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生きるために仕事をする。

好きな映画やドラマ・本は何度も見るくせがあるのだけど、最近1年ぶりに2回目の視聴をしたのが、映画『花束みたいな恋をした』。

主演のふたりと同世代なのと、大学時代の後半は京王線沿線に住んでいたのでその雰囲気が懐かしいのとで、今後も定期的に見返したい映画になった。

映画の中で、鑑賞者へ問題提起されていることのひとつが、「仕事と生活」について。

生きていくために、私たちは仕事をしなくてはいけない。でも、一生懸命に仕事をしていると、自分がこれまで大事にしてきたこと・守ってきたことを忘れてしまったり、いつのまにか、それを失ってしまったりする。

今の社会で「立ち止まること」はとても難しくて勇気のいることだから、「生きること」が仕事に侵食されたまま、何年・何十年と経過してしまうこともある。

だとすれば、この資本主義社会の中で、わたしたちはどうやって「生活」を取り戻せばいいのだろうか。

ワーカホリック気味だった私が、だいぶ暮らし中心の生活ができるようになったのは、「こうありたい」を言葉にすることが出発点だったように思う。

2017年くらいからとりとめもなくノートや日記に書きとめていたのは、例えばこんなこと。

・たっぷり寝て起きた朝は、ゆっくりコーヒーを淹れられる余裕を持つ。
・自分の力で、自分の名前で仕事をして生きていきたい。場所に囚われずに、柔軟に仕事がしたい。
「週末、森で」の主人公のような生活がしたい(=森に住み、翻訳の仕事をしたり、英語を教えたりしている)。
…..

思いつくままに理想や夢を紙に書き出して、「そのためには今、何をすべきだろう」を考える。そして、それを小さく実行していく。一歩一歩、進む。

1年、3年、5年…と経つと、いつの間にかあの時の理想に近づいていることに気づく。

無理に変わろうとしなくても、少しずつ、自分のありたい姿を目指せばいい。

今、思いがけずないがしろにしてしまうことがあったとしても、無理に自分を責める必要はない。一生懸命、生きていること自体が尊いのだから。

でも、「変わりたい」という気持ちや、日々の違和感は大事にしてほしいな、と思う。


皆さんもぜひ、映画の世界観にひたってみてください。生きる上でのヒントを得られるかもしれません。


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