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盗まれた日本語

オフィス・コーヒーブレイク。
みつきはいま、いつものようにマリコ部長とおしゃべりしています。

マリコ部長(以下マ)「みて。家の机、整理してたら引き出しからこんなのが出てきた」
みつき(以下み)「電車の切符? 幸福行き!」
マ「そう。愛国駅から幸福駅へ。北海道のよ。『愛の国から幸福へ』。1970年代にブームになったの。小学生かな、家族で旅行に行った時に買った」
み「なんて素敵なんでしょう」

みつきの後輩で、マリコ部長の部下、エイコがやってきた。
エイコ「私のことが素敵?  当たり前のこと言われても全然うれしくなーい」
み「違う! なんて性格してんの、この子は」
マ「この切符のことよ」
エ「え、幸福行き! ほし〜い」
エイコったらBSテレビのCMに出てくる演歌歌手みたいに体をくねらせ、おねだりしている。
マ「大切な思い出の品だからねー」
エ「ですよね。ところで、この愛国ってのはネトウヨっぽくない?」
み「私もそう思った。これは愛の国って読ますみたいだけど」
マ「確かにアイコクって言葉、高圧的できな臭い響きがするよね」
エ「政治家やネトウヨの言う『愛国』だの『愛国者』だのってヤナ感じしかしない」
み「本来、国を愛する気持ちって、自然に湧き上がってくるものでしょう。それを、政治家や他人から国を愛せって強制されるのは違うと思う。真っ当な政治、社会だったら、愛国心を持てと言われるまでもなく、愛しますよ」
マ「わかる。愛されるに足る政治を行なってますか、愛されるに足る社会、国ですか、ってことよ。市民を痛めつけるばかりの政策をごり押しする政府、与党議員の不祥事・犯罪・ヘイト発言を批判すると、国を出ていけ、非国民、反日、売国奴って脊髄反射よろしく叫ぶ自称『愛国者』って、国イコール政権・与党と思い込んでない?」
エ「自分の住む国が少しでも良くなってほしい、まともになってほしいから批判するのに、それが理解できないのよ、彼らは」
マ「『愛国者』について米国の作家、ビアスがこう言ってる。『政治家には馬鹿みたいにだまされ、征服者には手もなく利用される人間』」
み「英国の作家、ジョンソンは『愛国心は、不埒なやつらの最後の隠れ家』ですって」
エ「私も知ってる名言ある。えーっと、誰のだっけ、えーっと……」
エイコったら、私たちの前でまで人差し指を顎に当てて小首を傾げるぶりっ子ポーズしてる。日ごろの行動ってつい出ちゃうのよね。
マ「ま、そのうち思い出すでしょ。そしたら教えて」

み「私はネトウヨ、軍国・排外・差別主義者、与党の右翼政治家が『保守』って自称するのも、メディアが彼らをそう表現するのも納得いかない。保守って元来、性急な変化を避け、古き良き習慣、伝統を大切に守りながら穏やかに暮らしていきましょう、っていう穏健な考え方だと思っているんですけどね」
マ「それがいつの間にか大日本帝国万歳な極右イコール『保守』になっている。挙句、保守党なんて政党まで作っちゃう厚かましい右巻きもいる」
み「『法の支配』『法治国家』なんて言葉も、政府やその応援団が口にするととたんに胡散臭くなりますよね」
マ「確かに」
み「偉そうに胸反っくり返して『わが国は法の支配する民主国家ですから』などと得意気に語ってた元首相らが法を無視して法を捻じ曲げて、お友だちや取り巻きを優遇したり公文書を改竄捏造破棄したり、統計データを自分に都合のいいように入れ替えたり、パー券売って裏金作りしてますよね。辺野古基地建設では法律を悪用してますよね。県の埋め立て計画不承認に対して防衛省が私人になりすまして不服を申し立て、身内の国交相が県の処分を取り消す裁決を出すデタラメをやっていますよね。しかも圧倒的多数が建設に反対した県民投票の結果を無視してますよね」
エ「えっと」
マ「思い出した?」
エ「まだです。けど、権力と取り巻きの言う『科学的』『専門家』って言葉も相当怪しいですよ。例の放射能汚染水放出問題。ストロンチウム90やセシウム137、炭素14など、トリチウム以外の核種が残留しているのに、その危険性は言わない。IAEAは海洋放出を『推奨も承認もしていない』のに、あたかもお墨付きを得たかのように喧伝する。他国もトリチウム水は放出しているなんて言い訳してますけど、日本のはメルトダウンした原発の汚染水ですよ。糞も味噌も一緒にするなって。ほんと、やれやれですよ」
マ「そもそもトリチウム水だって問題あり、なのにね」

