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ビヨンセ『ルネサンス』を理解する5つのポイントと全力すぎる全曲解説

割引あり


This three act project was recorded over three years during the pandemic. A time to be still, but also a time I found to be the most creative.
Creating this album allowed me a place to dream and to find escape during a scary time for the world. It allowed me to feel free and adventurous in a time when little else was moving. My intention was to create a safe place, a place without judgment. A place to be free of perfectionism and overthinking. A place to scream, release, feel freedom. It was a beautiful journey of exploration

この3部構成のプロジェクトはパンデミックだった3年の間に録音しました。じっとしている期間に、私はとてもクリエイティヴになれたのです。

アルバムを作りながら、世界が直面している恐ろしい時期から逃避できる場所を見つけました。動いてはいけない時期に、自由と冒険心を感じられるような。私が意図したのは、安全で非難されない場所をつくること。完璧主義と考えすぎから逃れられる場所。叫び、解放され、自由を感じられる場所。爆発できる、すてきな旅だったのです。

ビヨンセが6年ぶりのスタジオ・アルバム『ルネッサンス』をリリースする直前に発表したステートメントです。これが、まさかの全編ダンス・ミュージック。「えー、なんでなんで!」と、7月29日、無事に7作目がリリースされると各国言語で驚きの反応がネットに飛び交いました。がっつりハウスだったドレイク『オネストリー・ネヴァーマインド』もあったし、リード・シングル「ブレイク・マイ・ソウル」がハウスど真ん中だったので気配はあったけれど、全編で来たのは私も、びっくり。

ただ、唐突だとは思いませんでした。前作『レモネード』以降、ビヨンセは徹底的に攻めの姿勢。常識や予想を裏切ること「しか」やっていない。次の動きがまったく読めないのが、近年のビヨンセだったと言い換えてもいいくらい。アルバムを出して、シングル・ヒットを重ねて、ツアーをやって‥というサイクルを無視してきた6年間だったのです。「6年ぶり」ばかりが注目されるけれど、その間彼女はコーチェラで2010年代最高のライヴパフォーマンスを見せ、それをドキュメンタリー映像にし、ヴィジュアル・アルバムをリリースし、第2子と第3子を同時に産み、夫のジェイ・Zとザ・カーターズ名義のアルバムもドロップし‥、とずいぶん忙しくしていました。それがコロナ渦で一旦、立ち止まり、その間の創造性を爆発させたのが本作を含む3部作、という流れ。

さて、このnoteは2段構えです。
まず、「この5つのポイントを押さえるとビヨンセ『ルネッサンス』の輪郭がわかるよ!」な総評の一部をフリーで。その後の「全力すぎる全曲解説」は有料になります。


ビヨンセ『ルネッサンス』を理解するための5つのポイント

ポイント1:『ルネッサンス』は三部構成の第1幕である
正確なタイトルは『アクト1:ルネッサンス』。冒頭hに訳出したステートメントにあるように「アクト1=第1幕」あり、8作目と9作目のアルバムで完結する、ということでしょう。全体のコンセプトについていまのところビヨンセが明言していないので、いろいろ予想するのが楽しいです。「アクト2」と「アクト3」はわりと早いうち—少なくとも6年といった長いインターバルは置かずにリリースされるはず。

ポイント2:タイトル『ルネッサンス』は「復興、復活」の意味
復活させているサウンドはハウス、バウンス、ディスコなど70年代以降のダンス・ミュージック。これらの音楽はゲイ・カルチャーと密接な関係があり、母親、ティナさんの甥である「アンクル・ジョニー」を追悼しながら、LGBTQ+のコミュニティとの連帯を全面に押し出しています。

