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真実は深い霧の中に

登場人物4人 性別不問 兼ね役可 30~40分

性別不問  アドリブ可  語尾などの軽微な変更可  兼ね役可


リリー:女賞金稼ぎ
ソフィア:ランカスターに住んでいる娘
アダム:新聞記者・リリーの知り合い
宿主:売春宿で働いている。
※宿主は兼ね役をお勧めします。性別不問なので特に制限はありません。


――――――――――――――――――――――――――――――――――

1888年3月 イギリス・ランカスター 夕刻のパブにて

ソフィア:あのー…

リリー:あぁ?

ソフィア(ナレーション):うわぁ……。お酒くさ……。
ソフィア:あなたですか?賞金稼ぎの女の人って?

リリー:……あんたは?

ソフィア:え?あ……
ソフィア:私はソフィアといいます。今この町に来ている賞金稼ぎの人を探してて……

リリー:ふーーん
リリー(ナレーション):そこらの庶民より仕立てのいい服……庶民でもブルジョワよりの人間……

リリー:あんたさ、いいとこのお嬢さんでしょ?

ソフィア:え?

リリー:わかんのよ。雰囲気でなんとなく。
リリー:で、どうなの?

ソフィア:それは……たしかに父は商人ですが……

リリー:ほらね。
リリー:ブルジョアのお嬢さんじゃないか。

ソフィア:そ、そんなことはどうでもいいじゃないですか!

リリー:あぁ?

ソフィア:わ、わたし……あなたにお願いしたいことがあるんです!

リリー:依頼?人でも殺してほしいのかい?

ソフィア:そ、そうじゃなくて……
ソフィア:私を、ロンドンに連れて行ってほしいんです。

リリー:ロンドン?
リリー:なにか訳アリかい?

ソフィア:……依頼を受けてくださるなら、お話します。

リリー:ふーん……
リリー:まぁ、とりあえずそこに座りな

   リリーは、目の前の開いている席を指さす。

ソフィア:し、失礼します……

   ソフィアは少し身構えながら、リリーの目の前に腰掛ける。

リリー:それで?あたしにロンドンまでついてきてほしいと?

ソフィア:えぇ。そうです。

リリー:あいにく、あたしはボディーガードじゃないんだ。

ソフィア:知っています。

リリー:ならわかるだろ?頼む相手を間違えてる。

ソフィア:そ、そうかもしれませんけど……

リリー:けど?

ソフィア:あ、あなたはその……強いんですよね?

リリー:はぁ?

ソフィア:あなたはその……今まで何人もの人を……

リリー:……

ソフィア:だから護衛くらいなら……

リリー:それを決めるのはあたしよ。
リリー:わかったらおうちに帰りなさい。危ない目に会いたくはないでしょ?

ソフィア:……あります。

リリー:え?

ソフィア:お金ならあります。
ソフィア:それなりの金額なら出せます。
ソフィア:あなた……お金に困ってますよね?

リリー:それは……

ソフィア:今日の飲み代を払うのがやっと。違いますか?

リリー:……仮にそうだとして、それがどう関係するのかしら?

ソフィア:話は簡単です。
ソフィア:ロンドンまで私を護衛してください。値段は交渉に応じます。

リリー(ナレーション):悪い話ではなさそうだけれども……
リリー:まぁいいわ。
リリー:一応聞いておくけど、ロンドンのどこまで行きたいの?

ソフィア:……ホワイトチャペルまで。

リリー:ホワイトチャペル?
リリー:正気?


  ※当時(1888年頃)のホワイトチャペルは、ロンドンの中でも屈指の貧民街(スラムに近い存在)でした。当然治安もよくはありません。


ソフィア:本気です。だから、あなたのような人を探していたんです。

リリー:ねぇ……悪いことは言わないから、考え直した方がいいんじゃない?

ソフィア:私の意志は変わりません。
ソフィア:それで?依頼を受けていただけますか?

リリー:……もしも本当に行くのであれば、あたしなんかよりも、もっと強い人を雇うべきよ。

ソフィア:それは……できません。

リリー:どうしてよ?お金ならあるんでしょ?

ソフィア:それは……

リリー:なによ?

ソフィア:私その……男性が苦手というか、お付き合いとかもしたことがなくて……

ソフィア:それに、私一人ですので、その……
ソフィア:男性と2人きりというのは……

リリー:なーるほど。要するに箱入りってことね。

ソフィア:……

リリー:少し考えさせてもらうわ。
リリー:お酒が抜けてから、じっくりとね。

ソフィア:本当ですか!

リリー:えぇ。
リリー:明日の夜、この時間にここにきてちょうだい。
リリー:その時にまた話しましょう。

ソフィア:わ、わかりました!
ソフィア:それでは、今日は失礼します。

リリー(ナレーション):そういって、彼女はそそくさと行ってしまった。
リリー(ナレーション):なんか面倒なのに捕まってしまった。
リリー(ナレーション):とりあえず、今日は飲もう。あとのことは、それから考えよう……。



場面転換  翌日・同時刻のパブで。



ソフィア:あの……

リリー:あぁ?あぁ……昨日の

ソフィア:昨日はその、ありがとうございました。話を聞いていただいて。

リリー:ん。そっちが一方的に話しかけてきただけだけどね。

ソフィア:アハハ……

リリー:そこ、座りな。

  リリーの向かいの席を指さす。

ソフィア:あ、はい。

  ソフィアは昨日と同じように、そこに腰掛ける。

リリー:そういえば、今日は何か飲みなさい。

ソフィア:え?私、お酒はあんまり……

リリー:あのねぇ。
リリー:ここはお酒を飲む場所よ。なんにも注文しないで居座るのはマナー違反じゃなくて?

ソフィア:た、たしかに……そうかもしれません。

リリー:昨日あんたが帰った後、あたしがマスターにチクリといわれたんだから。
ソフィア:す、すみません。

リリー:ま、酒が飲めないなら無理しなくていい。
リリー:頼むだけ頼んで、金さえ払っとけば何にも言われない。酒は飲んでやるから。

ソフィア:そ、そうですか……それってあなたがお酒飲みたいだけじゃ……

リリー:あ?

ソフィア:っん
ソフィア:な、なにか注文してきます……

リリー:あ、ジントニックがオススメよ。

ソフィア:じんとにっく?

