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日本一やさしい映画館「シネマ・チュプキ・タバタ」

 CINEMA Chupki TABATA(シネマ・チュプキ・タバタ)は東京の北区田端にあるとても小さな映画館だ。座席は最大でも25席ほどしかない。

 この小さな映画館が、普通の映画館とすこし違うのは、日本初のユニバーサルシアターとして、目や耳の不自由な人、車いすの人、そして体に不自由のない人も、皆一緒に映画を楽しめることを目的として、バリアフリーに作られている点だ。

 上映される映画には、すべて日本語の字幕が付く。全席に、音声ガイド(音声ガイドについてはこちらこちらを)や、本編の音の増幅ができるイヤホンジャックが備えられている。さらに、車椅子スペース、別室に小さいけれど完全防音の鑑賞室もある。

 目や耳や肢体などに不自由があり、映画館で映画を観るのに障りがある方々にとって、このような映画館は、どれだけ世界を広げ、豊かな体験をもたらすものなのだろうか。

 俗に言う健常者である私は、映画館がバリアフリーである恩恵を直接的には受けてはいないように思う。けれど、何度か訪れるうち、この場所が、今まで行ったどの映画館よりも、好きになってしまった。

様々な理由で、映画館に行くことをためらってしまっていたどんな人も、安心して映画を楽しめる、ひらかれた映画館を創りたい
CINEMA Chupki TABATA HPより

 学生時代、池袋の映画館でアルバイトをしていた経験もあるが、正直、映画がめちゃくちゃ好きというわけでは無い。

 もともと、映画を自宅でDVDやネット配信等で観ることは多くない。せいぜい地上波TVで放送されるものを、ながら観する程度だ。映画館に行かずに映画を観ることは少ない。

 しかし逆に、映画館で観た映画は、どれだけイマイチなものでも強く印象に残っている。だから観るのだったら、映画館で観たい。

 今より若い頃の自分にとって、映画館はディズニーランドやコンサートやキャンプのように、意気込んで行くところだった。新しくできたシネコンや、お洒落なミニシアターの情報を仕入れ、そこで上映される映画の話題を追う。映画館はいわばハレの場として存在していた。その頃はそんな非日常を楽しむパワーと自由な時間が豊富にあった。

 だが、歳を重ね、日々の生活を積んでいくうち、非日常に向かうパワーが減ってきた。日常をつつがなく送ることの大切さのほうが、生活の中で大きな割合を占めるようになったから。

 いつの間にか、映画館への障壁が生まれていたように思う。

 そんな中、とあるきっかけでCINEMA Chupki TABATAを訪れ、その日たまたま上映されていた映画を観た。

 JR田端駅からすぐの落ち着いた商店街の一角。映画館があるとは全く想像もできない小ぶりなビルの中に入ると、コーヒーの良い香り。

 小さな受付ロビーに、長閑な物販エリア。奥のシアタースペースは、とても小さく、決して高級に光り輝くものではない。でも、シートは座り心地がちょうど良く、手作りのぬくもりあふれる内装は、気持ちがホッとする。

 上映がはじまると、すぐに真っ暗になり、映画館につきものの沢山の予告編は無いまま、すっと本編に入る。スクリーンサイズと音響の具合が本当に絶妙で、全方向から音が降り注いでくるような感覚に包まれた。

 またたく間に映画の世界へ引き込まれてしまった。こんな気分は、やはり家では体験できない。ここに、何度か通い、観た上映作品は、すべて私の心にしっかりと残った。

 けれど、観終わり、ロビーを出れば、そこは家の近所によく似たごく普通の商店街の一角なのだ。

 映画館に行くのをためらうようになっていたのに、まるで、スーパーや図書館やマッサージに行くみたいに、気負う必要がなく、心のバリアが解けていた。

 CINEMA Chupki TABATAは、優しさでいっぱいのユニバーサルシアターだ。こんなユニバーサルシアターが日本中にもっと増えるといい。こんな場所でなら、映画館で映画を観ることが、皆の日常の一コマにできるんじゃないか。

 Chupki(チュプキ)は、アイヌ語で自然界の光を意味するのだそう。すべてに等しく優しく降り注ぐ光に、人は集う。


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2021.6.3加筆修正


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