『チーズケーキ』
『こんなの食べられるわけないでしょ』
彼女はそう言ってお土産に買ってきたスイーツ達を床に叩きつけた。
『帰りに何でもいいから甘いものを買ってきてと言ったのは君じゃないか』
彼女はとても気性が荒い人だった。
『いい?女の子のなんでもいいは、私の好みの範囲内ならある程度の事は許容できるという事よ』
『そんな滅茶苦茶な』
『滅茶苦茶で貴方なんかの小さい脳味噌では到底理解出来ないのが女の子なの。とっとと出てってよこの役立たず』
『そんな事言ったって、今日も食べてないでしょ。せめて何か作ってから帰るから…』
慌てて冷蔵庫の中身を確認する。先日詰めた野菜と卵に薄力粉とクリームチーズ…。
『〇〇、チーズケーキなら作れるけど食べる?』
そっぽを向いて丸まってる背中がぴくりと反応する。
彼女は猫みたいな人だった。
よく笑い、よく癇癪を起こし、メイクがぐちゃぐちゃになるまで涙を流す。誰よりも繊細で、愛情らしきものに飢えている。けれども時折見せる無邪気な笑顔が、自分の中で渦巻いているもの全てがどうでも良くなる程。堪らなく眩しくて。ふいにどこかへ消えてしまいそうな雰囲気が、なんとなく放っておけなくて。
割れたグラスは、水を注いでも零れ落ちてしまうけれど。それならずっと水を注ぎ続ければ良いのだと僕は思う。
そうやって手折るような日々を送っていけば良いのだと信じて疑わなかった矢先、グラスは粉々に砕け散ってしまった。
『貴方はね、自分に依存してくれる人間だったら誰でも良かったのよ。そういうのがもう、気持ち悪くて堪らないの』
それは気を引く為の揺さぶりではなく、明らかな線引きだった。別れを告げられた事よりも衝撃だったのは、あの時投げ捨てられたスイーツみたいに放たれた彼女の言葉が、あまりにも的を射ていたからだ。反論の余地がなく、否定する事が出来なかったからだ。
絹に似た長い黒髪が、いとも簡単に指の間をすり抜けていく。
『結局…一度もチーズケーキ食べて貰えなかったな…』
終わり。
※読んで下さってありがとうございました!
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