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まわりが異次元だったのは、ずっと前からだった😨気付くのが遅かった件。 

 最近、とある事から30年来の友人と大ゲンカをやらかしたり、自分の不安症のお陰で家族とあまり会わなかったり、と、周りから少しずつ人がいなくなってきている。
 これって、浦島状態…って、コト?
それでも、自分なりに精神的リハビリして、なるべく人と話すべく、区が主催するヨガ教室やワークショップに参加している。
 先日は元職場の同僚と、元町で飲み会もした。だがしかし…
 何か、ぬぐえない違和感がある。
 単なる自意識過剰なのだと思うのであるが、どこか、周りが私に対してよそよそしい気がしてしまう。なんというか、間合いとか、眼差しとか。
 だが、気付いた。そんなことは、今までもずっとそうだったのだと。単に、私が気がつかなかっただけなのだと。


 ……。
 これって、結構、ショックな事である。
世界がまるきり変わるくらいの出来事である。
今まで私が認識してきた人間関係も、世の中のことも、アレもコレも、全部私の思い込みの中にあったわけで。



 まあ、今も勿論、思い込みの中で生きているわけですが、メンタル病んで今までの生活ができなくなったお陰で、今までとは違う価値観というか、感じかたというか、そういうものが、自分の中にできつつあるんだな、と思う。
 それは、なんとなく日々の色々な出来事を、ある意味、諦観によって眺めたり、俯瞰で見ているような感じである。



 時間に対しても今までとは感じかたが変わってしまった。今という時間がどんどん過ぎていくというのではなくて、昔のある日ある時の時間が突然、フラッシュバックするみたいに戻ってくるように感じ、その時に処理できずにモヤっていた気持ちを、たった今理解して、自分の中に落とし込む、みたいな作業をしたりする。
 と、いうことは。
 たとえ、今、解決できない問題が目の前にあったとしても、とりあえず、それが「ある」ことを認識さえしていれば、あとは放置で全然オッケーということなんである。
 なーんだ。あんなに悩んでソンしちゃった…とは、思わないが。
 悩んでも仕方ないのかもしれない。いつか未来の自分がちゃんと回収してくれるのだから、何も心配しないで、逃げるなり寝るなり焼くなり煮るなり。すればいいだけのことであった。


 そういう事をたった今、何人もの人が、色んな場所で、同時にやっているのだ。
 なんか気が遠くなる。クラクラする。


 そら、裁判も難航するわ。
 言い争いになるわ。
 話がかみあわないわ。
 誰も謝らないわ。
 好き勝手にするわ。
 普通なんて無いわ。
 ルールも幻想だわ。
 

あらためて、この世界が存在する、
ということに、
ただただ、感動をおぼえる。
大切なのは、生き延びること。
それだけだった。
やわらかい、永遠のふわふわは、
ひたすら水を求めて、
ここに来たのを思い出したよ。
水の国、Waterland. 
ここを故郷に決めたのだ。
 

 
 
 

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