リリー:カウンターにいる人にそういって、お金を払うの。それだけでいいわ。

ソフィア:はぁ……

  数分後


リリー:それで……いくつか聞きたいんだけれども。

ソフィア:え、えぇ。答えられる範囲でなら……
ソフィア(ナレーション):私が注文したジントニックを、グビグビと飲みながら、彼女はそう問いかけてきた。

リリー:ここからホワイトチャペルまで、ざっと620マイル※。どうやってそこまで行くつもりなの?

  ※620マイル……約420キロメートル


ソフィア:とりあえずここからマンチェスターまででて、そこからは鉄道でロンドンまで……。

リリー:そう……マンチェスターまでは馬車?

ソフィア:できれば馬車は使いたくありません。歩きになってしまいますが……

リリー:ふーん
リリー(ナレーション):このご時世に歩き……。やっぱりワケありかしらねぇ。

ソフィア:それで……この依頼、引き受けていただけますか?

リリー:報酬はいくらくれるの?

ソフィア:前金として、5ポンド差し上げます。
ソフィア:残りは1日7シリング、宿代などのお金はこちらですべて持ちます。

ソフィア:依頼が完了したら、すべてお支払いします。


 ポンド・シリング・ペンスはイギリスのお金の単位です。
 1ポンド=20シリング、1シリング=12ペンスです。

 月20日間の労働で2ポンド半~3ポンドが女性の平均だったようです。
 ただし、都会と田舎では物価なども違いますので、場所によっても変わってきます。


リリー(ナレーション):この田舎町で、この金額。悪くはないか……。
リリー:わかった。それでいい。
リリー:出発はいつするんだ?

ソフィア:ほんとですか!?

リリー:あぁ。ちょうど金もなくなってきてたんだ。

ソフィア:あ、ありがとうございます!

リリー:それで?

ソフィア:あ、出発は2日後に。前金もその時に……。

リリー:わかった。じゃあ2日後の朝8時に、このパブの前で待っているから。

ソフィア:は、はい!ありがとうございます!

ソフィア:で、では。準備をしなくてはいけないので、私はこれで失礼します!

リリー(ナレーション):そういって、彼女はまた、そそくさと出て行ってしまった。
リリー(ナレーション):金がないから引き受けてしまったものの、なんかヤバそうな匂いがするんだよなぁ……。



場面転換  早朝・パブの前で




リリー:あら、早いわね。

ソフィア:おはようございます……。

リリー(ナレーション):まだ太陽が昇って数時間しかたっていない。
リリー(ナレーション):けれど、彼女はもう準備を整えて待っていた。
リリー(ナレーション):庶民風……小間使いが身に着けるような服を身に着けて、今すぐにでも出発できるような感じ。

ソフィア:あの……コレ。
ソフィア:お約束した前金です。

リリー(ナレーション):小さな布袋に入ったコイン。ピッタリはいっていた。

ソフィア:お約束通り、残りはロンドンに着いたら、お支払いします。

リリー:そう。ありがと。
リリー:それはそうと、ここからマンチェスターまで歩けるの?

ソフィア:昔から、母の農作物の収穫を手伝っていましたので、少しだけなら体力はあります……
ソフィア:まぁ、さすがにそんな長い距離歩いたことないですけど……

リリー:そう……。ここから歩いて大体5日。多めに見積もって1週間くらいかしらね。

ソフィア:わかりました。

リリー:念のため言っておくけれど、途中でやめてもいいんだからね。

ソフィア:え?

リリー:初めての旅で、こんな長旅を、しかも途中まで歩くんだもの。

ソフィア:……あまり無理をするなってことですか?

リリー:そりゃあそうよ。歩けなくなったらそこまでなんだもの。

ソフィア:……わかりました。
ソフィア:あ、そういえば

リリー:ん?

ソフィア:お名前……まだ聞いていませんでしたよね?

リリー:そうだっけか?

ソフィア:えぇ
ソフィア:すみません。舞い上がっちゃって、名前も聞かないなんて失礼でしたね。

リリー:リリー。それがあたしの名前よ。

ソフィア:リリー。ステキなお名前ですね!

リリー:そうか?ありふれた名前じゃない?

ソフィア:たしかに同じ名前の女性は多いかもしれませんけれど……
ソフィア:そのお名前の持つ意味は、とても清らかな……

リリー:いずれにせよ、あたしには似合わない。

ソフィア:そ、そんなことないと思いますけど……?

リリー:ま、あたしの名前の意味なんてどうでもいい。
リリー:準備ができてるなら、もう行こう。

ソフィア:そうですね……。太陽が沈んでしまう前に、少しでも進みたいですからね!

リリー:……

 数時間後・出発地点から数マイル先で

リリー:ここいらで、少し休憩しよう。

ソフィア:はぁ……。
ソフィア:少し先に、宿屋があったはずです。
ソフィア:座る場所もあったはずですし、頼めば軽食も出してくれる場所ですので、そこで休みましょうか。

リリー:ふーん。詳しいのね。

ソフィア:以前父の行商についてきたときに、そこで休んだんです。

リリー:へぇー。そこ、あたしみたいな庶民でも入れるの?

ソフィア:特に身分で区別するような場所ではなかったかと……
ソフィア:そもそも私も庶民ですし。

リリー:あっそう。庶民ねぇ。

ソフィア:え?

リリー:なんでもない。早くその場所で休ませてもらおう。

ソフィア:えぇ。そうしましょう。

 宿屋で


リリー:ソフィア、だっけ?

ソフィア:えぇ……。なんですか?

リリー:あなた、結構歩くの早いわね……。
リリー:バックを一つ持ちながらそんなに早く歩けるなんて、そこらへんの華奢な男よりも体力があるんじゃなくて?

ソフィア:アハハ……。
ソフィア:子供の頃から、姉と田園を走り回っていましたから、そのせいかもしれません。

リリー:ほー。
リリー:それで?まだ歩けそう?

