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【妄想の種】寒さと暑さ2

今回の妄想の種は『寒さと暑さ 「暑さ編」』です。

さて、前回『寒さ編』でストーブのすぐそばにいて離れられない旨を書いていましたが、実は水崎は寒さよりも暑さに弱いです。

前回の『寒さ編』はこちら。

熱中症も怖いし水分補給大変だし日傘手放せないし、自転車乗るのも辛いし、何より真夏の満員電車なんか地獄絵図! 他人の体温も汗でベタつく皮膚が触れるのも、うんざり……。
頼む、テレワークもっと促進してくれぇ……。

……と、まぁ愚痴はさておき、そんな暑い季節をそれでも好きだって思う人もたくさんいますよね。
私だって夏は大好きです。
ただ、あの異常な暑さが辛いだけで。

では、以下妄想小話でも。
あ、寒さ編とは全く違う世界観の人たちの話です。


暑さと熱さの境界

その日も彼は1人暖炉を見つめていた。ここは世界の端、辺鄙な森の中にある風変わりな魔女の家。
普段は街に住む男は、たまに用事がなくてもこの家を訪れ、1人暖炉を覗き込んでいた。

魔女の使い魔は常に暖炉のための薪を用意し、暖炉はいつも暖かい火が入っている。男はその暖炉をじっと見て、1つ赤い小石を放り込んだ。

「あら、また来てたの? 好きねー、暖炉。そんな近くで見てて熱くないの?」

キィ、と小さく扉が軋む音を立てて、家主である魔女が入ってくる。その声を確認してから、男は何でもない顔をして振り返った。

「あぁ、熱くないよ。暖炉の火を見てるとさ、なんか落ち着くんだ。僕、この世界で一番、ここが好き」
「ふぅん。変な人。……今更だけど。お茶でも飲んでく?」

まるで炎のように煌めく、赤い髪。あるいは、今放り込んだ石のようなルビーレッド。その背中まで伸びた髪を揺らして、魔女は男に背を向ける。

「それとも、夕飯も食べていく?」
「んー。夜になる前には帰りたいし、今日はいいかな。ありがと」
「あらそう? じゃあ私も休憩したいし、お茶でも淹れるわ」

慣れた様子で部屋を出ていく魔女を見送って、男は暖炉を振り返る。放り込んだ石はもう見えなくなっていたけれど、暖炉の火は変わらず明るく輝いていた。

「……熱くはないんだ。火はね。この部屋は少し暑い気もするけど……」

男はそう呟いて、もう1つ5mmほどの小さな石の欠片を取り出して炎に照らした。赤い、赤い、透明度の高いガラスのような石の欠片。

「家が燃えることのないように。キミが少しでも良い客と出会い、良い商売ができるように」

まるで願掛けをするようにそう呟いて、その欠片も暖炉に放り込む。火はほんの一瞬、青く大きく燃え上がってからすぐに先程の落ち着いた揺らめきを取り戻していた。

男はその様子を見守ってから、暖炉のそばに置かれたソファへ移動する。それほど時間も経たないうちに、軋んだ音を立てる扉から魔女はティーセットを持って戻ってきた。

「お茶入ったわよ」
「あぁ、ありがと。……使い魔はどうしたんだ? 姿を見ないけど」

魔女がテーブルに置くティーカップを見ながら声をかければ、彼女はティーポットをそっと傾けながら穏やかに笑った。

「夕飯の仕込み中よ」
「なるほど……良かったよ、今日泊まってくって言わなくて」
「失礼ねえ、あの子だってもう十分1人前だし、料理くらいできるわよ!」

悪びれずにため息を吐く男に、魔女は不機嫌そうに言い返しながらティーカップを差し出す。ふわりと香るバラの紅茶。魔女の一番のお気に入りだ。

「はいどうぞ。今日はお茶菓子なしだからね」
「ん」

出されたものに感謝もせず、文句も言わず、受け取って飲む男を魔女はじっと観察していた。

「熱ッ……」
「当たり前でしょ……」

口を付けてすぐカップを遠ざける男を半眼で見つめ、ため息を吐く。

「紅茶は熱いお湯で淹れてるもの。火ほど熱くないと思うけど」
「にゃに言ってんだよ……、火なんか飲むわけにゃいだろ……」

あまりの熱さに舌でも火傷したのか、涙目でそう訴える男に苦笑して魔女はハチミツを差し出した。

「はいはい、私が作ったハチミツよ。火傷にも効くし、お茶もちょうど良い温度になるでしょ。混ぜて飲んだらいいわ」
「ありがと……」
「スプーン1杯だけにしときなさいよ、普通のハチミツじゃなくて一応薬なんだからね、それ」
「ん」

かすかに気落ちしたトーンで礼を言って、男は素直にハチミツをティーカップに入れてかき混ぜる。
それから恐る恐る紅茶に口を付けた男は、ホッとしたように舐めてから火傷した舌を浸らせるように茶を含んだ。

「……ちょうどいい」
「はいはい。満足したら早く帰ったほうがいいわよ、今夜は貴方の苦手なお客さん来る予定あるから」
「……わかってて夕飯に誘うとは、油断ならないねキミは……。じゃあ、飲んだらお暇しようかな」

ヒリヒリと痛む舌先も少し落ち着いて、男はほっと息を吐き出して飲み干したカップを置いた。

「ごちそうさま。美味しかった」
「それは何より」

ソファを立って、男は部屋を出る前に魔女を振り返る。

「キミは、この部屋暑くないの?」

まだゆったりとティータイムを楽しんでいる魔女は、不思議そうな顔で首を傾げた。

「暑くないわよ。別に暖炉のそばに座り込んでるわけでもないし。快適な部屋でゆったりできるのは落ち着くわよね」
「そっか。僕にはちょっと暑いけど、火が嫌じゃないのは良かった」

それだけ確認して、男は魔女の家を後にする。
四季のない世界、寒暖差のない世界。四六時中、暖炉に火のある家。
暗い森を抜けて街にある自宅へと急ぎながら、男はポケットから小さな石の欠片を取り出した。

「ルビーの欠片……。情熱、愛情、勝利。今日もありがと」

持ち歩いている欠片の数も少なくなってきたな、と思いながらポケットに戻す。
森の空気は生ぬるく、暑くもなく、寒くもない。ただ、魔女の家の暖炉の前よりはひんやりと感じた。

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