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うさぎの足あと。

「まあちゃん、来てごらん」
お母さんがよんでいます。まあちゃんも窓のそばにちかづきました。
「うわあ」
外はいちめんの雪景色です。昨日の晩から雪は音もなく降りつづいていたようです。
 
「お母さん、雪だるま作ろうよ」
「そうね、あとで赤ちゃんがお昼寝したら、いっしょに作りましょう」
お昼寝したあと…雪はもうとけているかもしれません。まあちゃんは、お母さんと抱かれている赤ちゃんをじっと見つめると、
「あたし、ひとりで作ってくる」
といいました。
 
毛糸の帽子をかぶせてもらったまあちゃんは、赤い手ぶくろをはめ、白い長ぐつをはいて、外へかけだしました。ザック、ザック、ザック。庭のまん中までくると、まあちゃんは両手いっぱいに雪をかきあつめ、雪だるまを作りはじめました。キュッ、キュッ、キュッ。あたりはシンとしています。白い世界できこえてくるのは、まあちゃんのたてる小さな音、それだけです。口もとからはほわほわと、ゆげが立ち上がっていきます。
「できた」
小さな雪だるまがひとつできました。
 
次にまあちゃんは、もっと大きな雪だるまを作りはじめました。コロン、コロン、コロコロコロ。雪だまをころがして、ころがして、まあちゃんの腰まである、背のたかい雪だるまができました。二つをならべて置いてみます。
「雪だるまの親子みたい」
 
立ち上がったまあちゃんは、庭のすみに南天の木をみつけました。赤くてかわいい実がすずのようになっています。まあちゃんは南天の実をとって、雪だるまの顔にくっつけました。目がつくと、雪だるまはもっと雪だるまらしくなりました。
 
(それなら、こんどは…)
ほっぺをまっ赤にしたまあちゃんは、もっともっと何かを作りたくなりました。キュッ、キュッ、キュッ。雪のかたまりに、南天のみどりの葉っぱをぷちんととって、長い耳ふたつ、赤い目ふたつ、と。
「できた」
赤い目の雪うさぎができました。あんまりかわいいので、まあちゃんはその鼻さきにふうっと、息をふきかけました。
「お母さんにも見てもらおう」
まあちゃんが、玄関にむかって歩きだそうとした、その時です。
 
ピク、ピク、ピクピクピク。
うさぎの耳がうごきました。あれれれれ。
パチ、パチ、パチパチパチ。
うさぎの目がまばたきしました。あれれれれ。
 
雪うさぎは、ほんものの子うさぎになりました。鼻をうごかし、あたりのにおいをかいでいます。
「ああ、冬のにおいがする」
子うさぎは気持ちよさそうに頭を上げると、大きく息をすいこみました。それから雪の上をぴょんぴょんはねて、庭じゅうをかけまわりました。まあちゃんの足元までくると、しゃがんでいるまあちゃんの顔のまわりで鼻をくんくんさせ、
「めだまやきのにおいがする」
といいました。まあちゃんはびっくり。ちょうど朝ごはんに目玉やきをたべたのです。
 
子うさぎはまたぴょんぴょんはねて、ふたつならんだ雪だるまのそばにいくと、
「いいな、いいな、雪だるま。おやこでなかよし雪だるま」
と歌いました。
 
まあちゃんが、
「あなたも、お母さんがほしいの?」
とたずねると、子うさぎは、
「お母さんは、あなたでしょ?」
とこたえました。
(え、あたしがうさぎのお母さん?あたしはたったの五歳なのに)まあちゃんは、そう思ってびっくりしました。
 
子うさぎは、まあちゃんの気持ちも知らずに、
「ねえ、お母さん。わたしにもきょうだいを作ってちょうだい」
といいました。
「いいわよ」
まあちゃんは、はりきって腕まくりをしました。子うさぎはよろこんで、
「ほしい、ほしい、うさぎのきょうだい、いっぱいほしい、きょうだいしまい」
と、ひねりジャンプをしながら歌いました。
 
さあ、それからまあちゃんは大いそがしです。キュッ、キュッ、キュッ。雪をまるめて、はっぱをふたつ、赤い目ふたつ。二ひきめの子うさぎです。まあちゃんが、ふうっと息をはきかけます。
 
