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私の好奇心を救ったチョコレートケーキ

忘れられないチョコレートケーキがある。

昨年の今頃、私は日常に飽き飽きしていた。コロナの影響でインプロ(即興芝居)の活動も友人と遊ぶ機会も、そのほか2020年にやりたいと掲げていたことが悉く進まなかった。
その状況と28歳になりそれなりに色々経験を積んできて、もはやこの世に自分が湧くわくすることは残っていないような感覚に陥った。
楽しいと思う瞬間はあるけど、もう大体知り尽くしたから、能動的にやりたいことが浮かばない。

そんな時、知人と話していたらクリスマスケーキの広告が目に入った。
「一度くらい高いクリスマスケーキを食べてみたいんですよね〜。」と私は言った。
人生の中で食べてきたケーキはファミリー向けの手頃な値段のものばかりだった。それでも十分美味しいのだが、デパートなどで見かける高級なケーキを一度食べてみたかったのだ。

知人は「良いじゃん、買おう。一切れもらえれば残り持って帰っていいよ。同居人と3人で食べな。」と言った。(私はインプロ仲間の女子2人とルームシェアしている)
自分も食べてみたいけど、デパートのような雰囲気のところが苦手らしく、私が買いに行って一切れもらえればご馳走する、と。
そんな有難いことがあって良いのか!?
衝撃を受けつつ、私は甘やかされたら存分に甘える主義。「そんな申し訳ない!」と一度は言うが、それでも良いと言われるならそのまま受け取る現金な人間だ。

かくして、2020年のクリスマス、我が家には4人前8000円のクリスマスケーキがやってきた。
好きなのを選べと言われたので、チョコ好きの私はおしゃれなブッシュドノエルを選んだ。

さっそく箱から取り出すと、表面をコーティングしたチョコがツヤツヤ輝いていた。
同居人の一人がケーキに包丁を入れる。
その瞬間、切っていた子と私は同時に「うえぇぇぇえええ!」と叫んだ。違うところを見ていたもう一人の同居人が驚いて振り向く。
「これが…チョコ…?こんなチョコ知らない」私は呟いた。
包丁を入れた瞬間、すぅーっと、「チョコさん、切られる時に備えて練習でもしてました?」と問いかけたくなるくらい、とても美しく滑らかに切れたのだ。見たことのない滑らかさで、私も切った子も感嘆の声を上げながら人数分切っていった。

ケーキを前に、こんなにも畏まったことはかつてあっただろうか。お皿に配られたケーキにそっとフォークを刺す。早く味わいたいような、未知を前にしたワクワクをもう少し感じていたいような。矛盾を抱えながらゆっくりと口に運んだ。

口の中でケーキは溶ろけていった。高級なお肉を食べて「口の中で溶ける!」という場面はよく目にするが、このケーキも舌に乗せた瞬間溶け始めた。”溶ける”より”溶ろける”がしっくりくるような濃厚さで、上品な甘さを口に残しながら消えていった。

こんなに美味しいチョコレートケーキを食べたことがない。
今まで食べてきたものと同じカテゴリーに分類していいのだろうか。
今まで食べて来たのは果たしてチョコレートケーキだったのだろうか(でも今までのも好き)。
ケーキの中で一番好きで、これまで大量に消費してきたはずのチョコレートケーキだが、今回初めて出会ったような驚きがあった。
チョコレートケーキのことはわかったつもりになっていたが、私の知らないチョコレートケーキの世界がまだまだあるのだと知った。

急に日常に飽きていたことがバカらしくなった。
チョコレートケーキでこんな衝撃を受けるなら、良いお値段のするおせちはどんな感じなんだろう?
チョコ以外のケーキも衝撃的な美味しさなのだろうか?
この世にはまだまだ知らないことが沢山ある。

一つのチョコレートケーキとの出会いが、失われていた好奇心を復活させた。


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