ソフィア:えぇ、なんとか。
ソフィア:もう数マイル先にも、少し大きめの宿屋があったはずですから、今日はそこを借りましょう。

リリー:そう。さすがこの辺りのことは詳しいのね。

ソフィア:ここで生まれ育っていますから。少しくらいでしたら。

リリー:道案内しなくていいから、あたしも楽で助かるわ。
リリー:このペースでいけば、あと5日でマンチェスターに着けると思うわ。

ソフィア:そこまでは歩いていくことになると思います。
ソフィア:少し大変ですけれど、引き続きよろしくお願いします……。

リリー:気にしないで。報酬はもらってるから。

リリー(ナレーション):旅は順調に進んでいる。
リリー(ナレーション):でも、彼女は旅の目的はおろか、自分のことを語ろうとしない。
リリー(ナレーション):そもそも、ブルジョワなら馬車くらい使えるはずなのに、どうしてわざわざ歩くんだろう……?



 場面転換  数日後・マンチェスターの少し手前の宿にて。



リリー(ナレーション):出発してから数日、順調にここまで来てしまった。
リリー(ナレーション):てっきり途中でへこたれると思っていたけれど、そんなことはなく、そそくさと前に進んできた。
リリー(ナレーション):明日、マンチェスターで鉄道のチケットを買える。あと2・3日でロンドンまで着くだろう

ソフィア:あの……リリーさん?

リリー:ん?あ、すまない。少し考え事を……

ソフィア:いえ、大丈夫です。
ソフィア:あの、宿屋さんなんですけど……部屋がいっぱいみたいで……

リリー:泊まれないって?

ソフィア:いえ、2人で同じ部屋なら泊まれます。

リリー:あらそう。あなたさえよければ、私はそれでいいわよ。

ソフィア:でも……ランカスターからずっと別々の部屋でしたし……

リリー:夜は筋トレとかするから、あなたに迷惑かけるのも悪いと思ってたからそうしてただけよ。
リリー:今日はちょっと我慢してちょうだい。

ソフィア:が、我慢だなんてそんな……
ソフィア:とりあえず部屋を借りてきますね!

  夜9時頃・2人の部屋にて。


ソフィア:あ、あの

リリー:ん?

ソフィア:ここまで、ありがとうございました……ほとんど話もしないで、ずっと歩いてばかりでしたけど……

リリー:気にしないで。あなたこそ、よくここまで歩いてこれたと思うわ。
リリー:普通の女じゃまず無理よ。

ソフィア:あはは……。
ソフィア:明日はお昼くらいに駅に着くと思うので、そこで切符を買おうかと……

リリー:わかってるわ。明日のウチに電車に乗るの?

ソフィア:どうでしょう……
ソフィア:マンチェスターはとても大きな街ですから、ビジネスでロンドンへ向かう人も多いです
ソフィア:もしかすると、さらに翌日になってしまうかもしれません。

リリー:都会だから仕方がないわね。
リリー:とりあえず今日はもう休みましょう。
リリー:2人ともシャワーも浴びたし、お互い薄着。寝ないと風邪ひいちゃうわ。

ソフィア:そ、それもそうですね。

ソフィア:……

リリー:……

しばらく、2人の間に会話はない。
リリーは部屋の椅子に座って、売店で買ったリンゴジュースを飲んでいる。
ソフィアはベッドに腰掛けて、どこか緊張した様子でリリーの方をチラチラと観ている。

リリー:……なにかあたしの顔についてる?

ソフィア:え?

リリー:さっきからずっと、あたしの事チラチラみてるでしょ。
リリー:わかんのよ。視線で。

ソフィア:いえ……その……

リリー:なに?

ソフィア:り、リリーさんのカラダ、すごいなぁって……

リリー:は?

ソフィア:あ、いや、へ、変な意味はなくて……
ソフィア:腕とかにその……すごい筋肉がついていて、カッコイイというか……

リリー:あんたねぇ……
リリー:その辺のカラダ目当ての男じゃないんだから……

ソフィア:え!あ……すごいってそう意味じゃなくて、その……

リリー:わかってるわよ!

ソフィア:す、すみません……。私の周りには、リリーさんのような女性がいなくて……

リリー:そうでしょうねぇ……

ソフィア:な、なんかすみません……もう、寝ますね。

リリー:待ちなさい。

ソフィア:はい?

リリー:……こっちへ来て。

ソフィア:は、はい……


リリーは椅子から立ち上がり、
ソフィアはベッドから起き上がって、リリーに向かって歩き出す。



ソフィア:キャッッ



バフンという音と一緒に、ソフィアはリリーのベッドに押し倒された。
ソフィアを押し倒したリリーは、
ソフィアの腕を押さえつけてソフィアに馬乗りになっている。


ソフィア:ん、ん!


部屋には、力が抜けたソフィアの声がかすかに響いている。


リリー:抵抗できないでしょ?
リリー:かといって、大きな声も出せない。
リリー:でしょ?


ソフィアは静かにうなずいている。


リリー:まだ女のあたしだからいいけれど、コレが男だったら……
リリー:いいたいことは分かるわよね?


リリーはそっと立ち上がって、ソフィアの体を起こす。


リリー:怖がらせちゃったわね……
リリー:でも、そんなに人をジロジロみたり、変に相手の体のことをほめると、場合によっては大変なことになるのよ……。
リリー:覚えておきなさい。


ソフィア:は、はひぃ……
ソフィア(ナレーション):リリーさん……
ソフィア(ナレーション):怖かったけど、スゴクいい香りした……。



  場面転換  1888年4月・朝のマンチェスター駅にて。



ソフィア:リリーさん!チケットが買えました!
ソフィア:正午出発の列車です。

リリー:そう。それはよかったわ。
リリー:これでロンドンまで一気に進める。

ソフィア:そうですね!それまでは近くのカフェで待ちましょう!


 その後、駅周辺の宿屋にて。


ソフィア:あと数時間ありますからここで時間を過ごしましょうか。

リリー:そうね。宿屋の食堂にいさせてもらえるなんてラッキーね。

ソフィア:えぇ。この時間は人の出入りも少ないですしのんびり待てます。

リリー:じゃあ少し休みましょう。
リリー:ロンドンに着いたら何があるかわからないものね。

ソフィア:そうですね……。

アダム:あの……。

ソフィア:はい?

アダム:あ、あなたじゃなくて……

リリー:ん?アダム?

アダム:やっぱり!リリーさんじゃないですか!

ソフィア:お2人ともお知り合い……ですか?

