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きのこの森。(3)

「生き物たちは皆、むこうの世界へいく前に、カラダもココロも、此処でこうしてお浄めされるんだ。どんな生き物もしんだら土にかえる。それが自然の掟、決まりごとだ」
「きのこたちは、お浄めをして大きくなったね」
「ああ。鹿のカラダに残っていた養分を吸い取ったのだ。この後どうなるか見ていてごらん」

二人の目の前で、大きくなったきのこたちは、ふわりふわりと辺り一面に広がっていきます。緑色をした土の上で、小さな白い旗が揺れているように見えます。

ばばん、びびん、ぶりぶり、べべん、ぼんぼんぼん

散らばったきのこたちは白い被りものを脱ぎすてると、それぞれの場所でつぶやきはじめました。
「何かが落ちてる」
きのこのカサの部分から白い粉のようなものが、ぱらぱらと落ち始めました。

「風だ」
どこからともなくやさしい風が吹いてきて、粉は風にのって、あちこちにスジになって舞っていきます。

「雨がふってきた」
今度は空から音もなく、こまかな雨のつぶが降ってきました。空中で粉と雨つぶがくっつくと、それは金色に光り、はらはらと地面に落ちていきます。緑色の森は光で満ちあふれていきます。ヒロくんはまばたきもせず、その光景を見つめていました。

どのくらい時間が経ったでしょう。空中の粉はどうやら全て地面に落ちてしまったようです。いつのまにか雨もやんでいます。土の中から何かが動き出しました。

むくむく、むくむく、むく、むく

「赤ちゃんきのこだ!」

土の中から赤や黄色、青色のきのこの赤ちゃんが出てきました。小さな手足で一生懸命土の中からはい出てきた赤ちゃんたちは、うれしそうに土の上をかけまわっています。
「ちっちゃいなあ、かわいいぞ」
赤ちゃんは、ヒロくんの足元も元気にくぐりぬけていきます。
「鹿のカラダに残っていたエネルギーが、新しいきのこになって生まれ変わったんだよ」
「すごいね」
「ああ、とても素晴らしいことだ」
喜んでいるヒロくんを見て、王様も笑い声をあげました。

「もうひとつ、よいものを見せてあげよう」
王様がエイっと右手をあげると、手の先に細い剣のようなものが現れました。
「さあ、ヒロくん、見てごらん」
王様はその剣で、緑色の地面をつきさしました。すると、
「わああああ!」
緑色の土の中にキラキラ光る細い糸がたくさん現れました。

「この細い糸が、我々きのこの本体なのだよ」
「本体?」
「きのこというのは、土の中を十全に走り回っている細い糸の集まりなのだ。キミがこうして目にしているワタシのカラダは、きのこのほんの一部でしかない。きのこの世界は、この地球上に果てしなくひろがっているのだ」
「へええ」

緑色の地面は、まんべんなく金色の糸で覆われ、辺りは明るくかがやいています。ヒロくんのひとみも、おどろきと感動でキラキラしています。
「どうだ?楽しかっただろう?」
「うん、すごく面白かった」
「きのこの世界を、こんな風に自分の目で見ることができる人間はごく限られている。キミがラッキーだといった意味がわかったかい?」
「わかったよ。ありがとう、王様」
ヒロくんは、ほっぺを赤くしながら王様にお礼を言いました。
「よろしい、それでこそ、きのこを愛する人間だ」
王様も満足そうにうなづきました。

「また遊びに来てもいい?」
ヒロくんがたずねました。てっきりまた招待しようと言ってくれると思っていたのですが、王様の答えはちがっていました。
「それはできない」
「え、どうして?」
ヒロくんは不満げにいいました。なんだい、ボクはまだたったの六歳なのに、折り紙のきのこをあんなにたくさん作ったんだぞ。ボクみたいに、きのこ族のために仕事のできる子どもは、めったにいないんだぞ。

ヒロくんの心を見すかしたように、王様がくすくすと笑いました。
「そんなに腹を立てるものではない。キミはもう我が国に遊びにくる必要はないのだ」
「必要は、ない?」
「そうだ」
王様はうれしそうにいいました。
「我々きのこがどれほど働き者であるかを、今夜キミに見せただろう?我々のオツトメがどんなものであるか、キミはその目で確かめただろう?地球の養分を分解するのだ。地球の養分というのは、この世で命あるもの全てのことを指しているのだ」
「だから?」
「だから、キミが熱心に我々きのこ族を世に広めようと貢献してくれたことに敬意を評して、ワタシがキミをここで分解してやろう」

地球の養分だって?分解するだって?ヒロくんは横たわっていた大きな鹿を思い出して、背中がゾクッとしました。

「キミがここで分解されれば、キミ自身がきのこになれるのだ。そうすれば、もっともっときのこの赤ちゃんを増やすことができる。折り紙の作りものなんかじゃない、本物のきのこを果てしなく増やしていくことができるんだ」
「…」
「それに今回は特別に、キミを王様であるワタシが分解してやると言っているのだ。これもとてもラッキーなことなのだ。カッカッカ」

王様はおかしくてたまらないといった様子で、お腹をのけぞらせて笑いました。王様のつるんとした白いお腹のあたりに、真っ赤な口のような裂け目が見えました。
「いやだー!助けて!」
ヒロくんは渾身の力をふりしぼり、王様のカラダをつきとばしました。

どしん。
「イテ」
ヒロくんはカラダを強くうって目を覚ましました。気がつくとベッドの下に転げ落ちていました。夢を見ていたようです。

「ヒロくん、もう折り紙はしなくていいの?」
「もうやらない」
次の日、保育園から帰ったヒロくんは、三箱分の段ボールに入った折り紙きのこを捨ててほしいと、お母さんにお願いしました。お母さんには訳がわかりません。でもヒロくんがたいそうこわがっているようなので、何も言わないことにしました。

子ども部屋から段ボールがなくなると、部屋はすっきりしました。前より広くなったような気もします。ヒロくんはホッとしました。もう大丈夫。きのこのことなんて、もう忘れちゃえ。その日の夕方、ヒロくんは久しぶりに大好きなうまい棒をかじりながら、テレビでアニメを見ました。
「おっもしれえ」
やっと、いつもの自分の家に帰ってきたような気がします。

「ヒロくん、ご飯ができたわよ」
台所からお母さんの声がしました。
「はあい」
仕事から帰ってきたお父さんは、もう自分の席についていて、ニコニコしながらヒロくんを見ています。テーブルの上では、白いお皿からあたたかそうな湯気が上がっています。
「クリームシチューだ」
「そうよ、ヒロくんの大好物。この頃あんまり食欲がなかったから、これなら食べられるかなと思ってね」
そう言いながら、エプロンをつけたお母さんが三人分のご飯をお盆にのせて運んできました。
「いただきます」
手を合わせて挨拶すると、ヒロくんはさっそくスプーンを手にもち、白いシチューを混ぜはじめました。熱いままだと食べられないので、冷まそうと思ったのです。

(きのこだ!)

ヒロくんはハッとしました。回していたスプーンの動きが止まりました。シチューの中に茶色いカサのきのこが、いくつも入っています。少しの間、ヒロくんは食べるかどうか迷いました。でもヒロくんは勇敢でした。スプーンをぎゅっと握りなおし、
「なんだい、きのこなんか。ボクが食べちゃうぞ」
そういってパクッと口に入れ、ごりごりと噛んで、ゴックンとのみ込んでしまいました。

(完)




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