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息子は現在、高校1年生。

実は中1の時から、福祉施設でお弁当作りのボランティアをしています。
(先週の日曜も、朝9時から出かけていきました…)

「大丈夫?疲れない?」と聞いたら…
「疲れるけど、俺が行かないとみんながもっと疲れるから」ですって!

イケメンですね!(笑)




今日は、NVCについて
ちょっぴり詳しくなれる記事


〇✕をやめるだけで、心が軽くなる!?


NVCでは、

「正解・不正解」
「良い・悪い」

というジャッジをしません。


それは何故かというと、良い・悪いって基準そのものが曖昧だし、ジャッジしても責める思考しか生まれないから。



例えばお母さんって、同じことでも

「心に余裕があって許せるとき」
「心に余裕がなくて許せないとき」

両方ありますよね?


そういうとき、

  • 余裕があるお母さんの方が良い

  • 余裕がないお母さんは良くない

と考えるのではなくて、

NVCでは
「どっちの私にも、大事にしたいことがあったんだね」

って考えます。



心に余裕があって、許せたときは…

「繋がり」
「コミュニケーション」
「理解」

を、大事にしたいと思ったのかもしれない。

例えば、子どもとのコミュニケーションの方を大事にしたいとか、子どもの思いを理解する、とか。



逆に、心に余裕がなくて許せないときは…

「休息」
「流れ・フロー」
「効率性

を、大事にしたいと思ったのかもしれない。

例えば、家事を優先しなきゃいけなかったり、お母さん自身が疲れて休みたかったり。



つまり、別に許せる方が良いとか、許せないのが良くないとか、そういう話ではないってことです。

そもそも○×じゃないし、お母さんがどっちの反応を選んでも一切悪くない。
お母さん自身に「大事にしたいことがあって」反応しただけだから。


よく「子育てに正解はない」っていうと思うんですが、
それって多分、「どれも間違ってない。どれも正解だから大丈夫だよ」っていうことなのかな?と。

もしそうだとしたら。


NVCがそれと大きく違うのは、そもそも「正解」という考え方をしないということ。
正解も間違いも、そもそもどちらも無いっていうことなんですよね。


つまり、

良い悪い、正解不正解以外の「第3の考え方がある」

ということを教えてくれるのがNVCの視点です。


まとめ


○×のジャッジが当たり前になっているかもしれないけど、
そもそもそのジャッジってとても曖昧ですよね。

○×や、良い・悪いの考え方をすると
自分を責めたり正解を求めたくなるけど

でも実はそうじゃない考え方をしていくことで
自分や相手に全く違う視点を持つことができます!


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