リリー:この人はアダム。新聞記者よ。

アダム:はじめまして。アダムです。

ソフィア:あ、こ、こんにちは……。

リリー:アダム。この人はソフィア。今のあたしの雇い主よ。

アダム:ソフィアさん……。
アダム:ん?雇い主?

リリー:彼女をロンドンまで連れていく。それが今回のあたしの仕事。

アダム:つまり……護衛、ですか?

リリー:そういうことになるわね。

ソフィア:私今までランカスターから出たことがなくて……
ソフィア:何かあっては困るので、ロンドンまでついてきてもらおうかと……

アダム:それはそれは……
アダム:ということは、ランカスターからいらっしゃったんですか?

ソフィア:えぇ。5日ほど前に出発して、今朝着いたんです。

アダム:5日……随分と速いですね。

ソフィア:あはは……。

リリー:それで?あんたはどうしてここに?

アダム:ボクですか?
アダム:取材でロンドンまで行こうかと思ってチケットを買ったのですが、まだ時間がありますので……

リリー:ほーん。取材ねぇ。

アダム:記者ですから。

ソフィア:あの……アダムさんの新聞社には支社はないんですか?

アダム:ありますよ。というか今いるマンチェスターは支局の1つです。

ソフィア:支社からわざわざ本社のロンドンまで、しかも取材ですか?
ソフィア:どうしてそんなことを?

アダム:鋭いですね……
アダム:実はホワイトチャペルで少し大きな事件がありまして、記者の人手も足りないんです。なので応援という形ですね。

リリー:ホワイトチャペル?

アダム:え、えぇ。

リリー:詳しく聞けるか?

アダム:いいですけど……今日の新聞に載ってること以上のことは分かりませんが……

リリー:今日の新聞?

アダム:えぇ。

ソフィア:私、買ってきます。
ソフィア:確かすぐ近くで売っていたはずです!

リリー:お願い。

  直後。2人になった宿屋の食堂にて。


アダム:それで……どういう風の吹き回しですか?
アダム:あなたが護衛なんて。

リリー:どう思う?

アダム:どうって……コッチが聞いているんですが……?

リリー:そうじゃなくて。
リリー:あの娘のことだよ。どう思う?

アダム:どう……と聞かれても……。
アダム:パッとみても普通の若い女性としか……

リリー:そうか……なぁ、ひとつ頼まれてくれるか?

アダム:……あの方を調べてほしいと?

リリー:さすが。話がはやくて助かるよ。

アダム:はぁ……なにかあるんですか?

リリー:さぁね。女の勘よ。
リリー:どうもなにかウラがありそうなのよ、あの娘。

アダム:そうなんですか?

リリー:あぁ。
リリー:商人の娘なのに、ランカスターからここまでわざわざ歩いてきた。
リリー:普通馬車ぐらい使うだろう?

アダム:ランカスターから歩いてここまで?

リリー:それに……

アダム:それに?

リリー:いや、なんでもない。
リリー:ともかくお願いできるか?
リリー:ランカスターみたいな田舎の商人一家のことだ。そう難しくないだろう。

アダム:まぁそれはそうですが……。

リリー:頼むよ。いつも犯罪者の情報、渡してやってるだろ?
リリー:それでいままでに、いくらボーナスを貰ってきた?

アダム:うぅ……
アダム:それを言われるとイヤとは言えませんね……。
アダム:わかりました。支局の記者に、テキトウな理由をつけて調べてもらいます。

リリー:助かるよ。

アダム:情報は電報でロンドン本社に送ってもらいます。
アダム:明日には届くように手配しておきます。

リリー:ありがとう。頼んだよ。



  場面転換  数時間後・ロンドン行きの鉄道内にて。



ソフィア:1人の女性が殺害……。

リリー:……こういっちゃアレだけど、ホワイトチャペルじゃよくあるんじゃないか?

アダム:んー。暴力事件はよくありますが殺人となると……

ソフィア:1回は逃げれたのに、結局助からなかったなんて……。

アダム:残念でしたね。

リリー:で?その売春婦は余程悪い商売してたの?

アダム:さぁ……どうでしょう。

リリー:ま、その界隈は客も客だろうからね。何があっても不思議じゃないか。

アダム:だから捜査が難航してるのでしょう。

ソフィア:あの……
ソフィア:アダムさんは、ロンドン・ヤードにお知り合いがいるんですか?

アダム:よく取材をする方はいますが……それがなにか?

ソフィア:あ、いえ、記者の方ですから、そういう方とも関わり合いがあるのかなーって。

アダム:それはまぁ。建前上、捜査内容は教えてくれないですけど……

リリー:よく言うわよ。「建前上」だなんて。

アダム:まぁまぁ。

ソフィア:それより、アダムさんはよかったんですか?
ソフィア:私たちと一緒の席で、しかもロンドンまでご一緒してくれるなんて。

アダム:電車の中ですし、特にやることもないですからね。

リリー:ていう適当な理由をつけて、サボりたいんでしょ。
リリー:監視もいないしね。

アダム:アハハ……。


  数時間後、ロンドン駅にて。


リリー:やっと着いたわね。ロンドン。

ソフィア:えぇ!ここまで遠かったですね……。

リリー:今日はもう疲れたし、目的地に行くのは明日でいいかしら?

ソフィア:そうですね……もう時間も早くはないですからね。

リリー:そうね。アダム?どこかいい宿知らない?

アダム:え?宿ですか?

リリー:何回も出張で来てるんでしょ?ロンドンに。どこかいい宿知ってるでしょ?

アダム:えぇ……そういうことでしたら。
アダム:ご案内します。

ソフィア:アダムさんはこの後どうするんですか?

アダム:とりあえず本局に顔を出して、あとは明日ですかね……。
アダム:さすがに今日はもう疲れましたし、今取材に行った所でなにも新しいことは分からないでしょうから。

リリー:そう。じゃあ、案内よろしくね。

ソフィア:あ、よろしくお願いします。

アダム:はい。分かりました。


  夜・ロンドン市内の宿屋。食堂にて。



リリー:さすがは新聞記者。中々いい所知ってるじゃない。

ソフィア:本当ですね。
ソフィア:数ある宿屋からこんな所に泊まれるなんてラッキーです。

リリー:マンチェスターでアダムに会えてよかったわね。

ソフィア:えぇ。ロンドンの宿屋は知りませんでしたし、変な所に泊まってしまうと色々大変でしょうからね。

リリー:大都会は怖いわね。
リリー:ま、アダムもロンドンにいるってわかったから、いざという時頼れるしね。

ソフィア:ロンドンに詳しい人とお知り合いになれてよかったです。
ソフィア:どういうキッカケで出会ったんですか?

