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それぞれの立場

※文章の音声化についてはこちらをお読みください。
https://note.mu/misora_umitosora/n/nc76e754673e5


【救命医】
技術も医師としてのプライドも高い。救命救急センター勤務。気持ちが高ぶるとすぐ熱くなる。

【事務長】
病院の財政再建を任されている。いつも冷静で頭が良い。人としての温かみも持っているが、仕事中はあえてそれを出さない。

【病院長】
穏やかでどこか飄々としている。医師としてもすぐれた能力を持つ。


【場】
大きな病院の会議室。
病院長同席で事務方と各科の代表医師による会議中。


【声の年齢イメージ】
救命医≦事務長<病院長

※SEはあくまでイメージ
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事務長「病院長、本日の議題は全て終了しましたが、最後に1つよろしいですか?」

病院長「事務長から大事なお話があるならぜひ聞きたいものです。どうぞ」

事務長「どこの診療科にも言えることですが、コスト削減の徹底をお願いします。ご存知の通り当院は現在経営難に陥っています。病院存続のためにもぜひともご協力いただきたい。特に産婦人科、小児科、救命救急センター。この3つに関しては赤字が酷い。どんな科であろうと特別扱いはしませんのでそのつもりで」

救命医「……お金お金って、そんなにお金が大事ですか? ここは病院です。まず第一に命を優先するべきじゃないでしょうか」

事務長「お金は大切ですよ。病院だってお金がなければ運営できない」

救命医「救命救急センターには生きるか死ぬかの患者が運び込まれてくるんです。数分の処置の差で命を失うことだってある。そんな中で薬や備品や設備使用なんかのコスト面を考えて診療しろって言うんですか?」

事務長「当然です。病院だって慈善事業で患者を治療しているわけじゃない。支出が増えて赤字になれば経営は立ち行かない。そんな考えの医師が増えれば即潰れてしまいますよ」

救命医「経費を節約して、命が失われることがあってもですか?」

事務長「……ではどうしろと? 死にそうな人がいるからどんどん助ける。病院は赤字、そのまま潰れる。今抱えている多くの患者は強制的に他の病院に移される。医師も看護師も他のスタッフも全員再就職先を探さないといけない。近くに病院がなくなって多くの患者が通院により時間をかけるようになる。通院回数を減らす人だって出てくるかもしれない。この地区の救命救急センターが1つ減り、救急車が病院に到着するまでの時間はさらに伸びる。数分の処置の差で亡くなる命がもっと増えるかもしれない。センターが1つ減ったことで他の救命救急センターの負担は増加する。この結果の方が良いとおっしゃるのですか?」

救命医「話を飛躍させ過ぎです! 今問題にしているのはそこじゃない」

事務長「多くの命を救いたい、それは医師として素晴らしい考えだと思います。プロとして当然と言うべきか。ですが、私も経理と経営のプロです。この病院を潰させるわけにはいかない」

救命医「救命救急は命を救うための最前線なんです。目の前に消えかけた命があってそれを救える技術も薬も設備も揃ってるのに、経費を考えて使わないなんてこと出来るはずがない。あなたは現場を見たことがないからそんなことが言えるんですよ。自分が……大切な家族が救命救急に運ばれてきた時『経費の関係で十分な治療が出来ません』なんて言われて納得できますか!?」

事務長「…………」

救命医「私はこの会議の直前に交通事故に遭った子どもの緊急オペに入っていました。心破裂(しんはれつ)脳挫傷(のうざしょう)、腎損傷(じんそんしょう)、下腿開放骨折(かたいかいほうこっせつ)。心臓外科医が破れた心臓を縫い、脳外科医が減圧開頭(げんあつかいとう)を行い、救命医が腹腔内出血(ふっくうないしゅっけつ)を止血、骨折の処置を行いました。数日に渡り12名の医師が処置を行い、その子は10時間以上に及ぶ手術に耐えて今も眠っています。ご両親は一睡もせずそれを見守り、我が子に声をかけ続けている。客観的に見て生きるか死ぬか五分五分のラインです。それでもあの子は生きようとしている、関わった病院関係者全てが生きて欲しいと思って仕事をしている。そういうものを全て金勘定で考えるのはやめてください。患者も医師も看護師もその他のスタッフも、全力で戦ってるんです! ……病院は命を救う場所じゃないんですか?」

(拍手SE)

病院長「病院は慈善事業ではない。だが命を扱う現場である以上、ただのビジネスでもない。お二人の意見は良く解りました。それぞれの立場で本音を語ってくれてありがとう。この問題は100か0かで語る問題ではないと、私は思っています。出来る所からで構いません、救命救急は経費節約を少しだけ意識して下さい。ただし『病院とは何か』それを見失ってはいけませんよ」

救命医&事務長「病院長……」

病院長「こういうぶつかり合いを会議の場でしてくれるのは大いに結構。医師として事務方として、それぞれの立場で譲れぬラインを主張するのはとても大切なことです。ただしあまりヒートアップし過ぎると個人的な議論になりかねない。ここはあくまでプロとプロが意見をぶつける会議の場。今日はこれくらいにしてそろそろお昼にしませんか? 他の先生方もお腹をすかせていらっしゃるようですしね。……では定例会議はこれにて終了です。お二人共、私と一緒にどうです? いやね、この前いい蕎麦屋を見つけたんですよ」

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人称や語尾変更はご自由にどうぞ。



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