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中国のSF小説読んでみた


中国の大ベストセラーSF小説『三体』をやっと読み終えた。そう、やっと。科学や天文学の知識が無い上に想像力に乏しい私にはとにかく難しくて、スケールが大きすぎて、途中何度も挫折しかけた。他の小説と平行読みしながらもなんとか読了できたのは、今年の本屋大賞翻訳小説部門の第3位だったという本屋大賞への信頼があったからだ。きっと面白いはずだ、絶対面白くなるはずだ、と自分を励ましながら読んだ。


誤解しないでほしいのは、この小説は面白いのだ。私の理解力が足りないだけで、読むのに努力が必要だったのは全て私のせいである。


ストーリーを簡単に言うと、人類と異星人文明の”ファーストコンタクト”、未知との遭遇のお話だ。”三体”というのが、その異世界の名称。三体人から見た地球人は虫けら同然、技術力の差を見せつけられた地球人がどう三体人に対抗できるのか、という感じになっていくのだろう。というのも、この小説はシリーズ物で本作が第一弾。全部で第三弾まである。物語全体から考えるとまだまだ序盤、という感じ。


そんな序盤の話を長々と書くよりも、実はもっと興味を持って読んだ、翻訳者さんの”あとがき”に触れたい。本作がどのような経緯を経て日本で発売されるに至ったのか、いわば出版業界の裏話がとても面白かった。


まずは『三体』年表。

2006年  中国のSF専門誌に連載される(5〜12月号)。第19回中国銀河賞特別賞受賞。

2008年1月 中国で単行本発売。

2014年→アメリカの大手SF出版社トー・ブックスより、SF作家ケン・リュウ氏訳による英語版が発売。

2015年→世界最大のSF賞、ヒューゴー賞長篇部門受賞。ヒューゴー賞は元々英語圏の賞で、英語以外の作品での受賞は史上初。もちろんアジア初の快挙。

2017年→オバマ大統領がニューヨークタイムスのインタビューで『三体』に触れ注目を集める。

2019年6月→日本で発売。


中国で単行本が発売されてから実に10年以上経ってやっと日本語版が発売されたのだ。10年ひと昔という言葉は世の中の移り変わりが激しいことを表すが、10年を費やしても尚まだまだ先進的な内容だということだ。


また本作の表紙を見ると、翻訳に3人の名前がクレジットされている。その中であとがきを書かれたのは、大森望氏。英語圏のSF小説の翻訳で有名な方なのだが、この小説英語ではなく中国語。そのカラクリがあとがきに‥

早川書房が翻訳権を取得した時点で、本書には、光吉さくら氏とワン・チャイ氏の共作による日本語版が存在していた。諸般の事情から契約締結前に作成されていたこの翻訳原稿を元にして、現在のSFらしくリライトするというフィニッシュ・ワークが大森に与えられた使命。いわば中国語から日本語に訳されたテキストをSFに翻訳する仕事だと言ってもいい。

このことからSFというのは、ただ翻訳すれば良いだけではないということが分かる。中国語から日本語に訳されただけではSF小説としての形を成さないということだ。SFらしさ、というのだろうか。大森氏の40年近いSF小説の翻訳経験が活かされる。結局大森氏は、フィニッシュ・ワークどころか「ほぼ全ての行にわたって」訳し直した。日本語版とアメリカで発売された英語版とを照らし合わせながらの作業だ。それはもはや、「英語で書かれたSF長篇一冊をゼロから日本語に訳すのと変わらない時間と労力を投入して」日本語版『三体』は生まれた。監修や監訳ではなく、訳者として名前がクレジットされたのにはそういうわけがある。


しかも大森氏は訳すだけでなく、本作の各章の並べ替えもされたとのこと。より伝わりやすく、分かりやすく、物語の流れが自然になるよう。訳者ってそんなことまでするんだ、と驚いた。


正直、海外小説が日本で発売されるまで普通はどれくらいかかるのかは知らない。それでも10年以上かかったのは、やっぱり長いと思うのだ。何か事情があったとしても、それでもどうしても日本語版を発売する価値があり、日本に読みたい人がいたから発売する必要があった。

そう思うと、なんだかとても良いものを読んだ気がしてくるのだった。あとがき、万歳。



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