リリー:アダムと?
リリー:いつだったか、指名手配されてたバカをとっ捕まえた時に出会ったのよ。
リリー:そいつを警察に連れてった後に、あたしに話しかけてきたの。あの犯人、何か事件を起こした理由とかしゃべってましたかーって。

ソフィア:あぁ……なるほど?
ソフィア:それを記事にしようとしたってことですか?

リリー:警察担当の記者が記事にする前に、抜こうとしてたんでしょう。

ソフィア:……それいいんですか?

リリー:さぁね。
リリー:そんな難しいことは知らないわ。

ソフィア:はぁ……。

リリー:それより。明日は朝出発でいいのかしら?

ソフィア:え、ええ。
ソフィア:朝の9時頃で考えているのですが……

リリー:そう。
リリー:もう少し遅くてもいいかしら?そうねぇ、11時頃がいいかしら。

ソフィア:11時ですか?

リリー:さすがにホワイトチャペルじゃあ、少し準備が必要よ。
リリー:いつもよりも長い時間休んで備えたほうがいいと思うの。

ソフィア:なるほど……
ソフィア:リリーさんがそういうなら、そうしましょう。

リリー:助かるよ。

ソフィア:それじゃあもう遅いですし、今日はもう休みましょうか。

リリー:そうね。それじゃあ、おやすみなさい。

ソフィア:はい。おやすみなさい。



場面転換  朝10時・アダムの勤める新聞社の本社近くのカフェにて。



リリー:アダム

アダム:リリーさん。おはようございます。

リリー:おはよう。

アダム:どうですか?久しぶりのロンドンの朝は?

リリー:相変わらず最悪ね。
リリー:こんなに濃い霧に長時間さらされちゃあ、みんな鬱になっちゃうわ。

アダム:アハハ……まぁでも、それもロンドンの醍醐味です。

リリー:まったく……嫌な風物詩ね。
リリー:それより、例の情報は…?

アダム:届いていますよ。
アダム:こちらです。


  アダムは電報をリリーへ差し出す。
  リリーはそれを受け取り、目を通す。


アダム:それよりいいんですか?ソフィアさんを置いてきて。

リリー:出発は11時過ぎと頼んでおいた。まだ部屋にいるだろうから、すぐ戻れば大丈夫だろう。


  リリーは電報に目を通しながらそう答える。


アダム:なるほど……
アダム:それで?どうですか?

リリー:ふむ……

アダム:欲しい情報は手に入りましたか?


  しばらくの沈黙


アダム:あの……リリーさん?

リリー:なぁアダム
リリー:ひとつ聞いてもいいか?

アダム:え、えぇ。なんなりと。

リリー:あんた、まだなにかあたしに隠してるだろ?

アダム:はい?なんですか、唐突に?

リリー:マンチェスターで会ったとき、あんたソフィアとちょっと話したでしょ?

アダム:えぇ……

リリー:その時のこと覚えてる?

アダム:はぁ?

リリー:あんたはあの時「ランカスターからいらっしゃったんですか?」って聞いたわ。

リリー:そしたらソフィアは「5日ほど前に出発して、今朝着いた」って答えたのよ。

アダム:え、えぇ。そうでしたね……。

リリー:そしてあんたはこういったのよ。
リリー:「随分と速いですね」って。
リリー:あたしたちはその時はまだ、「ランカスターから歩いてきた」なんて一言も言ってないのに。

アダム:それは……

リリー:おまえ、全部知ってたんだろ?
リリー:ソフィアとあたしが、ランカスターからはるばる歩いてること。

アダム:……

リリー:悪いことは言わない。知ってることを全部話しな。
リリー:あたし相手にダンマリは通用しない。知ってるだろ?

アダム:……

リリー:アダム?

アダム:……ランカスターの、それなりの商人一家のお嬢さんが、見知らぬ女性と歩いている。

アダム:そんな奇妙な話はすぐに広まります。
アダム:しかも一家の事情は電報に書いてある通りです。

リリー:なるほど?
リリー:それでジャーナリストの血が騒いだって?

アダム:えぇ……隠れて様子をうかがっていたら、知っている女性でして……。

リリー:それであたしらをマンチェスターまでつけてきたのか?

アダム:まぁ……

リリー:チッ。
リリー:あたしも勘が鈍ったな。あんたに気が付けなかったなんて。

アダム:アハハ……

リリー:ま、情報はもらったし、今回は全部しゃべったから、貸し1つで許してやる。

アダム:ど、どうも……。

リリー:新しい情報が入ったら、また教えなさい。

アダム:えぇ……お約束します。

リリー:じゃあ。あたしはそろそろ行くわ。

アダム:あの……本当に行くんですか?ホワイトチャペルに?

リリー:依頼主の頼みだからな。イヤとは言えない。

アダム:どうかお気をつけて……。


  リリーは無言でカフェから出ていく。

  11時少し前、リリーとソフィアの宿の前で。



ソフィア:あ!リリーさん。

リリー:おはようソフィア。

ソフィア:おはようございます!

リリー:昨日はよく眠れたか?

ソフィア:おかげさまで。
ソフィア:リリーさんこそ、眠れましたか?

リリー:あたしはどこでも寝れるよ。
リリー:でもありがとう。

ソフィア:リリーさん、どこか出かけてたんですか?
リリー:あぁ。
リリー:久しぶりのロンドンだったから、なんだか懐かしくてね。

ソフィア:そうなんですか……

ソフィア:ロンドンに来たことがあったんですね。

リリー:まぁね。こんなロンドンの中心地じゃないけどね。

ソフィア:ふぇぇ。
ソフィア:リリーさんは経験豊富ですね……

リリー:ハイハイ。
リリー:それで?準備はできた?

