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慈悲こそ公正ーデスティン・ダニエル・クレットン監督映画『Just Mercy』

最初に主張したい。この映画の邦題はミスリーディングだと。邦題である『黒い司法 0%からの奇跡』からイメージされるのは、「司法制度の闇」である。だが少なくともこの物語において、人を救ったのは司法制度だった。黒人の問題だから「黒い」という言葉を使い、裁判のストーリーだから「司法」という言葉を持ってきたのならあまりに安直で不適切だと思う。

また、言うまでもないが、ジャズも黒人の悲しみから生まれた音楽である。それで稼いでいる綾戸智恵のコメントは酷かった。黒人である(元?)パートナーが、息子が、黒人であるゆえに受ける仕打ちを、土地の文化であるかのようにみなし、彼らの痛みを受け止めていない。なくすべきものであると考えていないのだ。さらに「人種差別するのは気質だ」などという始末で、とてもショックだった。「ひとつの意見」か何だか知らないが、映画配給会社として公式サイトに採用するのはアメリカ人に大変失礼ではないか。個人的にはこの映画は、少なくとも日本版の公式サイトからは離れて観るべきだと思っている。

本作品は、主人公であるブライアン・スティーブンソンが2014年に出版した同名のノンフィクション作品を映画化し、2019年に公開されたもの。殺人罪で死刑宣告をされていたウォルター・マクミリアン(ジェイミー・フォックス)の疑いを晴らすため、アメリカ北部出身の弁護士ブライアン・スティーブンソン(マイケル・B・ジョーダン)が奮闘するストーリー。グレゴリー・ペック主演の名画『アラバマ物語』(※1)の舞台であるアラバマ州での話であり、その記念館がある。すなわち、映画によって何年も前に教訓を得ているにも関わらず、人種差別は全く終わってはいないのだ。ブライアンの同僚である女性、エバ(ブリ―・ラーソン)への白人からの嫌がらせや、何も怪しい点はないのに突然警察に車を止められて銃を突きつけられるシーンなど、とても辛くて胸が痛む。もっともショックなのは死刑執行のくだりだろう、まるで自分が電気椅子に送り込まれていくかのように真に迫っている。

死刑がいよいよ執行されるという中、監獄の職員はスピーカーで賛美歌を流す。独房の囚人たちは、手に手に金製のコップをもち、独房の格子戸に打ち付けてカンカンと音を立て、これから死刑を受ける仲間に「俺たちがついてるぞ!」と呼びかける。もちろん彼らは犯罪者だ。だが彼らに共感すらしてしまうのは、彼らがなぜ罪を犯したかの部分が丁寧に描かれるからだろう。愉快犯でも、悦楽のための罪でもない。彼らもベトナム戦争の犠牲者であり、人種差別の被差別者であり、貧しき者たちだった。当然ながら、白人の囚人もいた。これはどこかの感想で見てなるほどと思った点だが、この映画で描かれるのは、白人と黒人の対立図ではない。強者と弱者の構造である。それゆえに、遠い国の他人事ではないのだ。

理不尽な、あまりに理不尽な日々においても、黒人たちは日曜日には教会に行く。どうしてこのような絶望的な状況で、ここまで神を信じられるのか、切なくなるほどに、彼らのゴスペルは限りなくまぶしい。このキリスト教への敬虔な信仰もまた、この映画の核となっている。

「有罪、なぜなら容疑者が黒人だから」という、気の遠くなるような差別がある中で、若き弁護士ブライアンは再審請求のために証言を集める。再審でも第一審と同じ死刑宣告となってしまうが、彼はあきらめずにメディアを利用して検察の偏見を世間にアピールし、州の最高裁判所(Supreme Court of Alabama )で見事無罪を勝ち取る。”We all need grace.  We all need mercy."ーー誰でも愛情と恵みが必要だーーと、法廷で訴えながら。腐っていたのは司法そのものではなく、それを扱う人々そのものだった。だからブライアンは上告という手段を利用したし、その後も弁護士として、差別や偏見と闘ったのだ。

原題”Just Mercy"は確かに訳すのが難しい。しかし、レバノンの教会、CORNERSTONE CHRISTIAN FELLOWSHIPのブログでこれについてのコメントを見つけた。胸に染みるような言葉だった。これを拙訳でもってご紹介して、この記事の締めくくりとしたい。

❝私はこの本を2回読んで次のことに気づいた。タイトルの”Just Mercy"は、”Only Mercy”(※2)という意味ではない。その真の意味は、「慈悲こそ公正(Mercy is Justice)」ということだ。我々がMercyという言葉を考えるとき、「慈悲」は「公正」の反対語だと思いがちだが、そうではない。慈悲と公正は一対であり、互いにともにあるべきものなのだ。人は人の残酷さを知ることで、慈悲への希求が生まれる。人が慈悲の恩恵を受けたなら、その経験は人を変える。それまでに知り得なかったことを学ぶことになるのだ。❞
--- Cornerstone Lebanon, "Just Mercy", September 14, 2017, CORNERSTONE CHRISTIAN FELLOWSHIP.

Just Mercy youtube(英語のみ)

※1 原題はTo Kill A Mockingbird(マネシツグミを殺すこと)。物語中にも登場する比喩表現から取られたタイトル。そのまま訳しても日本の観客にはわかりにくいため、別のタイトルをつけたというのは想像に難くないが、単純に「アラバマ州での話だからアラバマ物語」ではないと思う。アラバマは地名のみならず、キング牧師の公民権運動の発端ともなったバス・ボイコット事件の舞台となったことで、人種差別が根強くはびこっている地方であることを想起させる名称だ。それをタイトルに採用することで映画の大きな主題を伝えようとしたのではないか。決して宣伝上目を引くタイトルではないのに、作品をきちんと理解した人が採用した、ふさわしい邦題の例ではないかと思う。
※2「ただ慈悲のみ」。justとonlyはいずれも「ただ…だけ」の意味がある

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