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2021年ブックレビュー『三人』(桝本壮志著)

放送作家として活躍中の桝本壮志さんの初の本格小説。読み進むうちに、引き込まれていった。テーマは、いい意味で「人は変化できるのか」。「成長」というより、「変わることができるのか」といった方が、なぜかしっくりくる。

さほど売れていない34歳芸人の「僕」は、売れっ子芸人の「佐伯」と放送作家の「相馬」とシェアハウスで暮らしている。3人は芸人養成所の同期だ。「僕」は自分だけ仕事がない状況に、じりじり焦りながら佐伯、相馬と暮らしている。

焦りや嫉妬、プライドの高さから素直になれない「僕」に対して順調に見える相馬も、実はもがいた時間があった。芸人に見切りをつけて上京し、放送作家や事務所付きの作家としての仕事を得たものの、離婚をきっかけに生き方を変えようとしていた。

天真爛漫で人好きのする佐伯は、レギュラー番組も持って芸人として人気の絶頂に。ところがある事件の当事者となり、急転直下、世間から激しい非難を浴びるー。

悩みもがいた末に「変わった」相馬と、「現状を何とかしたい」ともがいて変わろうとしている「僕」、そして物語の終盤に「変わらざるを得なくなった」佐伯。3人はシェアハウスの中で、独得の距離感を保ちながら(…パンツをシェアすることがある!)それぞれの優しさで、労わり合う。

芸能界を生き抜く厳しさ、痛みをそれぞれが抱えている。三者三様にあがきながら、過去を後悔もしながら乗り越えようとする姿がいとおしい。

桝本さんは実際に、チュートリアルの徳井義実さんスピードワゴンの小沢一敬さんと共同生活していた時期があったそう。何となく佐伯や相馬、「僕」に桝本さんも含めた実際の3人の姿をだぶらせてしまう。実生活の経験も絶対、小説に反映しているに違いない。

それにしても、「売れる」とはどういうことだろう。相馬の言葉によると、時流つかんでいち早く実践し、素直に「変わろう」とする人のことなのか。「僕」のように、自分のやり方にこだわる人は損なのか。ひと昔前は、「変わらない」ことに価値観があった芸人や俳優もいた。例えば、横山やすしさん勝新太郎さん。そういう人たちの顔も懐かしく思い浮かべながら、ヒリヒリした感情を味わう。



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