ポイント3:ボール・カルチャーを大胆に導入
ニューヨークの有色人種のゲイと、トランスジェンダーの人々が安全に出会う場所を作るために生まれたボール・カルチャー。起源は1920年代とも言われています。60年代には根付いていたものの、アンダーグラウンドであったこの文化を広く知らせたのが、1990〜91年に公開されたドキュメンタリー映画『パリ、夜は眠らない(Paris is Burning)』です。公開の数ヶ月前にマドンナがこのムーヴメントの要、ヴォーギングをフィーチャーした「ヴォーグ」をリリースしました。当時から30年の月日が流れているけれど、2009年に始まったリアリティ番組『ル・ポールのドラァグ・レース』でもたびたび言及、参照されていたし、2018年にFXのドラマ『POSE(ポーズ)』、2020年にはHBO Maxのリアリティ番組『Legendary(レジェンダリー)』が放映され、再び注目が集まっているんですね。ビヨンセは80年代後半から90年代にかけてのハウス・ミュージックを多くサンプリングし、所属を表す「ハウス」や部門別だったボール・カルチャーの「カテゴリー」といった言葉を歌詞に入れています。

ポイント4:チーム・ビヨンセ大活躍
シンガー、パフォーマーとしてあまりにも優れているせいか、ビヨンセが自分で歌詞を書き、トラックをプロデュースするアーティストである事実は忘れられがちだ。本作も「総指揮」は本人。中核を成すチームは、ヒップホップの重鎮プロデューサーのマイク・ディーン、R&Bのシンガー・ソングライターでプロデュースもするザ・ドリーム、女性ふたり組のプロデュース・チーム、ノヴァ・ウェーブ(Nova Wav)、エンジニアとして絶大な信頼を寄せられているスチュワート・ホワイトあたり。そこにスクリレックスやヒットボーイ、トリッキー・スチュワート、P2J、AGクックなどベテランもしくは人気のスタープロデューサーたちが参加しています。使用スタジオが14カ所もクレジットされているのは、パンデミックで別々に作業したためでしょう。ちなみに、ビヨンセは2曲でプログラミングもしているうえ、なんと1曲でサックスを吹いています。

ポイント5:なんだかんだジェイ・Zが大好き
本作のテーマをダンスフロアーに逃げ込むエスケイプイズム(逃避主義)や快楽主義、セルフラヴであるとする海外レビューは多いです。私もとくに異論はありません。でも、もっとも強いのは、ジェイ・Zの浮気から端を発した危機を乗り越えたあとの夫婦愛でしょう。収録されている16曲のうち、じつに14曲に「Explicit Content(露骨な表現を含む)」との注意がついているようにセクシーな歌詞が多い。ほかの相手に興味があるようなフリ(プレイ?)はあるものの、基本的には「夫が大好き大好き大好き」なアルバムであり、彼への公開ラヴレターとも取れるのです。今回、私は日本盤の対訳を頭の4曲のみ、担当しました。言葉数の多いラップではなく、歌ものであるにもかかわらず、ダブルミーニング(ひとつの言葉に二重の意味をもたせること)や含みのある言い回しが多いため、苦戦しました。どの曲も複数のライターがかかわって気の利いた言い回しを追求しているのと、天才ラッパー、ジェイ・Zの影響でビヨンセの作詞能力がパワーアップしているのが理由でしょう。

以上、5つのポイントでした。ここから先の「全力すぎる全曲解説」は文字量も熱量もマキシマリスト(ルネッサンス!)な展開で行きます。

全曲解説に入る前に、最新型ビヨンセを理解するために6作目『レモネード』からのざっくりしたタイムラインと、ボールルーム・カルチャーの解説を。タイムラインが頭に入っている人は飛ばしていただいても大丈夫。

<ビヨンセ近年表>


2016年2月、6作目『レモネード』の先行シングルとして「フォーメーション」のリリース。その直後に第50回スーパーボウルのハーフタイム・ショーのコールド・プレイのセットでブルーノ・マーズとサプライズ・ゲストとして登場、「フォーメーション」を披露。ダンサーたちがブラック・パンサー党を思わせるベレー帽を被った衣装であったのも含め、メインアクトだったコールド・プレイよりも大きな話題を集めました。

同年4月 6作目『レモネード』をリリース。父・マシュー・ノウルズのマネージメントを離れ、2010年にパークウッド・エンターテインメントを設立・それ以来、原点に戻ってブラック・ミュージック色を強めています。また、自分のプロダクション・カンパニーを作ったことで、より映像に力を入れるおように。『レモネード』はその集大成であり、女性のエンパワーメントとBLMの動きを意識した内容でした。

