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広島、ホストクラブ、友人。

土曜日の夜11時、乗っていたバスが広島市八丁堀の駅に停車した。
向かう先は既に決まっていて、バスが広島駅北口駅を発った後は、専らその店の料金システムやSNSをチェックしていた。

私が向かったのは、実に8年ぶりに会う友人が働いている流川のホストクラブだ。
中学生の頃にインターネットで知り合い、10代の頃はよく遊んでもらっていたその人に会いにいった。

その友人は私よりも少しだけ年上で、よく会っていたころは(一方的に)兄のように慕っていた記憶がある。通っている学校に居場所がなくても、学校の外にその人を含む友人たちが居たから大丈夫だったのかもしれないとさえ今は思う。

あるビルの5階に着くと、年齢確認が始まる。初めてこのお店に来たことを伝えたあと、友人が働いていると伝えようとするが、その人が店で名乗っている名前を事前に聞いておかなかったことを後悔し、「本名しか知らなくて…」と口篭もってしまった。

当たり前だけどホストクラブの従業員はキャストの本名を知っているだろうし、そこで言い淀む必要はなかったんだけど、まぁそこは慣れない場所だったから大目に見てほしい。

席に荷物をおろしていると、その友人が現れた。シャツにスラックスにベストを着た8年ぶりに会うその人は、格好こそ違えど思ったより変わっていなかった。

その友人と最後にあった時、大学のテニスサークルでウェーイしている(もっと別の言葉で言っていたとは思うんだけど)と聞いていたから、ホストクラブで働いていることもそんなにびっくりしなかった。

その人はコミュニケーションが巧い。人を嫌な気持ちにさせたりしないし、気遣いがうまいし、深刻なことも冗談で笑い飛ばしてくれるような軽やかさと優しさを持った人だと思う。

それを上手く言えなくて「しっかりした人だよね」と言ってしまったけど、まぁ日常会話の一部だしなんとなく伝わればいいかと思い、追って別の言葉では言わなかった。

鏡月のボトルを入れ、隣についてくれていた友人とダラダラと飲んだ。久々に飲む鏡月も、やっぱりそんなに味がしなかった。

新規のお客さんが来店し、その人は私のすぐ後ろのその席に着く。私と話す時とは別の口調で話す声にひっそりと耳を傾けていると、私よりも若い男性が目の前に座った。その男性の話し慣れた自己紹介を聞きながら、合いの手のようにへぇ〜、そうなの?!なるほどね〜と声帯から音を出す。
気持ちのスイッチを、私は上手に切り替えることができなかった。そんなふうに男性と話しながら、なんとなくメイド喫茶に行った時のことを思い返していた。

ショーを見るような気分と、そこにお客さんとしている疎外感、キャストであるその人とその人自身とのギャップを無視して楽しむことができる時間。お会計をする時、それがそのままお店で働く人のショーの代金のような気がして妙に生々しく感じたのを覚えている。

接客を終えて席に戻ってきた友人と、また話を始める。さっき他の席での話し声を聞いちゃったこと、私と話しているとどんなに沈黙が続いても気まずくないし〜と言ってくれたこと、そんな話題が尽きるとまた昔の話に戻る。

右手薬指に着けている指輪を見て、「誰にもらったの?」とニヤニヤ聞かれたから、正直に答える。そこから少しだけ、恋愛や結婚の話もした。

友人の家に泊めてもらうようお願いをしていたから、ボトルを空けて会計を済ませ、その人の家に向かう。しばらくウトウトしていると、酔っ払った〜と言ってその人が帰ってきた。遠慮して座椅子に座るように眠ろうとしていた私を、その友人はベッドに誘導する。

明日何するの?何時に起きる?夜に時間あったらご飯でもいこう、と会話をして、気がついたら眠っていた。

翌日、友人が予定のために車を出すと聞き、ついでに広島市現代美術館まで車を出してもらうことにした。他にも人をピックアップしていく予定だと言うので少し遠慮しながら、だけど二日酔いの重たい身体を引きずって美術館まで行くのもなぁと思いお願いすることにした。

歩きながら仕事仲間の男性と合流し、駐車場に向かう。合流したその男性は、昨晩お店で友人が別の席にいる間、席についてくれていた人だった。どうやらまだお酒が抜けていないようで、ふらふら歩きながらすっぴんなの俺だけ???と尋ねる。そっか、昨日はお化粧をしていたのかと合点がいったと同時に「私はお化粧してるよ」と答えた。友人がその男性に私を美術館まで送っていくことを伝えると、「あの展示、お客さんと行ったけどつまんなかった〜〜!!」と言った。
アルフレッド・ジャーの展示はどちらかと言うと派手だし、キャッチーだし、仮に酔っ払っててもイェーイって感じで楽しめるものだと思ったので少し意外だと感じていたが、ひろしま美術館と間違えていたと分かって少し安心した。今から向かう美術館のことだったら、その男性がつまんなかったー!と言ったことを鑑賞中も思い出してしまって笑っちゃったような気がする。

合流した男性は、まだ酔っ払っているだけでなく、客前じゃないという理由でも昨日会ったときとは別人だった。友人が鍵を取りに離れた時に「お姉さんも居るし車の中めちゃ気まずい空気になったりして」と笑ったその男性の言葉に私も笑いながら、こっちのほうが話しやすいなぁと思った。

