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ベトナムの台所の「今」を映す小道具

どこの国でも、「その国らしい」料理道具がある。スパイスやハーブをよく使うタイではすりつぶし用の乳鉢、カレーの国インドではスパイスボックス、中国では大きな中華包丁といった具合だ。

そういう道具との出会いは好きだが、いわゆる「伝統的」なものだけでなく、社会の今を映した「新定番」を見つけた時は一際うれしい。

毎日のように豆料理を食べるキューバでは、電気圧力鍋をよく見かけた。元は圧力鍋を使っていたけれど、出稼ぎで豊かになった人は毎日の繰り返し作業をより楽にしたく、電気圧力鍋を購入するようだ。キューバは経済制裁を受けて慢性的に物資が乏しく、豆が食卓の中心をなす。食材が乏しいのに、いや食材が限定的だからこそ、豆を調理するだけのための電気圧力鍋が浸透していっている様子になるほど合理的とうなった。

ところで今回訪れたのは、ベトナム。ホーチミンの台所で私が気になった道具が、「胡椒挽き(ペッパーミル)」だった。といっても、見慣れたスタンド式のあれではなく、据え置き式のハンドル付きで、とてもたっぷり胡椒が挽けるものだ。キシキシと音を立てて仕事する、なかなかレトロな小道具だ。

お母さんは手慣れた様子で胡椒を挽く。たっぷりの粒胡椒を入れてハンドルを回すと、挽きたて胡椒が出来上がる。数日分をまとめて挽いているのかなと思ったら、おもむろに全量を気前よく、フライパンでジュージューいう豚肉にふりかけた。

他の家庭でも同じ光景を目にした。ベトナム料理は近隣のタイやインドネシアと比べて香辛料控えめと思っていたけれど、意外に胡椒を使うようだ。

調べてみると、ベトナムは胡椒生産量世界一を誇る「胡椒大国」だということがわかった。1985年以前は生産量ほぼゼロだったが、ベトナム戦争終結後の市場開放により一気に栽培が広がり、今や生産量・輸出量ともに世界一の座へと上り詰めた。世界一なのに意外と知られていないのは、歴史が浅いからかもしれない。なにせたった30年あまりでの大躍進だ。

↑(左は生産量、右は輸出額。ベトナムは青線。眼を見張る急成長)

30年前、ベトナムの台所で今ほど胡椒は使われていたかというと、おそらくそうではないだろう。30年というと、味の素がこの国に浸透してきたのと同じくらいの歴史しかない。ベトナムのお母さんにとっては、胡椒は味の素と同じくらい「最近入ってきたもの」なのではなかろうか。

日本の外では、オムライスや抹茶ラテが当然のように日本食と思われている。「伝統的で昔ながら」に見える風景も、ひょっとしたら意外と新しいトレンドなのかもしれない。ベトナムの台所で見つけたレトロな胡椒挽きが、急にモダンなおしゃれツールに見えてきた。

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