キュッ、キュッ、キュッ。雪をまるめて、はっぱをふたつ、赤い目ふたつ。三びきめの子うさぎです。まあちゃんが、ふうっと息をはきかけます。
 
キュッ、キュッ、キュッ。雪をまるめて、はっぱをふたつ、赤い目ふたつ。四ひきめの子うさぎです。まあちゃんが、ふうっと息をはきかけます。
 
子うさぎが、次から次に生まれていきます。うさぎたちは耳をプルっとふるわせると、庭のあちこちで、ぴょんぴょんとびはね、歌を歌いはじめました。
 
生まれた、生まれた、まっ白、子うさぎ
みんなそろって、どこへいく
はねて、はねて、天まではねて、
いつかお空にきえていく
 
まあちゃんは、もう子うさぎをなんびきこしらえたのか、わからなくなってしまいました。ではかわりに数えてみましょう、一、二、三、四、五、六、七、どうやら七匹の子うさぎが生まれたようです。
 
「もう、このくらいでやめておこう」
あんまり一生懸命に雪をまるめたので、まあちゃんの額には、うっすらと汗がにじんでいます。
「これだけ作れば、十分でしょう」
つかれたまあちゃんは、小さなイスに座って、子うさぎたちをながめることにしました。
 
しばらくすると、仲良く遊んでいた子うさぎたちは、けんかをはじめました。ドスン、ドスンとぶつかっては、
「いたい、なにするの。あっちにいってよ」
「なんだい、ここはおいらの場所だ、お前こそ、どっかにいけ」
「きゃ、あたしの耳、かじったわね」
「だれだ、おれのしっぽをふんだのは?」
みんな、自分の場所をひとりじめしようと必死です。
 
「こまったなあ。みんなで仲良く遊べばいいのに」
けんかをとめようと、まあちゃんが何度も声をかけますが、だれもきいてくれません。そのうち、ブブウ、ブウブウ。プップップ。子うさぎたちは、鼻をヒクヒクさせて、へんな音を出しはじめました。怒っているサインのようです。
 
一匹の子うさぎが、もうがまんできないというふうに、うしろ足で地面をふみつけました。
ダンダン、ダダン、ダンダン。
 
するとほかの子うさぎたちも、同じように足ダンをはじめました。
ダンダン、ダダン、ダンダン。
あんなにかわいかった子うさぎたちが、怒るとこわいこと、こわいこと。まあちゃんは、あっけにとられてしまいました。
 
地ひびきがあんまり大きいので、南天の木につもっていた雪が、バサリと地面におちました。子うさぎたちはハッと息をひそめて、一斉にまあちゃんのそばにかけよってきました。みんなブルブルと体をふるわせています。おびえているようです。
 
「だいじょうぶよ」
まあちゃんが、やさしい声でいいました。すると一匹の子うさぎが、まあちゃんすりよって、
「お母さん、背中をなでて」
といいました。まあちゃんがそっと背中をなでてやると、子うさぎは目をつぶり、うっとりと気持ちよさそうにくつろぎはじめました。
 
「ねえ、お母さん、わたしもなでて」
「ぼくの背中も、やさしくなでて」
 
子うさぎたちは、ぼくもわたしもと、まあちゃんにすりよってきます。あっちの子もそっちの子も、まあちゃんは腕をいっぱいにのばして、やさしくそーっと、なでてやりました。子うさぎたちは耳をのばし、背中も体もぐーんとのばしています。
 
すると、ムクムク、ムクムク。不思議なことに、子うさぎたちは段々と大きくなって、あっという間におとなのうさぎになりました。
 
「大きくなった」
「おとなになった」
うさぎたちはよろこんで、歌を歌いながら、また追いかけっこをはじめました。
 
生まれた、生まれた、まっ白、子うさぎ
みんなそろって、どこへいく
はねて、はねて、天まではねて、
いつかお空にきえていく
 
うさぎたちは、庭をぐるぐるかけ回り、そのうち輪っかのようにまあるくなって、空へと上がっていきました。
「あ」
びっくりしたまあちゃんの声も、うさぎたちの後について、天にのぼっていきました。うさぎたちがいってしまうと、庭にはまあちゃんと雪だるまがふたつ、残ったきりでした。
 
「まあちゃん、そろそろ家に入りなさい」
お母さんがやってきました。
「まあ、雪だるま、上手に作れたわね」
お母さんは、まあちゃんをほめながら、雪の上に残っているたくさんの足あとをみて首をかしげました。
 
「お母さん…」
まあちゃんは、帽子をぬいで、ほっとため息をつきました。
「お母さんのお仕事って、大変なのね」
まあちゃんはそれだけいうと、玄関にむかって歩いていきました。たくさんお仕事したので、お腹がすいていたのです。




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