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主人公は「永遠の都」:『フェリーニのローマ』

※注意 この文章を読む際はネタバレ等、核心部分への言及があります。個別に判断したうえで、読んでください



主人公は「永遠の都」

 『フェリーニのローマ』に明確な主人公は存在しない。強いて言えばアウグストゥス以来、悠久の時を経てもなお、宗教的にも文化的にも重要な地位をもつ、ローマという都市そのものが主人公と言えるかもしれない。

 フェリーニは1968年に『サテリコン』を監督すると、劇映画から少し離れ、『フェリーニの道化師』、『フェリーニのローマ』、『フェリーニのアマルコルド』など、スケッチのような情景が連なる映画を生み出し、時折フェリーニ自身も画面のなかに出演することもあった。


 フェリーニがこの作品で描いたローマは、決して美しいものばかりではない。品のない寄席演芸場や娼館の喧騒など、『ローマの休日』でオードリー・ヘップバーンがヴェスパで通過したきらびやかなローマとは正反対である。


 だが、くりかえしになるが、フェリーニという監督は外見の美しさより、人間の感情や血肉の躍動を賛美してきた。その姿勢はローマという「都市」が主役のでも変わらない。フェリーニが描くローマのスケッチは共通して、荒々しくも人間的な営みにそそられる。

 意味もわからず猥歌を歌う少女、壇上に子猫を投げこまれながらもアステアばりにステップを素人のダンサー、娼館での娼婦の小粋な軽口。コロッセオや真実の口とは対照的であっても、こうした光景もフェリーニのローマの美しさなのである。



豪華絢爛かつ誠実な嘘つき

 この映画について書く上で欠かせないのが、教会ファッションショーだろう。ローマというと都市を語るという意味でも無視できないテーマだ。『甘い生活』の冒頭で、ヘリコプターで吊るされるキリスト象を描くなど、作中に様々な形でキリスト教的な表現を組み込んできたが、そういった表現の真骨頂ともいうべきシーンである。

 教会が通俗のマネをするという皮肉は、徐々に奇々怪々でグロテスクな物へと変貌していく。真っ赤な祭服にローラースケートという出で立ちで、神父がランウェイを通過するのはまだ現実的であるが、どんどんと猥雑で、サイケデリックな物へと変貌を遂げていく。

 多数の豆電球をチカチカと点滅させるものや、中身の人間がいない機械じみた印象の奇妙な祭服のあとに、ドクロでいっぱいの山車のようなものまで登場し、最終的に巨大な後光に照らされた法王に恐れおののく。


 虚実ないまぜにローマとい都市を描いているが、いくら教会の「内幕」が一般の人間にわからない領域とはいえ、誇張しきった表現であることは誰の目からも明かだ。「風刺」という言葉からは想起しづらい、豪華絢爛かつ、ダイナミックな映画芸術に昇華させている。

 フェリーニは私生活においても生前自分の生い立ちなどを、もっともらしい作り話を織り交ぜて表現し、整合性がとれずとも、リップサービスとしてその場が盛り上がればいいと、捉えていた節があったという。そのことについて、独自の表現で自らを評していた。

「私は嘘つきだが、誠実な嘘つき」


映画という「乗り物」

 映画を含めた映像は、誕生以来「乗り物」と非常に密接な関係にある。リュミエール兄弟は『ラ・シオタ駅への列車の到着』で蒸気機関車を描き、世界初の劇映画である『月世界旅行』ではロケットをキーアイテムとして配置した。
 20世紀初頭には、「ヘイルズ・ツアーズ」という、列車の展望映像を上映し、動きにあわせて館内を動かすアトラクションも登場した。



 この「ローマ」にも乗り物のシーンが非常に多い、けたたましいエンジン音に満ちた高速道路(実は大がかりなセットである)をはじめ、駅の光景、地底を進むトロッコ、娼館のエレベーター、ラストシーンのバイカー族。ローマという都市に人が行き交う様子を、様々に描いている。

 写真や絵画と異なり「絶え間なく動く」という特色をもつ映像において、「乗り物」というシークエンスは、かなり根源にある表現と言えるだろう。「永遠の都」を描くにあたって、行き交う人々の往来を描くためにフェリーニが選んだのは、美しい歴史的建造物より、映像というものに寄り添ったものだった。

 ラストシーン、オードリー・ヘップバーンとは対照的なバイカー族たちのヘッドライトが、夜のローマの街並みを照らしながら駆け抜けていく。清濁併せ吞むフェリーニらしさが、このシーンに集約されているように思う。


参考文献:
ジョン・バグスター 椋田直子=訳「フェリーニ」 平凡社1996年
 「誠実な嘘つき」のくだりはP43から



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