み「日本語が、夜郎自大で粗野で野卑で下品で傲慢で品位も人権意識も欠いた反知性・無知性な香ばしい方々に奪われ汚され穢(けが)されている気分です」
マ「ロクデモナイ勢力に盗まれた言葉はまだまだあるよ。『平和』『家庭』。反社会的カルト集団が教団名に使っているでしょ。その有象無象の関連団体名に使っているでしょ。カルトが『平和』を名乗るなんて、真っ当な平和運動の信用を貶(おとし)めるのが目的なんじゃないの。『家庭』っていうのも、女性を家に縛り付け、男の命令に従え、っていう唾棄すべき家父長的家族観を押し付けていてうんざりするんだよね」
み「伝統的家族観を守れ、なんてがなっている右翼もいるしね。もっとも彼らの言う伝統てのはせいぜい明治以降の底の浅いものでしかない。それを指摘されて内心悔しくて仕方ない連中が持ち出したのが『江戸しぐさ』ってやつ。いっときブームになったけど、まったくの出鱈目だったことが暴露され、あっという間に誰も口にしなくなった。やることが浅はかなのよ」
二人「異議なし」
み「『言論の自由』って言葉も貶められているでしょ。与党の女性議員がアイヌ民族や朝鮮民族へのヘイトを撒き散らして法務局から人権侵害にあたると注意されたけど開き直っている。ネトウヨや御用メディア・自称ジャーナリスト・右翼作家・幇間コメンテーターによる韓国・中国・アイヌ・沖縄へのヘイト・デマがいっこうにやまない。批判されると言論弾圧だ、と被害者ぶる。彼らは『言論の自由』を、何でも好き放題言っていい、書いていいと勘違いしている。彼らが大好きな日本国の法務省だって『ヘイトスピーチが許されるとか、制限を受けない、ということにはなりません。ヘイトスピーチは,あってはならないのです』と言っていますのにね」
マ「彼らを見てると『蜀犬吠日(しょっけんはいじつ)』という四字熟語を思い出す。無知のため自明のことを怪しんで非難攻撃すること。ありもしないのに「特権、特権」と吠えている薄汚い野良犬を見ているようで、ほんと嫌悪感しかない。自称愛国者や政治屋には常識が通用しない。まるでゴロツキよ。彼らは口を開けば『美しい日本を取り戻す』なんて言っているけれど、彼ら自身の言動が日本を穢し貶めていることに気付きもしない。女性を、外国人を、LGBTQを、障がい者を、少数民族を、社会的弱者を、市井の一市民を、冷笑し差別し痛めつける輩が美しいわけがない、そんな連中の跋扈(ばっこ)する国が、そもそも美しいわけがない」
エ「そんなゴロツキのやりたい放題を許さないためにはどうしたらいいかしら」
マ「批判の声を上げていくしかないでしょう。彼らの言動がどれだけ品性、知性、人間性を欠いたひどいものであるかをカウンタースピーチで広め、彼らのヘイト・デマを無力化していく。たくさんの人が声を上げてくれて本屋の平台がヘイト本で埋められることはなくなったし、ヘイト本を出そうとした出版社は出版を取りやめた。声を上げ続けていくことが、ひいては彼らに盗まれた日本語を取り戻していくことにつながっていくと思う」
み「沈黙は黙認、容認、承認ってことですからね。黙っていたらダメですよね」
エ「私たちって日常に流されながら、何となく幸福行き切符を持って列車に乗っている気でいるけれど、いつの間にか不幸行きに路線変更されていたなんてこともあり得るわけですからね。そんなのは嫌だから、そのつど声を上げていかなきゃならないんでしょうね」
マ「お、うまくまとめたね」
み「エイコの言う通りよ」
エ「お褒めの言葉、もっともっと言って〜」
エイコ、また体をくねらせている。
マ「ところで、思い出したの?」
エ「え? はい。寺山修司でーす。『愛国心というは、他国をにくむという心である』って。口を開けばヘイトの悪臭ぷんぷんな自称愛国者の醜い正体を言い当てていますでしょ」
み「寺山修司、読んでるんだ」
エ「はい。父の本ですけど。『本棚にある本は全部エイコのだよ』って言ってくれて。宇能鴻一郎や富島健夫、高橋鐵のエッチな本も含めて読みまくりました。なかでも寺山修司は ♪胸にとげさすことばかり♪ な私の青春時代に寄り添ってくれたバイブルです。トルコの桃ちゃんに憧れていました。えっへん」
二人「……」
み「寺山を読んだから、こういう性格になったのか」
マ「寺山を読んだから、こういう性格で収まっているのよ」
エ「お褒めの言葉、ありがとうございまーす」
二人「褒めてない!」
エイコ、♪心から好きだよエイコ 抱きしめたい♪ なんて口ずさみながら行ってしまった。
み「はあ、疲れた」
マ「ま、彼女の自己肯定感の高さは褒めてあげよう」

エイコには相変わらず「やれやれ」だけれど、ヘイト、ネトウヨ、政治屋ら香ばしい方々をたっぴらかして、久しぶりにスッキリした。最近、彼らの言いたい放題が目に余るのでね。こっちも対抗しなくちゃね。
最後にヘイト・ネトウヨ言動を目にした時に効果抜群のとっておきのウチナーグチをお教えしますわ。
「えい、ふらー。あびらんけー。たっくるさりんどー」(おい、そこのバカ、黙れ。ボコるぞ)
心の中で唱えましょう。スカッとしますわよ。

【参考】
アンブローズ・ビアス「悪魔の辞典」(角川文庫、1975)
サミュエル・ジョンソン語録
ビジネスインサイダー「IAEA報告書は『処理水の海洋放出』を承認していない」(7/28/2023)
https://www.businessinsider.jp/post-273270
法務省「ヘイトスピーチ、許さない」
https://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken04_00108.html
寺山修司「さかさま世界史怪物伝」(角川文庫、1974)
森田公一とトップギャラン「青春時代」(1976)
サザンオールスターズ「チャコの海岸物語」(1982)

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