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刻一刻物語

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時間と場所と記憶と夢と。 とりとめがないけれど、 いつか思い出すための物語格納庫。
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遠くと信号(その1)

遠くと信号(その1)

 
 ターミナル駅から西へ繋がる路線に乗り換えて、終点に着いたらそこから更に西へと向かう電車に乗り換えた。朝、家を出てからもう5時間くらい経っているんじゃないか。
 電車は乗り換える度に人が減ってゆき、窓の外は山や畑ばかりになっていった。
 今乗っている電車は向かい合わせになった座席に母さんと座って、1時間以上になる。
 母さんは何も言わずにずっと窓の外を見ている。ぼくは退屈だけれど、話しかける雰

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遠くと信号(その2・完結)

遠くと信号(その2・完結)

 もう電車の窓の外は日暮れて暗くなってきた。遠くに灯りの点った家の窓が、ちらちらと動いていく。あそこに人がいて、夕ごはんの支度をしたりしているんだな。
 そういえば朝食べたきり何も食べていないので、お腹がすいた。
 今はどの辺りだろう。と、思った時、母さんが荷物を網棚から下ろした。
「次で降りるから」
 それだけ言うと荷物を座席に置いて、母さんはまた窓の外をながめていた。

 止まった駅は無人で、

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【入れ子になった夢の話】サンドイッチを食べた

【入れ子になった夢の話】サンドイッチを食べた

おいしい サンドイッチのレシピ を
夢 で見た ので
目が覚めてから 台所 で実際に 
そのサンドイッチ を作った。

後で食べ ようと
ラップ に包んで 冷蔵庫に 入れた。

庭に出て草木に水やりをして部屋に戻ると
彼が起きてきた。
一緒にサンドイッチを食べようと
冷蔵庫を開けたら無い。

「食べちゃったの?」
と聞くと彼は
「夢で食べた」
と言う。

「夢じゃないでしょ。今、食べたんでしょ」

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よく晴れた冬の日の話

よく晴れた冬の日の話

「坊や」
 おじいさんは傍らの男の子に話しかける。
 男の子はさっきから積み木を積んでは崩している。
 よく陽のあたる縁側の廊下。南向きの、この場所が、冬のこの時期午前10時すぎには、いちばん暖かい。
「坊や」
 家の者たちは皆、朝から年末の大掃除で、畳を外に干したり窓ガラスを拭き上げたりと忙しい。
 おじいさんは子どもと縁側で日向ぼっこ中である。
「庭の向こうに藤棚があるんやが」
 子どもは積み

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永遠瞬間製造 Co.Ltd

永遠瞬間製造 Co.Ltd

 ゆーじは町工場で精密機器の部品を作っている。旋盤を回して夏は汗だらけで。

 ゆーじは僕の小さい頃を知っていたけど僕はゆーじを知らなかった。
 初めて会った時に「ずいぶん大きくなったんだな」って言われて、知らない人だけど僕を知ってくれていることに安心したのを覚えている。

 ゆーじの作る部品で街の中心にあるでっかいビルの耐震構造とかが造られているらしい。
  ゆーじはすごい仕事をしている。ゆーじ

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記憶を売る店

記憶を売る店

 古い市場の中を歩いていた。シャッターが閉まったままの店舗が増えて、寂しい感じがするが、再来年には創設100周年を迎えるという長い年月を経てきた市場だ。
 乾物屋やお惣菜屋、魚屋、漬物店などが元気に営業中だ。

 ふと、見慣れない店があるのに気がついた。古いガラスケースや木製の古い棚にごちゃごちゃと色んな物が置かれている。
 最近できたのかな?アンティーク、というよりはガラクタに近い商品の数々。

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取り返しのつかなくなった話

取り返しのつかなくなった話

 それはたまたまほんの少しの時間、わたしがその部屋に一人きりになったことから起こった出来事である。
 その時ある装置のことをふと思い出したのだ。それは上司の机の引き出しの上から2番目、奥の仕切りをはずした下にあることを、なぜかわたしは知っていた。
 上司と飲みに行った酒の席で、酔った彼がふいに漏らしたのだったか、それとも一緒に得意先に向かう車の中でなんとなく話題が欲しくて彼が冗談めかして話したのだ

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SとTの海物語

SとTの海物語

「海へ行こうか」
「海に行こう」
「間に合うかな」
「今は午後0時15分だから干潮が始まってる頃だ」
「それだったらちょうどいい」
「今から河を下っていけばちょうど砂浜が見られる」
「蟹がいるかな」
「エビもいるよ」
「ヤドカリはあわてて砂にもぐるよ」
「楽しみだな」
「楽しみだ」
「ところであの古い市場の魚屋の裏に海があるのは知ってたかい」
「海があるのかい」
「小さな海なんだ。魚屋の裏手に駐車

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