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私を育ててくれた「大切にされていない」子たち

教育の場では、一般論で言うところの
いわゆる「できる子」と「できない子」の2層があって
どちらに合わせて授業をするのかという話はしばしば出てきます

そんなとき、先生はだいたい真ん中かその少し上くらいに合わせて
授業を組み立てる場合が多いです
そうすると、その真ん中から下の子たちはおいていかれるわけですよね
そんな「おきざり」の感覚を積み重ねてしまうことで
「自分の意見を言ってもしょうがない」というふうに
無気力になってしまった子どもたちを見てきました

それを目の当たりにし、
大きな危機感を抱いたのは
私が短大で音楽を教えていたときのことです

いざ自分が指導する側になったとき
強く感じたのは「閉塞感」でした
学生たちはとても受け身で心を閉じていておとなしかった
でもそれは「本音を隠しているのだ」と感じました

もちろん熱心に学んで成長する学生もいましたが
「親が行けというから短大に入った」とか
「なんのためにここに来たのかわからない」という人など

私はそんな自分自身を発揮できない鬱屈を抱えた彼女たちが
何を考えてるのか知りたいと思いました
そこで彼女らに声をかけて
授業とは全然関係ない話をしょっちゅうするようになったのです

彼氏の話、ご両親の話、将来の話……

多くの場合、授業が終わると先生はすぐに教室から出ていってしまいますが
私は出ずに教室にしばらくいるようにしてみました
すると、何人かは私のところへ寄ってきました
そしてちょっと悪口めいたことを言うわけです

「先生っていいカッコしてなあかんのやろ。
でもホンマは裏でなにしてるかなんてわかれへんよね」
こんなこと言ってアピールしてくるなんて
子どもっぽいでしょう
でも短大生だから19、20歳くらいです

「なんか気になることあるの?」と返す
すると、そこで彼女の人差し指が黄色くなってることに気づいた私は
「ところで将来はどうするの?」と聞いてみました
「いや別になにも考えてない」
「結婚はするの?」
「あたりまえやん、するで」
「子どもは産みたいの?」
「そら子どもは産みたいわ」
「ふーん。そう思ってるなら、タバコはやめたほうがええかもね」

黄色い指と歯で彼女がタバコを吸っていることはすぐわかりました

「えーーーー!なんでわかるの!?」
「指みたらわかるよ、においでもわかるよ」
「なんでタバコやめなあかんの?」
「だって母乳で育てるなら、母乳には悪いものも全部出るのよ」
「えーーー!ホンマ??じゃあわたし、タバコやめるわ!」

こんな子にかぎってとっても素直でかわいい
こうやって「学ぶ」とはどんなことにつながるのかを
ちょっとずつ彼女たちは理解していく

「子ども産みたいっていう気持ちがあるなら、その責任もあるよね。
子どもができたとき自分のせいで子どもの体になにか支障があったら
それはすごく辛いよね。
だからタバコ吸うとどうなるか知っておいたほうがいいよね。
命をつないでいきたい気持ちがあるんだから
最低限のことはして、大切につないでいこう」

こんな対話をくりかえしたことで
とてもとても素晴らしい関係が紡がれていきました
彼女たちは卒業してから結婚式に私を招いてくれるほどだったのです

こんなふうに本音を隠している子たちはよくよく話をきくと
「自分は大切にされていない」という感覚を持っていました

人は自分が「大事な存在」と思われて
大切にしてもらうことはとても重要です

言い換えれば「愛」が人を育てます
でもそんな大げさな表現でなくても
「大切に思う」とか「気にかける」とか「共有する」とか
そんなことも人を育てていくんだと思うのです

だから短大で教えていたときの学生たちを見ていて
「彼女らが大事にされていると思えていない」というのは重要なテーマでした

彼女らはよく「わたしたちバカにされてるから」と言いました
ある学生は規則を破って反抗しました
また別の学生は「おまえなんかどうせ」と言われることに
抗うことをやめてしまっていました

そのたびに
「誰もバカになんてしてないよ」
「それで楽しいの?幸せなの?」と
対話をし続けました

自分の本音を隠してくすぶっている子たちや
少しこちらを困らせたりする子たち
その子たちは大人たちから無理やり枠にはめられた子たちでもありました
でも、本当にわかりあえたらものすごく素直な人たちなんです

あるとき絶対ついてはいけない嘘をついた学生がいて
私は真剣に怒りました
いまだったら大問題だけど
「私は辞めさせられてもいいから今度やったらあなたをなぐりつけてやる」と言って
でもそれを「この人は本気で自分のことを思ってくれている」と理解し
「本当にごめんなさい」と本気で謝る
そんな、とってもとっても素直な彼女たち

果たして自分がそこまで素直になれるかと思うくらい(笑)

一方、他の学校で
「まったく問題を起こさない優等生」とも対峙したことがあり
その両極を見た私は「これは日本の教育の縮図だ」と思いました

でも、一見「問題がある」ように見える子たちは
すごく「生(なま)」で生きてるんです
変に飾らないし、本当は心を殺してない

そんな「生」な彼女たちと一緒に泣いたり笑ったりして
短大での教員時代を過ごしました
このときいちばん育てられたのは他ならぬ私です
ものすごく学ばせてもらった
宝物のような時間だったんです

2021.3.19
下向峰子


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