ソフィア:えぇ。服も控えめにしましたし……

リリー:いいわ。じゃあ行きましょう。

ソフィア:えぇ。今日もよろしくお願いします。



場面転換 1888年4月 ホワイトチャペルにて。



ソフィア:大通りは普通ですけれど、脇道に目を移すと……

リリー:……あまり目を合わせない方がいい。

ソフィア:分かってはいるんですけど……同じ大英帝国とは思えません。

リリー:ここはロンドンと思わない方がいい。隣のウエストミンスターの連中も、ここの連中のコトは、観てみぬふりをしてる※


 ※ロンドンのウエストミンスターには、行政機関がありました。
 つまり、エリート階層の官僚や政治家などが数多くいたということです。


ソフィア:そうかもしれません……
ソフィア:繁栄を極めた帝国も、植民地政策への転換に伴う負担や、それに伴う労働者階級の負担。
ソフィア:そして、我らが女王陛下も、かなりのご高齢。
ソフィア:ロンドンの方々に、明るい未来を描けという方が難しいのかもしれません……。

リリー:フッ……
リリー:さすが、高い教育を受けてるだけの分析ね。

ソフィア:そ、そんなことは……。

リリー:ま、そのへんにしておこう。
リリー:変な連中に目を付けられる前に、とっととここから出ていこう。

ソフィア:そうですね……
ソフィア:もう少しで、目的地に着きます。


  そうして、2人は数分歩く。
  途中わき道にそれて、とある建物の前で立ち止まる。


ソフィア:ここです。

リリー:ここ?
リリー:ここが、あんたが来たかった所かい?

ソフィア:えぇ……ここで間違いないと思います。

リリー:……ここ、売春宿だぞ?

ソフィア:そんなコトは百も承知です。
ソフィア:さ、早く行きましょう!

リリー:……

  ソフィアはドアを開け中に入る。リリーもそこに続く。


ソフィア:こ、こんにちは……

宿主:……

ソフィア:あの……ここにメアリはいますか?

宿主:……あんた誰だ?
宿主:女を見繕いに来た……わけじゃなさそうだね……

ソフィア:私はメアリの妹です。
ソフィア:メアリに合わせてください!

宿主:あのなぁ……そんな名前の女がロンドンに何人いると思ってる?
宿主:バカにしてるのか?

リリー:おい
リリー:そんな言い方ないだろう。人が丁寧に聞いてるんだから。

宿主:あ?

リリー:あぁ?なんか文句あるの?

ソフィア:リリーさん。ここは……

 
  ソフィアはリリーを制止する。


ソフィア:メアリはメアリです。
ソフィア:あなたの雇い主が、いつも連れている女性の。

宿主:あんた……

ソフィア:ここにいるんですか?それとも、別の場所にいるんですか?それなら……

宿主:ここにはいないよ。

ソフィア:じゃあどこに?

宿主:さぁね。もう知らないよ。

ソフィア:……知らない?

宿主:あんたはどこまで知ってるのかわからんが、ここはもうあの方の所有物じゃない。

ソフィア:はぁ?

宿主:彼は……あんたのお姉さんのフィアンセは、少し前に破産したんだよ。そのせいでここのオーナーも変わった。

宿主:だから、ここにはもう彼女は来ない。それに、どこにいるのかもわからない。

ソフィア:そんな……ウソです

宿主:そう思うなら調べてみな。ま、あんな世間知らずの女だ、大方身落ちして、そこらへんで生活してるんじゃないか?

ソフィア:そ、そんなこと……

宿主:そんなことないって?どうかな?
宿主:なんにも知らない女がホワイトチャペルに捨てられたも同然。生きていく方法なんてないようなもんだろう。

リリー:おい……
リリー:その辺にしておけ!

宿主:ったく、うるさいなぁ……
宿主:ともかく、ここにお探しの人はいない。わかったら帰りな!

ソフィア:……

リリー:ソフィア……今日はもう宿に帰ろう……。
リリー:できることはない。

ソフィア:……

リリー(ナレーション):それから、言葉を発せなくなったソフィアを引っ張って、とりあえず宿を出た。
リリー(ナレーション):少なくともあたしは、あんな場所に長居はしたくなかった。
リリー(ナレーション):だから、なるべく早く歩いて、泊まっている宿屋を目指した。
リリー(ナレーション):ホワイトチャペルという場所は、まだ昼だというのに、日が暮れたと勘違いするほど、暗くて、ジメジメとした場所だった。



  場面転換 数時間後・2人が宿泊している宿にて


リリー(ナレーション):とりあえず、ホワイトチャペルからは戻ってこれた。
リリー(ナレーション):でも、あれからソフィアは部屋から出てこない。
リリー(ナレーション):さて、どうしたものか……。とりあえず半日経ったし、彼女の部屋に行ってみるか。

リリー:ソフィア!


  リリーはソフィアの部屋をノックする。


ソフィア:はい……どうぞ、入ってください。


  リリーは扉を開け、ソフィアの部屋に入る。まっすぐ、ソフィアの方に向かって歩き、ベッドの隣にある椅子に腰かける。
  ソフィアは、ベッドに座っている。


ソフィア:リリーさん……先ほどは失礼しました。

リリー:……気にするな。少し落ち着いた?

ソフィア:えぇ。少しだけですが……。
ソフィア:でも、これからどうすればいいのか……

リリー:……お姉さんを、探していたの?

ソフィア:……はい。
ソフィア:ランカスターから出ていった姉を、探しに来たんです。
ソフィア:でも……

リリー:もうどこにいるのかわからない。

ソフィア:えぇ……。

リリー:彼女を……お姉さんを探すの?

ソフィア:……どうしましょう。
ソフィア:この広いロンドンで1人の女性を探し当てるのは、ほぼ不可能です……。

リリー:確かに。ホワイトチャペルだけでも女性は大勢いる。

ソフィア:それでも、もしも姉がホワイトチャペルの路上で体を売って生活していると考えると……

リリー:居ても立っても居られないか。

ソフィア:……

リリー:すまない。あたしはこういう時にどんな言葉をかけていいかわからないんだ。

ソフィア:い、いえ。謝らないでください。リリーさんは悪くありません。


  しばらくの沈黙。


リリー:……今日はもう、大分時間が経ってしまった。
リリー:今後のことは、また明日話すことにしよう。
リリー:今日は失礼するよ。


  リリーはそういって、椅子から立ち上がる。


ソフィア:ま、待ってください!


