旅情を誘うふくらんだポケット

旅に出るときは必ず、文庫本を数冊鞄に忍ばせている。

昔から変えられない私の習慣である。荷物が増えるのはわかっているのだが、予測される移動時間の中の空白で暇を潰せるアイテムを持っていないというのは非常に心許ない。もちろんスマートフォンでTwitterやinstagramを開けばいくらでも時間は過ぎていくのだが、それではいまいち旅情に欠ける。電車には本、飛行機にも本、旅先でふらりと訪れたカフェにも本。本は私を裏切らないし、退屈させない。たとえほとんど本を開くタイミングがなかったとしても、それが鞄に入っているというそれだけでなんとなく心強い。もはやお守りの域にすら達している。

先日、気の置けない同期女子と4人で北海道旅行に出かけた。社会人になってから度々あるパターンなのだが、私以外は皆関東在住で必然的に現地集合となる。利用する飛行機はLCCの為、荷物は極力機内に持ち込んでしまいたい。そんなときに、私はいつも失敗してしまう。そう、文庫本だ。たかが二冊、されど重い二冊。今回もまた、行きの便にもかかわらず、機内持ち込み可能な荷物の重量をオーバーしてしまった。学習しない自分に呆れてしまう。いつもそのときになるまで、重量のことなどすっかり忘れているのだ。

そのことを旅先で合流した同期たちに話すと、いつも決まって「諦めて電子書籍にしなさい、たかが数日のことなんだから」と諭される。

うん、わかってる。わかっているんだ。たかが数日、一人でいる時間は10時間にも満たない。もしかしたら、その一人の時間も睡眠に充ててしまって本を開きすらしないかもしれない。iBooks にも漫画やちょっとしたエッセイがダウンロードしてある。

でも、それでも、本を持たない旅は私にとってなにか物足りなく、ケースに入った色鉛筆が一本欠けてしまっているような気持ちになるに決まっている。それがわかっているから、たぶん、これから先もずっといろいろといいわけをしては文庫本を鞄に忍び込ませ続けるのだろう。


ところで、行きの飛行機の手荷物計測で規定の7kgをオーバーしてしまったわけだが、すんでのところで追加料金の支払いは免れた。計測してくれたスタッフの提案で、手荷物の中のものを一部自身の服のポケットにつっこんでなんとか7kg以内に収めたのだ。スマートフォン二個(社用とプライベート)と文庫本二冊で不格好にふくらんだボトムスのポケット。なんとも滑稽なシルエットだが、不思議と私らしい旅の装いだと思えたのはポジティブすぎるだろうか。


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