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ぶぶ漬け考 ― そろそろ帰ったら?の意味になった本当の理由 ―

このエントリは通説に異を唱え、筆者のオレオレ説を述べる独自研究です。

なぜ、「ぶぶ漬けどうどす?」が「そろそろお帰りください」の意味なのか。
いくつか説がありますが、筆者はいずれの説明にも納得がいかず釈然としていませんでした。
昨日たまたま読んだ本で根拠になりそうな記述を発見し、蓋然性の高い説を構築できたので発表しよう……と、まあ、そういうエントリです。
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京都で
「ぶぶ漬け(お茶漬け)でもどうどす?」
と言われたら、それは暗に
「そろそろお帰りください」
の意味であるというのは、近年とみに知られるようになった雑学でしょう。京都伝説などとイジッた紹介のされ方も見られます。

現代の京都っ子は、生まれてからずっと、そんな皮肉を使ったことはおろか、実際に使われてるのを聞いたことすらないという話ですが。

さてところで、雑学好きなら当然に語源好きですよね。
私はあるとき、なぜ「ぶぶ漬けどうどす?」が「お帰りください」になるのか不思議に思いました。
たとえば別の京都伝説である、
「いい時計してはりまんなあ」
が、腕時計に意識を向けさせ、話が長いことをそれとなく気づかせる……というのは、まあ、理屈がわかります。
しかし「ぶぶ漬けいかが?」と「そろそろ帰れば?」のあいだをつなぐ理屈の線はどうも見出せません。考えオチにしても難しすぎる。

インターネット時代ですから検索すればいくつか説が出てきますが、私はそのいずれの説にも納得できませんでした。
代表的なものは以下の三つです。

* 通説 1…お茶漬けはお酒のあとにいただくサッパリしたものだから、特に飲食店で長居する帰ってほしい客に「もうおしまいなのでお帰りください」の意味でお茶漬けを勧めるようになった

* 通説 2…いわゆる逆説表現。「つまらないものですが」と言いつつ贈り物をするのと同じ。簡単な用事や世間話しに来ただけなのになかなか帰らない人に「お茶漬けでもどうですか?」と勧めて「いやいやそこまでしていただくほどの用事ではないので……。それではこのへんで失礼いたします」と相手の遠慮を引き出すため水を向けた社交辞令

* 通説 3…上方落語から生まれた。「ぶぶ漬けいかがどすか?」の言葉を本気にしてしまった図々しい男に困ってしまった夫婦の噺が語源である


  > 京都なぜ「お茶漬けで帰れ」? (2019年7月27日) - エキサイトニュース https://www.excite.co.jp/news/article/B_chive_000148/

  > 何故、京都では「上がって茶漬けでも召し上がって」が、「帰れ」の意味... - Yahoo!知恵袋 https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q139679083

  > 落語から生まれたフィクション。京都で長居している客を帰らせたい時に勧められる食べ物とは? | ご当地情報局 https://gotouchi-i.jp/kyoto-bubuduke/


## お酒のあとにいただくサッパリしたものだから、おしまいの意味になった?

まずこの説は、かなり説得力が低いと感じました。慣用句になるにしては範囲が狭すぎるからです。
こういう言葉はなるだけ多くの人に「あるある」と思わせないと、なかなか慣用句にならないものです。
ところがまず、お酒を飲まない人にはピンときません。
飲む人であっても家飲み派でなく外飲み派じゃないとピンときません。
それも店の人が困るような閉店時間のあとも居座ろうという大トラや、注文しないでダラダラ居続けるケチな客を頻繁に見てる人じゃないと、ピンとこないのです。これは狭い。
しかも、注文しないで居続けるケチな客ではたしかに困りますが、注文し続けてくれる限り帰らないお客とは店にとって上客でしょう。
そういう客に「もう帰れ」みたいな塩対応するお店はあまりないと思います。
酔っ払って閉店時刻なのに帰ろうとしない客だとしたら「ぶぶ漬けでもどうどす?」なんて婉曲表現を、酔っぱらいは理解できる状態じゃないでしょう。

## 「早く帰ってほしい」の逆説表現が「ぶぶ漬けでも(食べて、もっと長居したら)どうどす」になった?

これは説得力の高い説明です。いわゆる逆説表現。「つまらないものですが」と言いつつ贈り物をするのと同じというのは、京都人ではないわれわれにもよくわかる説明です。
京都人には相手に失礼にならないように直接的な言い回しを避け、逆説的表現を好む傾向があると言われています。

  > 武川智美/ちちんぷいぷい「へぇ~のコトノハ・京都人の遠回しな会話に歴史あり!!」20200406/玉巻映美 - へぇ~のコトノハ https://kansai-joshiana.com/blog-entry-12175.html

このあと私が披露する自説も、この説を部分的には踏襲します。
しかし、この説には欠点があります。
「つまらないものですが」の場合は、本当につまらないものを普通は贈らないはずだ、というのが互いの常識として共有されているから、逆説的表現が通じるのです。
しかし「ぶぶ漬けどうどす?」の場合はどうでしょう?
「こういう場合、帰ってもらいたがるのが普通である」
という感覚が共有されていないと逆説表現としては通じないのですが、そうなってるでしょうか?

