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町屋良平「恋の幽霊」で思い出す記憶

面白い小説は美味しい。続きを読もうと本に手を伸ばすたびにキャラメルを食べた時みたいな感覚が口の中に広がる。モラトリアム期間に本を読んでいた時のあの感覚を久しぶりに恋の幽霊が呼び覚ましてくれた。

4人の接続した心と体。
特殊なような目をこらせばどこかにあるかもしれないような不思議な関係。
学生のとき、他人の皮膚を自分が知覚することで相手と同化しているような感覚の記憶はたしかにあった。大人になってすっかり忘れていた。
パーソナルスペースがでかければでかいほどこの人大人だなあって気付かされる。

町屋さんのひらいた文体が好き。
私が幽霊になって、京やあすやしきや土の隣で話を聞いているみたいに、すごく近くに感じる。一人称が一瞬ですり替わり、恋する身体の私たちが熱を持ってとけあっていく。
お互いのまっすぐな告白はくすぐったく爽快で、他人から好意を受け取ったときの気持ちを「感動」って呼ぶんだって初めて知った。

成熟した体を持ち、お互い好意を持つ高校生たちのなかに
具体的な性愛が介在しないということは一見フィクションのように思える。
でも、この大人になりきれない4人みたいな関係はこの社会の中にいくつも浮かんでは消え、また浮かびを繰り返してるのかもしれない。

映画を見ていると作品の仮想世界に没入することがしばしばあるけど、恋の幽霊はそっくりそのまま実世界と地続きになったチャンネルで、等身大の私と4人がそこにいるようだった。
それはたぶん、柔軟な筆致で現実で遭遇するような喪失や社会に放り出される孤独、現実世界で起こっている暴力も容赦なく突きつけられるからだろう。

恋の幽霊は、ほんとに超おもしろかった。
町屋さんの「しずけさ」がすべての小説の中でも極めて好きで超えることなんてないと思ってたけどあっさり超えた。
ceroの「街の報せ」がぴったりだなって読了後思った。
大人とこどもの記憶と心身をパッチワークする、修復の物語だと私は思う。

装丁は大島依提亜さん!めちゃ好きな映画「MEN 顔のない男たち」「あのこは貴族」フライヤーなど手掛けている方。蔦屋書店で「この装丁いいよねー」と友達と話したけど、まさか大島さんとは思わずこんなところで巡り会えてうれしかった。


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