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僕から見える景色

どうも。
イヤホンのはんぶんの方、僕です。
Rとお呼びください。
僕は今、僕のご主人だった人のため、木さんに音楽を聴いてもらっています。
すると、木さんの幹から枝、枝から葉、葉から風へと伝って、僕のご主人だった人へ彼女が大好きだった音楽を届けてくれるのです。
僕の相方、イヤホンのもうはんぶんの方の彼女、Lは、Lのご主人の耳に収まり、思い出の曲を届けています。
Lはいつも言います。
「私のご主人ったら、いつも黄昏てるかメソメソしてるか思い出に浸ってるかなのよ。毎日、もう誰も飲んでくれなくなったコーヒー淹れてさ。自分は牛乳とお砂糖たっぷり入れたコーヒーだかコーヒー味の牛乳だか分かんないやつしか飲めないくせに。」
ちょっと怒った風に。
でも僕は知っています。
LはLなりにご主人の彼のことを心配しているのです。
元気になってほしいと思っているのです。
だから、この丘以外では、Lのご主人の耳に彼の好きな音楽をめいいっぱい届けます。
そのときは微力ながら僕もお手伝いします。
なんたって僕のご主人の大切な人ですからね。

僕のご主人がまだ真っ白な部屋にいた頃、Lのご主人が僕たちを僕のご主人の部屋に住まわせていたことがあります。
ここは暇だろうから、好きな音楽を聴くといいよ、と言って、僕のご主人の好きな曲をいっぱい入れた音楽プレーヤーくんと僕たちを彼女に託したのです。
僕のご主人は嬉しそうにお礼を言って、ほっそりした指で僕たちを撫でてくれました。

そしてLのご主人を笑顔で見送って、扉が閉まったあと、ひらひらと振っていた手を布団にポフっと落としました。
さっきまで笑みを浮かべていた口元がキュッとなり、細くなってしまった手で僕たちを握りしめます。

「私が居なくなっても、あの人に元気になれる音を届けてあげてね。」

Rの方を見ると、どこも怪我なんてしてないのになんだか痛そうな顔をしていました。
きっと僕も同じ。
胸が張り裂けそうというのはこういう気持ちのことを言うのでしょう。
僕はさよならの予感に涙が出そうでした。

「これからあと少し、私に付き合ってね。よろしく。」

そう言った僕のご主人のそばにいられたのは本当にほんの少しの間でした。
僕のご主人がいなくなったあと、Rのご主人は毎日泣いて、ご飯を食べられなくなって、眠れなくなって、どんどん痩せていきました。
彼はお前たちを見ていると辛いと言って、それでも丁寧に大切そうに僕たちを箱に入れて、僕のご主人が使っていたドレッサーの引き出しに仕舞い込み、Rは暗い箱の中で、私はご主人に何もしてあげられないのねと悲しそうにしていました。
少し時間が経って、Rのご主人が泣き腫らす毎日からベソベソ、ベソベソからメソメソにちょっとずつ回復してきたころ、僕たちは久しぶりに箱から出してもらいました。
Rのご主人はやっぱり痩せてしまっていてとても元気という感じではなかったけれど、一緒に丘に行こうと僕たちを誘います。
そしてやってきたご主人たちの思い出の丘で僕は木さんを通じて、僕のご主人に音楽を届ける大役を仰せつかったのです。

それから、僕たちは決まった日にこの丘にやってきて、音楽を分けあいます。
帰っておいでよ、そばにいてよと僕のご主人に語りかける寂しがりのRのご主人に寄り添って。
忘れてね、幸せになってねとRのご主人に語りかける強がりの僕のご主人に届くように。




このお話はEATALK MASKさま企画のこちらの企画に参加させていただいたときに書いたこの返信の のイヤホンのはんぶんsideです。

楽しい企画はこちら。


もう、七田さんが書いたお手紙も、ジユンペイさんの音楽も素敵だからぜひチェックください!

七田さんのお手紙はこちら

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