ホストクラブで働く人の「仕事以外」の姿を見てみたいと思った時、それは同伴とかアフターとか、客とキャストが店外でデートをするような方法が思い浮かぶ。一回お店には行ったけれどキャストの友人という立場の私は、昨日接客してもらったホストクラブのキャスト2人と車に乗るという変な体験をした。

美術館に行って、ギャラリーを覗き、平和記念公園に行った後、新天地に飲みに行った。しばらくすると友人から連絡が来て、また合流をする。他愛のない話をして何軒かお店を回って帰宅する。旅行であることを忘れて日常を持ち込めるような広島を、わたしはすごく好きになった。

翌日、深酒が祟って昼過ぎに起きた私達は、どちらかのお腹が鳴る音を聞いて、ちょっと遅めの昼ごはんを食べることにした。何が食べたいか聞かれたからラーメンと答えると、ラーメン好きの友人が快諾する。すぐにGoogle Mapでラーメン屋を検索し、どんな感じが良い?と聞かれる。細麺の醤油ラーメン、中華そばみたいなやつがいいと言い検索結果を二人で眺めていると、なんだか良さそうなお店を見つけてそこに決めた。

二人してだる着で歩いて15分ほどのそのラーメン屋に向かう。途中、「一天麺に通ず」というラーメン屋を通るとき、ここのお店は美味しいんだよと教えてくれた。ちょうど中休みの時間だったから食べることはできなかったけど、今度来たときは連れていってもらおうと思う。

店に着くと、入口に「ラーメン評論家、グルメ評論家の方お断り」と書いてあり、それを見て二人で笑った。食券を買って、友人は大盛りを頼み、運ばれてきたラーメンを黙々と食べ進める。つけ麺を食べていた友人が、私の食べている醤油ラーメンのスープを一口啜る。昨晩の飲酒で乾いた体を据え置きの水で潤しながら、美味しいねと言い合った。

お腹がいっぱいだからと腹ごなしの散歩を提案し、目的もなく二人で歩く。暫く歩いたところでタバコを吸いたいと告げると、友人は「わかっとるけん今向かっとる」と言った。ラーメンが食べたいと言った私と、喫煙所に向かいながら歩く友人が、なんだかちゃんと心を通わせられているような気がして少し嬉しかった。

夕方、荷物を持って広島駅に向かう。荷物をロッカーに預けて新幹線のチケットを買ったあと、ふたりでゆっくり話すために駅西の飲み屋街に向かった。入ったお店は手狭なところだったが、二階のテーブル席に通された。床と椅子が不安定なその席で乱痴気騒ぎをしたら、きっと床は抜けて椅子は壊れるだろう。そしてインターフォンのような仰々しい呼び鈴に驚きながらも注文を済ませ、また話し始めた。

懐メロがかかる店内BGMの話をしたり、もし自分がフェスを主催できるとしたら誰を呼ぶ?といった他愛もない話をした。サザン・オールスターズの話をした直後にサザンの曲がかかったり、米米CLUBの話をした直後に米米CLUBの曲がかかったりして二人で喜びながら、仕事の話やちょっとだけ先の将来の話をした。私はきっと少し喋りすぎていたと思う。かつて兄のように慕ったその人に少し甘えるような気持ちで、彼にとっては面倒に思える話をしてしまったような気がする。

新幹線の時間が近づいてくると、その友人に一本の電話が入った。お客さんからだというその電話は、「ベトナム料理を食べに行こう」という旨のものだったらしい。休みの日、一緒に過ごしていた友人が別の人に呼び出されるのは淋しくないわけじゃない。だけど人を愛すことや信頼することと、行動を制限することは分けて考えなくてはいけないなと改めて思った。

「最近後輩の売上の勢いが良くて焦ってる」と話すその人にお客さんからの要請が入ったことを、私は体裁だけでも繕おうとして快諾する。面倒な自分を殺し理解のある人間を演じた時、だけど自分のことをまた少しだけ、好きになった。

自分と他人の時間や経験が重なると、誰も(自分すらも)喜ばない独占欲が出てしまう。そんなキモさとイタさを抱えて、私は生きていくしかないんだなぁと心の隅で思った。

8年ぶりに会う友人。互いに20代半ばになり、考え方も見た目も変わった。だけど変わらず会って話せたことがたまらなく嬉しかった。「楽しかったと伝えたいけど、楽しいの一言じゃ物足りない時、どんな言葉が他にあるかなぁ」と尋ねると彼は「難し〜!バイブス上がった、とかじゃん?」と笑って答えてくれた。

あなたに久々に会えてバイブスぶち上がった、最高。めっっちゃ楽しかった。
こんな思いが、私の下手なコミュニケーションから彼に伝わっていることを願う。

友人と呼ぶにはあまりに思い入れがある彼に会いに、また広島に来たい。

美術館、ギャラリー、平和記念館。見たいものや聞きたいことを目的に来た旅だと思ったけれど、多分それは全部ついでだった。知らない街、知らない場所、だけど知っている人。今度はまっすぐに彼に会いに、広島に来ようと思った。

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