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白川尚史『ファラオの密室』 前代未聞、探偵で被害者は甦ったミイラ!?

 毎回ユニークな作品が登場する『このミステリーがすごい!』大賞、第22回の受賞作は、何と紀元前1300年代後半の古代エジプトが舞台。それも探偵にして被害者は、自分が死んでミイラとなりながらも、冥界から再び甦った男という、異色中の異色作です。

 ある出来事で命を落とし、ミイラにされて葬られた上級神官書記のセティ。しかし冥界に赴き、真実を司る神・マアトによって審判を受ける直前になって、彼は心臓に欠けがあるため審判を受けることは適わないと告げられるのでした。
 このままでは死後の世界に行くことができないセティは、マアトの提案で現世に戻り、自分の心臓の欠片を探すことになります。ただし期限は三日間、それまでに冥界に戻れなければ、彼の魂は永遠に現世を彷徨うという条件で……

 かくて現世に戻ったセティ。心臓が欠けているためか死の際の記憶を失っていた彼は、自分が建造中の先王の墓の中で崩れてきた岩に下半身を押しつぶされた上、何者かにナイフを突き立てられて死んだと知ります。
 疑わしいのは、自分と共に墓の中に入った二人の同僚。そこでさらにその時の状況を調べようと神官長・メリラアを訪ねようとしたセティですが、それどころではない事態が発生します。

 折しも行われていた先王アクエンアテンの埋葬の儀式。しかし棺に収められたはずの先王のミイラが、密室状態であった玄室の棺から姿を消し、外の大神殿で発見されたというのです。
 儀式の失敗は大失態――メリラアは捕らえられて処刑を待つばかり、他の神官たちも暴徒と化した人々襲われて次々と殺されていくという、異常な状態となったエジプト。もはやセティも自分の身の安全を守るので精一杯ですが、しかし彼は、さらに驚くべき状況が迫っていることを知ることになります。

 もはや世界の命運がかかる状況の中、親友でミイラ職人のタレク、偶然彼と知り合った奴隷の少女・カリとともに、わずかな手がかりを追うセティ。その前に立ちはだかる、ファラオの密室の真実とは……

 今から約三千数百年前に実在したエジプト王アクエンアテン。彼はそれまでのアメン神を中心とするエジプトの神々を否定し、太陽神アトンのみを崇めるという一大宗教改革を行ったことで知られています。
 この時代は次の王を含めて比較的知名度があるためか、フィクションに登場するのは、当然ながら本作が初めてではありませんが――しかし復活したミイラが堂々と闊歩する、いわゆる特殊設定ミステリとして描かれるのは、本作のみではないかと思います。

 もちろん、生ける死者、復活した死者が登場するミステリもこれまで例はありますが、しかし本作の場合、死者の復活が(珍しくはあるものの)当然のものとして受け入れられているという世界観なのが面白い。
 セティと再会した友人や周囲の人々も、驚いたり喜んだりはするものの、誰も彼の復活そのものは疑わない姿には、一種のブラックユーモアすら感じます。もっとも、異国から拐かされ、エジプトで売られたカリから見れば十分すぎるほど異常事態で、ツッコミどころだらけなのが、またおかしいのですが……

 さすがにこれは極端な例ではありますが、本作の物語は、ほぼ全て、当時の人間の視点から描かれるものであります。現代人から見ればどれだけ異常で信じられないような状況や思想であっても、それは当然のものとして受け入れられるというその姿勢は、本作を「古代エジプトミステリ」として成立させているといえるでしょう。
(しかし古代の価値観をそのまま描くのは、それはそれである種の危険性が――と思っていると、終盤で切り返しを見せられるのも巧い)

 しかしミイラ再生や神々の存在を描き、後半ではさらにとてつもない状況になろうとも、あくまでも本作はミステリであります。
 どれほど非現実的な状況でも、謎はどれもロジカルに解決できる――それは特殊設定ミステリでは不可欠な要素ではありますが、本作のそれは、なるほどこの設定ならではというほかない(それでいて××トリックとか出してくるのも楽しい)ものであり、大いに評価できます。

 さらに、事件の中で、セティがある種の精神的成長を遂げるのもまた、一つの魅力ではあるのですが――最後の最後だけは、ちょっと設定的に無理があるのではないかなあ、と思わされるのが残念な点ではあります。
 ソレが作中の謎の一つの答えになっている(そしてそれにまた納得させられる)だけに、ちょっとこれはどうにかならなかったかな、いやどうにもならないか――と、複雑な気持ちになったのも、また事実ではあるのですが……


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