現代の京都人はネタ以外で「ぶぶ漬けどうどす?」なんて言わないそうですが、玄関先で
「立ち話もなんでっから、上がってお茶でもどうどす?」
くらいのことを言うでしょう。
これを逆説的に受け取れば、京都人的には「はよ帰れ」の意味かもしれないわけです。
しかし今日、さすがの京都でも「上がってお茶でも」に「はよ帰れ」の意味が含まれることはありません。
だとすれば、逆説表現という論拠だけでは、ぶぶ漬けにそのような意味が生じたのを説明できません
八ツ橋でもせんべいでもアラレでもコンペイトウでも饅頭でもなく「ぶぶ漬けだからこそ早く帰れの意味になった」と考えなくてはなりませんが、逆説表現や謙遜だけでは、この謎は解けません。

## 上方落語の『京の茶漬け』が語源である?

これは説明してるようで説明になっていません。
この落語のあらすじは、『何もないですが、ぶぶ漬けでもいかが?』と言われた男(亭主の客)が、言葉通りに受け取って居座ってしまったので、本当はぶぶ漬けを出すつもりがなかった妻が困ってしまうというもの。
つまり、すでに「ぶぶ漬けを勧める=もう帰る時間だとほのめかす」が演者にも観衆にも周知の知識だったからこそ成立してる話であり、この落語が語源だとしてしまうと本末が転倒するのです。
なので、この落語が語源であることはありえないのですが、ひとつ重要な事実はわかります。
それは、現代の京都人は「早く帰れ」の意味で「ぶぶ漬けどうどす?」という言葉をまったく使わないけれども、上方落語『京の茶漬け』が生まれた時代には、京都のみならず大阪まで知られたありふれた表現であり、実際に使われていた(だから落語の題材になりえた)……ということです。

## 論拠は『守貞謾稿』に書かれていた

『守貞謾稿』とは江戸時代後期に書かれた、当時の風俗や事物を解説した一種の百科事典です。江戸時代版の『現代用語の基礎知識』みたいなもんです。
私は別の調べものの目的で、つらつら読み始めたのですが、思いがけなくここで、「ぶぶ漬け問題」の解を導き出す論拠に出くわしたのでした。昨日のことです。

画像1

出典:近世風俗志(守貞謾稿)〈5〉(岩波文庫)  喜田川守貞 (著), 宇佐美英機(校訂)
https://amzn.to/3FlxqRz


シミがついているのは、図書館から借りてきたときすでにこうなっていたのでありまして、私が汚したわけじゃありません。信じて。

『守貞謾稿』後集の一巻です。
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2592417/8

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> 平日の飯、京坂は午食、俗にひるめし、あるひは中食《ちゅうじき》と云ひ、これを炊く。午食に煮物あるひは魚類、また味噌汁等、ニ、三種を合せ食す。
> 江戸は、朝に炊き、味噌汁を合せ、昼と夕べは冷飯を専らとす。けだし昼は一菜をそゆる。菜蔬《さいそ》あるひは魚肉等、必ず午食に供す。夕食は茶漬に香の物を合す。
> 京坂も朝飯と夜食には、冷飯・茶・香の物なり。
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と、いうことだったのです。じゃーん。効果音。
江戸時代も後期になると文章が非常にわかりやすいですね。古文は毎回、赤点だった私ですら意味がわかります。菜蔬《さいそ》とは野菜のことです。

つまり、飽食の現代とちがって、江戸時代の食事と言うのは非常につつましやかだったのです。
炊きたてのアツアツごはんが食べられるのは、京都・大阪ではお昼ごはんだけ。江戸では朝ごはんだけ。
保温機能のついた電子ジャーも電子レンジも存在しないので、残る二食は冷ごはんにお茶をかけて食べるのが普通だったのでした。ちょっと手間をかけられるときには雑炊にするくらい。
そして京阪では昼にごはんを炊いて、味噌汁とおかずを付けてガッツリ食べて、朝と夕は冷飯(たいてい茶漬けにして食べた)お新香くらいだったと。
江戸は朝にごはんを炊いて、朝はごはんと味噌汁。昼は冷飯(おそらく茶漬け)と魚か野菜。夜は冷飯(お茶漬け)だけだったと。

