富士山の尻を探す男
私がその変なおじさんと出会ったのは、富士山スカイライン近くの横塚の森でロードバイクを倒して休憩している時だった。そのおじさんは木の枝をバリバリ折りながらママチャリを押して突然茂みから出てきた。なんで道路でもない雑木林に自転車でいたのか、びっくりしておじさんに声をかけた。近くで見るとおじさんと言うより、お爺さんに見えたけど、おじさんと呼んだ。
「おじさん、そんな所で何してたの?向こうは道無いでしょ?」
おじさんは顔や肩に付いた小枝を払いながら、
「あー、富士山のお尻を探してたんだ」
そう言って、ワッハッハと大声で笑った。
「えーっ、富士山のお尻?で、あったの?」
「あったよー。ぷくんとして、モリモリっとしたセクシーなお尻が。撫でてきたんだよ。明日はよろしくね、って」
何を言ってるんだろう、このおじさんは。
笑っているけど目が怖い。私が今まで見てきたお年寄りと全然違う。
「ホントに富士山のお尻なんですか?近いですか?」
「すぐそこだよ。行くか?自転車はいらないよ。ずっと向こうから探していてやっと見つかったからここから出てきたんだ」
そう言っておじさんは又、雑木林の中に入っていった。背中にバイオリンの楽器入れのような黒く細長いものを背負っている。追いかけていくと雑木林の奥行きは十メートルほどですぐに広大な台地が広がって、雄大な富士山の全景が見えた。なんだ、道路沿いに続く雑木林で見えなかったけど富士山はすぐそこだったんだ。
「ほら。あそこだよ。まーるく、ぷっくりと盛り上がって、あそこだけ草が生えてないだろう。あそこが富士山のお尻だよ。お姉ちゃんのお尻の何百倍もあるのにセクシーだろ?」
言われてみるとなんとなくお尻のような気がしてきた。そこだけなぜか艶やかに見える。えっ?と言うことは、
「おじさん、富士山って女性なの?」
「そりゃあそうさ。富士山本宮浅間神社は木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)さんを祀っているんだからな。だからあそこは木花咲耶姫さんのお尻なんだよ。俺は彼女のお尻を撫でた初めての人間かもな」
そう言っておじさんは又、ワッハッハと笑った。そして真面目な顔で私の目を見て、
「それぞれの地域にはその土地の尻があるんだよ。尻手、という地名も各地にある。尻は手で触るからな。日本人は昔から土地を人間にみなしていたんだよ。母なる大地、って言うだろ?じゃあ父はどこだ?」
どこなんだろう?答えを言うのかと思ったらおじさんは黒いケースを開けて、楽器を取り出した。トランペットだ。そして富士山のお尻に向けてトランペットを吹いた。初めは柔らかく、そして段々と激しく吹いていった。トランペットを吹きながらずんずん歩いてお尻の真ん中に来ると、おじさんは腰を中心に大きく前後に身体を揺すり、地面に向かって耳をつんざくような音を出した時、地面がグラっと揺れた。
「キャッ!地震」
「お、ヤバイヤバイ。やり過ぎた」
おじさんはそう言った後、とっても柔らかな音に切り替えた。さっきまでの音と全く違って子守唄のようだ。揺れていた地面が静かになった。やっぱりこのおじさんは変だ。シャーマンってこういう人なんだろうか。
「ヤバかった。危うく排卵させてしまうところだった」
「排卵?排卵って、噴火のこと?」
「そうさ。噴火は大地の排卵なのさ。母なる大地の排卵さ。それに向かって空から一斉に大量の宇宙線という精子が降ってくるんだ。父は宇宙なのさ。そして受精して草木などの生命が生まれるんだ。何億年も続けてきたことなんだよ」
私はこのおじさんのことを知りたくなった。お爺さんだけど凄い音だったし、危うく富士山を噴火させてしまいそうだったり、昔の映画で見た侍のような彫りの深い顔だけど音楽の本で見たベートーベンみたいな顔もしてる。それになにより言ってることが面白い。
「おじさんはミュージシャンなんですか?」
「そうだよ。明日、この近くでコンサートをやるんだよ。で、俺を呼んだ奴らから、富士山と愛し合ってくれ、と言われたんだ。だから愛し合う前に、尻でも触らなきゃと思って探してたんだよ。いきなりディープキスじゃ失礼だろ?まずはお尻を触って挨拶さ。明日、よろしくね、って」
私は挨拶代わりにお尻を触られたくないけど、このおじさんのコンサートにとっても行きたくなった。
「おじさん、私も明日のコンサートに行きたい。行っていい?」
「もちろん良いさ。じゃ、奴らのところに帰るか。ついてきな」
「はい」
「俺の前を走ってくれよ。お姉ちゃんのお尻見ながら走りたいからな。ワッハッハ」
私はわざとプリプリッとお尻を二回振ってみせた。こんなこと初めてしたけど楽しい。富士山と愛し合うって、どんなコンサートなんだろう。楽しみ〜。
完
富士山と愛し合った動画はこれです。↓
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