  うつむいていたソフィアは、顔をあげて、リリーに目を合わせる。


リリー:ん?

ソフィア:あ、あの……
ソフィア:今夜なんですけど……

リリー:どうした?

ソフィア:そ、その……一緒にいてくれませんか?

リリー:……

ソフィア:む、無理にとは言いません……もし、良ければでいいんですが……

リリー:……この服装では寝れない。シャワーを浴びて、着替えてくるから……。


  リリーはソフィアの方を振り返らずに、部屋を出ていく。


  数十分後・ソフィアの部屋


リリー:ソフィア……

ソフィア:ど、どうぞ……


  シャワーを浴びて、ラフな服装になったリリーが、部屋に入ってくる。


ソフィア:す、少し狭いですが……どうぞ。


  ソフィアは、自分の隣を指す。


リリー:……失礼するわ。


  リリーはソフィアの隣に、横になる。
  しばらく、沈黙が訪れる。

ソフィア:リリーさん……無理いってすみません……

リリー:何も言わなくていい。人肌恋しい時もあるわ。

ソフィア:えぇ……


  再び沈黙


ソフィア:リリーさん……スゴクいい匂いがします……。

リリー:シャワーを浴びたばかりだもの。

ソフィア:そうかもしれませんが……なんだか……安心する香りです。

リリー:……


  ソフィアは、リリーに身を寄せる。


リリー:ソフィア……

ソフィア:リリーさん……今はなにも、言わないでほしいです……。
ソフィア:いつも1人で横になっているので……たまにはぬくもりを感じたいです……

リリー:好きにしなさい……。

ソフィア:……はい。
ソフィア:好きにさせてもらいます。

リリー:……

ソフィア:あ、あの……

リリー:ん?

ソフィア:む、むねを……ムネを貸して欲しいです……

リリー:……今日は注文が多いわね。

ソフィア:す、すみません……。

リリー:……今日だけよ?


  リリーは体をソフィアの方へ向けて、腕をソフィアの首に回す。


ソフィア(ナレーション):リリーさんがこんなに近くに……
ソフィア(ナレーション):スゴイ……スゴクいい香りがする……。


ソフィア:リリーさんて、とってもお優しい方なんですね……。

リリー:……うるさい。
リリー:はやく寝なさい。

ソフィア:……ハイ
ソフィア:おやすみなさい。

ソフィア(ナレーション):リリーさんのイジワル……。

リリー(ナレーション):まさか……こんなことになるなんて……。
リリー(ナレーション):少し気を許しすぎたかしら……。


  ロンドンの夜は、今日も深い霧で覆われていた。


  
  場面転換 翌日の朝・ソフィアの部屋で。



リリー:ん……

ソフィア:おはようございます。リリーさん。

リリー:……おはよう。はやいな……

ソフィア:ふふふ。もう9時ですよ。

リリー:9時?そんなに寝ちゃった?

ソフィア:えぇ……私も少し前に目が覚めた時ビックリしちゃいました。
ソフィア:こんなに眠ってしまったのは久しぶりです。

リリー:そう……あたしもよ。

ソフィア:ふふ。なんででしょうね……
ソフィア:やっぱり、あったかかったから……でしょうか……。

リリー:……

ソフィア:なんて、冗談です。
ソフィア:なにか飲みますか?

リリー:え、あぁ……
リリー:紅茶でも貰おう。たしか部屋にはサービスで茶葉が……

ソフィア:あ、あたしが淹れますから、座っていてください。


  数分後


ソフィア:どうぞ、リリーさん。

リリー:ありがとう。助かるよ。


  2人は部屋のテーブルに腰掛けて、熱々の紅茶を飲んでいる。


ソフィア:それでリリーさん……今後の事なんですが……。

リリー:その前に少しいい?

ソフィア:え、あ、はい……。

リリー:頭も冴えてきたし、色々聞きたいんだ。

ソフィア:そう……でしょうね。
ソフィア:どこまでお調べになったんですか?

リリー:え?

ソフィア:とぼけなくてもいいです。私の事調べてたんでしょう?
ソフィア:アダムさんにでも頼んだ。違いますか?

リリー:……どうしてそう思うんだ?

ソフィア:昨日ホワイトチャペルで、リリーさんは私のことを「高い教育を受けているだけある」と言いました。

リリー:あぁ……

ソフィア:いくら商人の娘でも、所詮は庶民。女性に教育を受けさせる家庭はマイノリティです。
ソフィア:私のことを調べてい、知っていたんでしょう?家庭教師をつけられて、それなりの教育を受けていたこと。

リリー:……なるほどね。口を滑らせちゃったか。

ソフィア:えぇ。残念ながら。

  ソフィアは笑いながら答える。

リリー:ま、バレてるならウソをつき続けてもしょうがない。
リリー:そうよ。全部知ってるわ。

ソフィア:私がホワイトチャペルまで来た理由も?

リリー:なんとなく、ね。でも残念ながら確証はないわ。あくまで仮説よ。

ソフィア:ふーん。
ソフィア:聞かせてくれますか?

リリー:……いいわ。話してあげる。

ソフィア:ふふふ。


  昨日・ホワイトチャペルから戻り、ソフィアを部屋へ届けた後の事。
  アダムが務める新聞社近くのカフェで。


アダム:あ、リリーさん!

リリー:アダム。


  リリーはアダムの向かい側に腰掛ける。


アダム:いかがでしたか?ホワイトチャペルは?

リリー:最悪だったよ。もう2度と行きたくないね。

アダム:でしょうねぇ……
アダム:彼女に関する新しい情報です。


  アダムは情報が書かれた紙を手渡す。


リリー:ありがとう……。


  リリーはそれを読み込む。


リリー:なるほどねぇ……。

アダム:ソフィアさん……あの見た目とは裏腹に、腹黒い女性なのかもしれません。

リリー:なんだ、あんたも同じこと思ってたの?

アダム:それはまぁ……これだけの情報があれば……

リリー:ふん。
リリー:鈍いあんたでも、それくらいは分かるか。

アダム:失礼ですねぇ……これでも新聞記者なんですよ?

