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神奈川都市交通事件(平成18年3月22日東京高裁)

争点


業務上事故で休職中の運転手に対する復帰までの賃金、年休権消滅に係る賠償金の支払い義務等が争われた事案(使用者一部勝訴)

事案概要


タクシー運転手Xが、業務上の事故による傷害について、雇用契約等に基づく復帰までの賃金、休業手当及び不法行為による損害賠償請求権に基づく年休権消滅に対する賠償金等の支払いを求めた事案の控訴審判決である。

第一審横浜地裁は、Xは業務上の疾病の治ゆ認定の後、復職命令に従わなかったものとして請求すべてを棄却したため、Xが控訴。

第二審東京高裁は、
〔1〕業務上の負傷により休職命令を受けていたXは、労災保険法上の症状固定ですぐに休職期間が満了し復職となったわけではなく、就労義務が生じたのは会社の指定医による診断後になされた復職命令のときとし、

〔2〕休業補償給付不支給決定を受け、事務職での就労を申し出たXについて、就業規則の規定は会社の配置転換義務を定めたものではなく、また、労組との協約の適用もないとしたうえで、事務職での就労は債務の本旨にそった労務の提供とはいえないとして、Xの賃金及び休業手当の請求を退け、

〔3〕そのうえで、Xの休業補償給付不支給決定から復職命令までの休業補償を認め、

〔4〕年休に関する請求、慰謝料等の請求には理由がないとした。

判決理由

被控訴人において、休職期間は業務上の疾病については治癒と診断されたときまで(就業規則60条)とされ、疾病休職を命じられた者は、治癒したことが被控訴人の指定した医師により診断されたとき、復職を命じられる(同61条)。

これによれば、控訴人は、前記のとおり、業務上の疾病により疾病休職を命じられたのであり、前記就業規則の定めに従って、被控訴人の指定医であるN医師により治癒の診断を受けた上、平成12年4月16日、復職を命じられたと認められ、本件休職命令後、同月15日までの間、休職を命じられていたと認められる。

被控訴人は、平成11年8月31日、業務上の疾病の治癒により、又は同年11月4日若しくは同月25日、本件復職命令により、控訴人の休職期間が満了した旨主張する。

しかしながら、控訴人につき、労災保険法上、同年8月31日をもって疾病が治癒したとされても、休業補償給付の支給を受ける事由が消滅したとされるのにとどまり、雇用者である被控訴人との間においては、就業規則上、同日限り、休職期間が満了し、控訴人が復職することとなると解することはできないし、就業規則に定める医師の診断を経ることもないまま、本件復職命令を発したからといって、休職期間が満了し、復職の効果を生じるものでもない。

殊に、控訴人が公共交通機関ともいうべきタクシーの乗務員であることを考慮すると、疾病休職を経て復職させるについて、上記のような手続を経ることを要する旨を定めた被控訴人の就業規則は、十分な合理性を有するのであり、これを無視して控訴人に復職を迫るような運用が是認される余地はない。

控訴人は、本件事故により、業務上負傷し、療養のため労働をすることができず、本件休職命令を受けて休職していた。

このような場合、被控訴人は、労災保険法による給付が行われる限度においては、補償の責めを免れると解せられるものの、休職期間中は、控訴人に対し、平均賃金の60%の休業補償として支払うべき義務を負うと解するのが相当である。

本件において、控訴人は、平成11年7月15日までは労災保険法に基づく全額の休業補償給付を受けたが、本件不支給決定により、その翌日から同年8月31日までの間は、通院日のみを休業日と認められ、20万3364円の休業補償給付を受けたにとどまり、同年9月1日以降、休業補償給付を受けることができなくなった。

この事情の下においては、被控訴人は、就業規則に基づき、本件休職命令により控訴人に休職を命じた以上、平成11年7月16日以降、復職を命じるか、又は控訴人が従業員でなくなるまでの間、控訴人に対し、上記20万3364円を控除した額の休業補償をすべき義務を負う。

これによれば、控訴人は、被控訴人に対し、平成11年7月16日から平成12年4月15日までのうち、平成11年11月5日から同年12月13日までの期間(請求対象外)を除く235日間、1日当たり平均賃金1万2105円を基礎とし、次の計算式により算定される金額のうち、控訴人の請求する145万5396円につき、休業補償(平成11年7月16日から同年8月31日までの間の休業補償給付として支払済みの20万3364円を控除した残額)を請求することができる。

(計算式)235日×1万2105円×0.6-20万3364円=150万3441円

控訴人は、前提事実のとおり、上記休職期間中の平成11年12月27日から同12年4月15日までの間、内勤等給与として61万224円の支払を受けているが、これは、控訴人が事実上提供した労務の対価であり、前記額からこれを控除すべき理由はない。

また、控訴人は、平成11年7月16日から同年10月15日までの労災保険法に基づく休業補償給付との清算を予定して被控訴人から88万8000円の支払を受けたが、これについて、被控訴人から、同保険給付により補填された額を除き、返還請求を受けており、控訴人の請求額から控除すべき理由はない。

以上によれば、控訴人は、被控訴人に対し、労働基準法76条1項に基づく休業補償額145万5396円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成13年2月8日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

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