2017年2月 第59回グラミー賞で主要3部門を含む9部門と最多ノミネーションを受けたものの、大きな賞はアデル『25』が独占する結果に。アデル本人がスピーチで「ビヨンセが受賞するべきだった」と発言、ファンの溜飲を下げる少し不思議な展開になりました。

同年7月 双子のルミとサーが誕生。妊娠を理由に、彼女は2017年に予定していたコーチェラ出演を2018年に持ち越しました。

同年9月 ハリケーン・ハーヴェイとイルマの被害が甚大だった地域のために、チャリティーを兼ねたJ・ハルヴィンとウィリー・ウィリアムの大ヒット「Mi Gente」のリミックスに参加。故郷テキサスにも被害が出たのが主な理由でしたが、長女のブルー・アイヴィが「Mi Gente」を気に入っていたのも大きかったらしい。

2018年4月 1年遅れでコーチェラのヘッドライナーを完遂。「ホームカミング(Home Coming)」と銘打たれたセットで、アメリカの歴史的な黒人大学、HBCU(Historically Black College and University)に根づくマーチング・バンドを大々的にフィーチャー。ハーフタイム・ショーでも見せたブラック・パンサー党へオマージュも含め、ブラックネスを全面に押し出したショーだったのは、すでにBLMの機運が高まっていたからです。

HBCUのマーチング・バンドに関しては、TLCらを世に送り出したプロデューサー、ダラス・オースティンの半自伝的映画『ドラムライン』があります。主演はマライア・キャリーの元夫であるニック・キャノン。また、グラミー賞のパフォーマンスで最初にフィーチャーをしたのは、ほかならぬイェ、元カニエ・ウェストですね。

同年6月 夫、ジェイ・Zとのユニット、ザ・カーターズ名義で『エヴリシング・イズ・ラヴ(Everything Is Love)』をドロップ。彼の13作目『4;44』から始まった「浮気してごめんなさい」公開禊(みそぎ)に一旦、終止符を打ちました。

2019年7月 ディズニー『ライオン・キング』のリメイクで、ヒロイン、ナラの声を務めました。主人公のシンバはチャイルディッシュ・ガンビーノことドナルド・グローヴァーが演じています。俳優業はあまり評価されてこなかったビヨンセですが、このヴォイス・アクトはすばらしかったです。映画にインスパイアーされたアルバム『ライオン・キング〜ギフト』を制作。「ソニック・シネマ」と名づけ、アフロビーツのアーティストを多くフィーチャーしていました。続いてこの収録曲に合わせ、ゆるく『ライオン・キング』の筋を入れ込んだヴィジュアル・アルバム『ブラック・イズ・キング』を制作、ディズニー・チャンネルで独占公開。これは息子のサー・カーターに捧げています。

<ボール・カルチャーについて>


『ルネッサンス』はゲイ・カルチャーと密接な関係があるハウス・ミュージック、ディスコ、そしてバウンス・ミュージックをオマージュし、LGBTQ+への目配せをした点が、リリース直後から騒がれました。ビヨンセのような煌びやかなディーヴァは、LGBTQ+コミュニティからのサポートは不可欠。ビヨンセ本人も一貫してコミュニティへのサポートを続ける、相思相愛の良好な関係です。でも、ここまで取り入れると、文化の割り当て(Cultural Appropriation、日本では盗用と訳される )問題はどうなるのか、と思う人が出るかも。実際、30年前にマドンナが「ヴォーグ」のヴィデオを作った際、ボール・カルチャーを牽引する有名ダンサーを起用したにもかかわらず、黒人とラティーノの文化を「白人化」したと非難されました。当時は、文化の割り当てという言葉がなかっただけで、同じ意味ですね。