リリー:まぁいいさ。それよりどうしたもんかね。

アダム:どうしようもないでしょう……
アダム:ソフィアさんのお父様はそれなりのブルジョアとはいえ、もう間もなく不治の病で天に召されようとしている。

リリー:けれども、その遺産や家業を継ぐはずの長女は行方不明。
リリー:しかもその理由は家庭教師の紹介で知り合った成金と駆け落ち……。

アダム:ウワサはすぐに町中に広がり、奥様も体調を崩されてしまう。
アダム:そんなご家庭の次女のソフィアさんが、あなたのような賞金稼ぎと、歩いて、隠れるように遠くへ向かって歩いている。

リリー:そりゃあ目立つわけね。
リリー:そして、あんたにはその成金についても調べてもらったわけだが……

アダム:その成金は、とっくにそのあぶく銭を使い切り雲隠れ。
アダム:残されたソフィアさんのお姉さまは、ホワイトチャペルに捨てられたも同然。
アダム:なんというか、残酷な話ですね……

リリー:ニンゲンなんてそんなもんだ。
リリー:それで、あんたはどうしてソフィアが腹黒いと感じたの?

アダム:記者の勘です。
アダム:ソフィアさんにしてみれば、お姉さまが帰ってこなければ事実上すべてを手に入れることができます。
アダム:親の財産・会社とその資産。すべてです。

リリー:だからわざわざロンドンまで来たんだろう。
リリー:もう、ランカスターに帰ってこれないようにするために……



  場面転換 再びソフィアの部屋で。



ソフィア:そうですか……
ソフィア:リリーさんだけじゃなくて、アダムさんにもバレちゃいましたか。

リリー:アダムも新聞記者だ。こんなことにはよく遭遇してるんだろう。

ソフィア:ふふふ。
ソフィア:ちなみに、リリーさんはどうしてそう思ったんですか?
ソフィア:自分でいうのも変ですけど、そんな雰囲気出さないようにしてたんですけど……

リリー:元々警戒はしてたのよ。
リリー:そもそも、ランカスターからあの距離を歩くなんて変じゃない。
リリー:それに……

ソフィア:それに?

リリー:あなたのことをベッドに押し倒したとき、違和感があったのよ。
リリー:その見た目からは想像できないくらい、腕に筋肉がついてたから。

ソフィア:触っただけで分かってしまいましたか……さすが本職の方。

リリー:鍛えてたの?

ソフィア:まぁ……備えあればなんとやらです。

リリー:それじゃあやっぱり……

ソフィア:ええ。お2人の予想通りです。
ソフィア:唯一の気がかりだった姉を探しにロンドンまで来たんです。

リリー:そして……殺そうと思ったの?

ソフィア:どうでしょう……
ソフィア:もしも一生帰ってくる気がなさそうなら、そのままだったかもしれません。
ソフィア:でもまさか、こんなことになっているなんて。

リリー:知らなかったのか?

ソフィア:もちろん。ホワイトチャペルでの反応。アレは演技じゃないんです。

リリー:ふーん。
リリー:まあ、あたしはあんたがどうしようと知ったことじゃない。
リリー:依頼はここで終わりかい?

ソフィア:……どうしましょうか。
ソフィア:もうランカスターまで帰ってくることは不可能でしょうけれど……
ソフィア:万が一ということもありますからね。

リリー:それは、探すって……?

ソフィア:うーん……私はこのままランカスターへ帰ります。
ソフィア:ですから、依頼はここまでということにしましょう。

リリー:そう……。

ソフィア:あ、安心してください。今日までのお代は、ちゃんと払いますから。

リリー:なら、あたしは文句も言えないわね。

ソフィア:リリーさんは、どこかへ行きますか?
ソフィア:ランカスターに戻るならご一緒しましょう?

リリー:残念だけど遠慮しておくよ。
リリー:仕事柄、ロンドンの方が都合がいい。

ソフィア:そうですか……寂しくなってしまいますね……
ソフィア:あ、お宿は明日まで料金を払ってあるので、どうぞ使ってください。
ソフィア:私は帰り支度をします。
 

 そうして、ソフィアは帰り支度を始める。荷物も少ないからか、すぐに終わった。


ソフィア:それじゃあリリーさん。短い間ですが、お世話になりました。


 そういってソフィアは小袋を差し出した。今日までの料金が入っていた。


リリー:ありがとう……
リリー:これ、少し多いんじゃない?

ソフィア:少し色をつけておきました。どうぞ受け取ってください。

リリー:いいの?

ソフィア:これからもお付き合いを続けたい方には気前よく。父の教えです。

リリー:そう……
リリー:なら、今回はその言葉に甘えるわ。

ソフィア:ふふふ。そのかわり……

リリー:ここへ来た本当の理由はヒミツ。

ソフィア:さすがです。
ソフィア:私は家族のために、内緒でロンドンまで姉を探しに行った。
ソフィア:けれど、姉は行方不明で連れ戻すことはできなかった。

リリー:そういうシナリオにしたいってことね。
リリー:いいわ。そういうことにしておく。

ソフィア:……ありがとうございます。

ソフィア:それじゃあ、私は帰りますね。

リリー:駅まで行こうか?

ソフィア:いえ……ここまで散々振り回してしまいましたから、ゆっくり休んでください。

リリー:そう……

ソフィア:あ!
ソフィア:アダムさんにもよろしくお伝えください。

リリー:あぁわかったよ。

ソフィア:もしランカスターに来る用事があったら……

リリー:是非立ち寄らせてもらうよ。その時は泊めてちょうだい。

ソフィア:えぇ。もちろん!
ソフィア:また一緒に寝ましょう。

リリー:えぇ……。
リリー:またなにか用事があったら、依頼を待ってるよ。

 そういってリリーは住所と番号が書いてある紙をソフィアに渡す。


ソフィア:これは……?

リリー:あたしの私書箱。何かあったら、そこにメッセージをちょうだい。
リリー:できるだけはやく返事をするわ。

ソフィア:ありがとうございます。大事にとっておきますね。
ソフィア:それにしても……商人お抱えの賞金稼ぎ……おもしろい響きですね。

リリー:フッそれも悪くないわね。

ソフィア:それじゃあリリーさん。どうかお元気で。

リリー:ソフィアも、またどこかで。

リリー(ナレーション):そう言って、ソフィアは部屋から出ていった。
リリー(ナレーション):その数日後、彼女の姉、メアリには賞金が掛けられていた。


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