楽をかけていたらしい。

カイトはやや攻撃的なその音楽は嫌いではないが、 風邪が治りかけた今は、その音を大音量で聞きたくはなかった。
黙って、スイッチを切る。
部屋に静寂が戻り、その代わり、不機嫌なアキラが残った。

「何だよ!せっかく新しいのが出たから聞かせてやろうと持ってきたのに、 おまえ、この歌好きだって言ってたじゃん。」

カイトのベッドに座っている膨れ面のアキラは、じろりとカイトを睨む。

「勘弁してくれよ、俺、そんな刺激にまだ耐えられないよ。」

アキラの視線をほんの少し外しながらカイトは苦笑してアキラの隣に座る。

「アキラくんってやっぱり、何処に行っても我侭なんだね。」

本棚の前から声がした。 

アキラとは近所で、小学校が一緒だった香が呆れたように言った。

「我侭って、別に関係ないだろ、小林には、 それに何度も言ったろ、アキラって名前で呼ぶなよ! 松井って名字で呼べよ、俺だって、おまえのこと小林って呼んでるだろ。」

アキラが香に文句を言う。

「だって…小さい頃から、名前で呼び合ってるじゃない、 今更変えるの無理よ。何で名字で呼ばなきゃいけないの?」

「うるさいな、もう小学生じゃないからだよ。 それにカイトとおまえの名字、どっちも小林だろ、 ややこしいから、そうなったんだよ。」

アキラは屁理屈を言って、香に何も言わせない。

二人のやり取りを聞いてカイトは、はらはらしながらも少し羨ましい。
同じ町内、歩いて五分もかからない距離に住んでいる三人なのに、
カイトだけ学区が違って小学校が違った。そのせいで少し疎外感を感じる。

アキラと香の顔は随分前から知っていたが、 中学に入るまで、町内の催し以外は口を利いたこともなかった。

半年、二人と同じクラスにいて、 松井アキラとは昔からの友達のように付き合い始めたが、 名字が同じだというだけで席が隣だった小林香には、好意を感じる度に、 どうしても、アキラに悪いという思いが増して、 話したり、近寄る度、気まずさが、増えていった。

「別に… 俺も小林さんも、二人とも名前で呼べはいいんじゃないか?」

カイトがそう言ったら、アキラがそれより大きな声で、

「そうだ、カイト、あのお宝、見せてくれよ!」

急に話題を変えるように、そう言い出した。