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料理が完成する瞬間

ベトナムの家庭で料理していたときのこと。料理の出来上がりの瞬間が、台所の思わぬところで起こっていた。

揚げ魚は、仕上げにトマトソースがかけられ、流し台の際(きわ)で完成する。

野菜炒めに胡椒がふりかけられ仕上がるのは、ガスコンロのごとくの上。

野菜炒めのお母さんは、料理ができあがったらすぐ写真を撮るのが習慣なのだが、写真の背景はきれいなテーブルクロスでもレシピ写真によくあるような植物でもなく、胡椒が飛び散ったガスコンロだ。

ホーチミン市の台所は決して広くない。人口が集中し、都市部の住宅は東京よろしく狭小だ。そんな手狭な台所での料理は、台所の隅々まで精一杯工夫して使われていて、料理の完成の瞬間は、決して写真映えのしない台所の隙間で起こっている。

近年、SNSやクックパッドの料理写真投稿を見ると、どこのスタジオだろうと思うくらい端正に整ってきれいなものが多い。自然光は言わずもがな、テーブルクロスが敷かれていたり、小物や植物で背景が飾られていたり、料理の周辺にも気が遣われている。そんな写真を見ると、ほれぼれする一方、自分の日常が恥ずかしくなってしまうこともある。家の料理がこんなにきれいなはずがないじゃんという反発を覚えながらも、自分の暮らしが肯定できなくなりつらい。

ホーチミンの台所で、ガス台の上の皿を一枚だけ写真に収めたあと湯気の立つ皿をなめらかに食卓に運ぶお母さんを見ながら思った。どんな台所でもおいしい料理は生まれていて、おいしい瞬間をその場の人たちと楽しめたらそれが十分だ。なんだかほっと、力が抜けた。

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