飽食の時代、それも、西洋にならって晩飯をガッツリ食べるようになった現代日本人である我々だからこそ誤解してしまっていましたが……江戸時代の京都人にとって、ぶぶ漬けとはごく普通の朝食または夕食だったのです。お酒の後にいただくサッパリしたものなんていう感覚は、戦後ならではでした。

そして、朝っぱらからくる客なんて、めったにいません。客が来るのはたいてい午後、それも昼飯のすんだあとです。

さあ、これで答えが見えてきました。

## 「ぶぶ漬けいかがですか?」とは「うちで晩御飯を食べていかれますか?」の意味だった


つまり、上方落語『京の茶漬け』の時代の京阪人にとって
「ぶぶ漬けいかがですか?」
とは
「うちで晩御飯を食べていかれますか?」
の意味だったのです。

これが最初から「もう帰れ」の意味を匂わせた嫌味や皮肉であったとは限りません。
家庭教師の先生に
「カレーでよければ食べて行ってくださいな」
と勧めるように、本当に善意で
「遅い時間になりましたから、お腹も空いたことでしょう。特別なものはなにもないですけど茶漬けでよければ、うちで食べていかれませんか?」
と勧めたのでしょう。
しかし客の立場で考えると
「べつに遠方から来たわけでもなく、ちょっと世間話しに来たとか碁を打ちに来たくらいのことで、よそ様の夕食の時間まで長居してしまった。面目ない。うちではうちで、家族が夕飯を支度していることだろう。といっても茶漬けなんだが。ともかく、もうそんな時間なら、さっさとおいとましなければ……」
となります。

どこの家庭でも晩飯が茶漬け(たまに雑炊)なのですから、このようなことは頻繁にあったのでしょう。

自然と、「ぶぶ漬けを勧める=もう夕食時であり客は帰る時間」という不文律ができあがり、それとなく遅い時間だと気付かせるための逆説表現の言葉として「ぶぶ漬けいかがどす?」が定着した……というわけです。
夕飯時にそれほど重要ではない客がいるのは、普通は迷惑である…という感覚は共有されていると考えることができます。したがって、逆説表現が通じるのです。


(追記)
あるいは、ぶぶ漬け=夕飯時(または朝食)という共有概念が成立しているからこそ、まったく関係ない時間に
「ぶぶ漬けどうどす?」
と言えば、相手もそれが言葉通りの意味ではなく、なんらかの当てこすりだと推測できた、ということかもしれません。
(追記ここまで)


現代の私も飲み会で、そろそろ帰らないと終電を逃しちゃうな……というときに
「そろそろ私は終電に間に合わなくなるので帰りますね」
と直球で言わず
「〇〇さんは終電、だいじょうぶですか?」
と言い、相手にいい時間であることを気づかせた上で
「じゃあ、お開きにしましょうか」
とまわりくどい手順を踏むことがあります。世の中、そういうものなのでしょう。

ただし、このオレオレ説、弱点もあります。
京阪では夏の昼の時間が長いとき、未の刻に軽食としてぶぶ漬けを食したからです。
未の刻というのは雑に言えば、午後2時を中心とする2時間。すなわち昼八ツの「お八《おやつ》」。この時間に京阪人は点心を食したとありました。点心と言いつつ多くはぶぶ漬けだったそうです。
ですから「ぶぶ漬けいかがどす?」が必ずしも夕飯だとは言えなくなります。
しかしまあ、それは昼の時間の長いときだけで、冬には食べなかったそうですし「多くは茶漬け」であって「ほとんど茶漬け」ではないですから……(言いわけがましい筆者)

## まとめ

* 江戸時代の食事は非常に質素。炊き立てごはんを食べるのは京阪では昼飯のときだけで、朝夕は冷や飯に茶をかけて温かくして食べた。つまり、ぶぶ漬け(お茶漬け)とは普通の夕食であった
* したがって「ぶぶ漬けいかがですか?」とは「もう遅いので、うちで晩御飯を食べていかれますか?」の意味になる
* 転じて「もう夕食どきなのに、まだ帰らないの?」という意味を帯びるようになった
  * あるいは夕飯時以外に言うことで、一種の当てこすりだと相手に悟らせることができた
* 近現代になって、朝夕の食事が茶漬けではなくなり、意味がわからなくなった

以上でーす。

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お茶漬けフォー

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※このエントリは筆者のFANBOXからの転載です。

https://mitimasu.fanbox.cc/posts/3247989

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