ボールルームの文化を知るには、前述した「パリ、夜は眠らない」や、「ポーズ」を観るのが一番いい。みんなが集まってカテゴリーごとにファッション、ウォーキングとダンスを競い合う華やかなイベントと、身の安全を守るため、居場所を作る必要がある過酷な背景の両方を見せる映像作品です。どちらもネットフリックスのサービスから外れているけれど、3シーズンある「ポーズ」は最初の2シーズンがディズニー・プラスで視聴できます。「パリ、夜は眠らない」はDVDのレンタル、もしくはロシア語の字幕版であればYouTubeで観られます。30年前のドキュメンタリーを先に、それから脚色されたドラマを観るとドラマの制作陣が真の意図が見えてきます。ちなみに、「ポーズ」の出演者は全員が本人の性認識と役柄が一致しています。

『ホームカミング』のパフォーマンスで、1日目はBLMを示す黄色、2日目はフェミニズムを表すピンクを身につけていたビヨンセ。本作の歌詞、サウンドはLGBQ+へのサポートするとともに、彼らの文化を「ルネッサンス(復興)」する意図がある。ただ、スーパースターが頂点から被差別側の人々へサポートしたというより、彼女がブラック・カルチャーでもあるダンス・ミュージックをリヴァイバルさせながら、共感と憧憬を持ってボール・カルチャーを取り入れたと解釈するほうが公平でしょう。もちろん、天下のビヨンセが取り上げたことで新しい意味、社会性は帯びます。それが文化。

前置きが長くなりました。各曲の解説に入りますね。

1 I'M THAT GIRL /アイム・ザット・ガール

「Please, mother fucker ain’t stopping me」
勘弁して、バカどもに止められるような私ではないし

スタートはヒップホップとハウス、アフロビーツが入ったダンサブルな曲。カニエの門下生から出てきたS1(シンボリック・ワン)とドミニカ系のプロデューサー/DJのケルマン・デュランが共同プロデュース。冒頭のサンプリング元はメンフィスのローカルMC、プリンセス・ロコの「スティル・ピンピン(Still Pimpin)」(1995)。プロデュースはトミー・ライト3世です。彼はストリート・スマート・レコードを主宰するプロデューサー/ラッパーであり、カルト的な人気を誇ります。

テキサス州ヒューストン出身のビヨンセは、南部のヒップホップをこれまでも積極的に取り入れてきました。とくにテキサス愛は濃厚で、「チェック・オン・イット」(2005)ではUGKのバン・Bとスリム・サグを招いています。また、新人だったミーガン・ザ・スタリオンの「サヴェージ」(2020)のリミックスにいきなり参加して彼女の知名度アップにひと役買ったのも、ミーガンが同郷であるのが大きい。そういえば、「スタリオン」は「種馬」の意味であり、性的な強靭さを意味します。ビヨンセがアートワークで馬に乗っているのも同じ文脈でしょうね。

曲の作りは、2011年にサウンドクラウド上でリリースした「バウ・ダウン/アイ・ビー・オウン(Bow Down/I Be Own)」に近い。ヒューストン発でシーンを席巻したチョップド&スクリュードの手法を取り入れ、UGKのウィリー・Dをフィーチャー。リリックの一部「bow down, bitches(ひれ伏しなさい ビッチども)」が、5作目『ビヨンセ』の「フローレス」のリリックにも流用されました。過激な物言いから「ビヨンセは女性の連帯に興味がないのか」といった批判まで出ました。でも、元ネタのウィリー・Dのラップをそのまま取り入れただけなんですよね。

話を「アイム・ザット・ガール」に戻すと、「スティル・ピンピン」を貫くプリンセス・ロコのチャントが、本作の精神を表しています。幼少期からずっとエンターテイナーになるべく練習してきた自分は積み上げたものがちがう、と歌った「フローレス」に近い。ちなみに、プリンセス・ロコは2020年に41歳の若さで亡くなっています。彼女にかんしては詳細な記事が出ており、参考になりました。今回のサンプリングで、遺族はかなり助かるはず。

この曲の歌詞も強気でエッチですが、「I didn’t want this power(この能力はほしくなかった)」が「ここまでの(影響)力はほしくなかった」と読めたり、友だちは要らないと言ってみたりと、彼女の孤独感が透ける言葉もあります。そして、「un-American life (アメリカ人らしくない生活)」。この真意は難しく、まだ考察中。

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