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龍神さまの言うとおり。(第17話)

歌舞伎町の中でもシックな雰囲気のあるラブホテル。そのエンストンスから中に入り、指定した部屋の階でエレベーターを降りた二人は、無言のまま、その部屋へと向かった。

洋介がドアを開けて中に入ると、二人は待ち切れなかったように、すぐさま持っていたバッグを床に下ろし、まるで磁石が引き合うように、お互いの唇を重ね合わせたのだった。

今この瞬間に、ふたりの間を遮るものは何もない。心も体も、その解放感に満たされながら、互いが体の感触を確かめるだけに、今という時間を共有していたのである。

どれくらいの時間が過ぎたのだろう。

ようやく唇を離した二人の両手は、それが自分の意思を持ったかのように、立ったままの状態で向かい合う相手の服を、ゆっくり解き始めていた。それはまるで、ふたりの間には一切の余計なものは必要ないという無言の声に従うかのように。やがて、すべてを解き終わると、お互いの両手は、それぞれの体が最も熱く敏感になった部分へと静かに伸びていったのである。

しばらく立ったままの状態で、互いの体を確かめ合った二人は、ゆっくりベッドへと進んだ。

「二十六年越しの、ファーストキスね」

先にベッドへ入った恭子は、そう言いながら、その隣で横になろうとしている洋介を枕元で見つめた。

「確かに。まさか、こんな日が来るなんて・・・」

ささやくように言った洋介であったが、突然急に、豹変したように激しく恭子と唇を重ね合わせたのだった。そして火照った自分の体を恭子の上に移動させると再び、お互いの両手は、それぞれに最も熱く敏感になった部分へ、今度は素早く絡むように伸びていったのである。

いつの間にか、予定していた二時間が、一瞬のように過ぎ去っていた。

シャワーを浴びた後、上品なブルーの花柄ワンピースを着終わった恭子は、部屋にある全身鏡の前に立ち、慣れた手つきで、シルバーの細いネックレスを付けようとしていた。そんな恭子の姿を、バスローブを着た状態でソファーに座りながら見ていた洋介は、つい先ほどまでベッドの上で妖艶に体を動かせていた恭子の姿を思い出していた。

「スリムなシルエット・・・、昔と全然変わってないね」

「そう?ありがと」

洋介は、恭子がそう言い終わったところで突然、背中越しに恭子を抱きしめたのだった。もちろん恭子は、それが何を意味するのかを察したのか、振り向くと、洋介の求めに応じるように唇を重ね合わせた。

「ずっと、このままでいたい気分だよ」

唇を軽く重ね合わせたままの状態で、洋介がつぶやいた。

「わたしもよ」

そして唇を重ねながらも、お互いの呼吸を確かめ合うように会話をする二人は、再度お互いの体を求め始めていたのである。

服を着たままの状態で恭子をベッドへと移動させ、再び激しく何度も肢体を重ね合わせた洋介であったが、やがて、その時間も、あっという間に三十分近くが経過しようとしていた。

「このまま宿泊に切り替えようか・・・、いや、ダメだ」

ベッドの上で、すでに上気し終わった表情を見せる恭子を見ながら洋介は、心の中でつぶやきながら、さらに湧き出る欲情を自制した。

「ごめん、つい長居しちゃった。そろそろ・・・、かな」

服を着たまま上気して横になっていた恭子を、ベッドから起こそうと背中に手を回しながら、洋介が言った。

「そうね。そろそろかな?」

起き上がり、そう言った恭子は、満足そうな微笑みを見せながら立ち上がると、再び全身鏡の前へと向かった。

「三河くんって凄いわね、もう激しいし、エンドレスな勢いなんだから~。奥さんにも、こんな風に?」

鏡の前で髪を整えながら、恭子が笑いながら言った。

「あっ、いや・・・、かなり久しぶりだったから」

ベッドの端に座っていた洋介は、照れたようにそう言いながら、妻の恵子には感じたことのない激しい欲情が、自分の中で湧き起こっていたことを不思議に感じていた。

「ねえ、これからも、いろいろ相談に乗ってくれる?」

「あ、あぁ。いいけど・・・」

ベッドの下に脱ぎ捨てたままのシャツを拾いながら、洋介は少し歯切れの悪い口調でそう言った。

「大丈夫よ。仕事や家庭の邪魔はしないから」

自分の気持ちを見透かしたように話す恭子の言葉に、スーツへと着替える手を一瞬止めた洋介は、なぜか恭子の顔を直視できないままでいた。

「これで・・・、離婚届にサインする決心がついたわ」

「えっ?」

「今日、三河くんに愛されて、女としての自信を取り戻した気分なの。これからは一人でも何とかなるってね」

そう言う恭子へ思わず視線を向けた洋介の眼には、今の恭子の姿が昼間のそれとは全く違って見えた。

「それじゃあ、元気が出たところで・・・、行こうか」

スーツに着替え終わったところで洋介がそう言うと、恭子はショルダーバッグを肩にかけ、洋介の後に続いて部屋のドアへと向かった。

二人の乗ったエレベーターが一階に到着し、そのドアが開く直前に洋介は、この逢瀬を惜しむかのように、となりに立つ恭子の額へキスをした。

「これって、割り勘だよね」

エントランスのカウンターへ向かいながら、そう言ってジャケットから財布を取り出した洋介であったが、恭子は、それを制するように手を差し出して遮った。

「大丈夫よ。今日は、私が払うわ」

「今日は?」

「次回、お願いするわね」

苦笑する洋介を横目で見ながら、恭子はそう言ってショルダーバッグから財布を取り出すと、すぐさま精算を済ませたのである。

二人揃ってエントランスから外へ出ると、ホテル街の路地裏には、ホストを同伴した若い女性たちが、ラブホテルの空室を探しながら二人寄り添って歩く姿が見える。そして洋介は、何気なく腕時計に視線を向けた。

時刻は既に、午後十時を回っている。

「これから僕は、週明けにある会議の資料作成で会社に行くけど、北山さんはどうする?」

ふたりで路地裏を明治通りへ向けて歩きながら、洋介が聞いた。

「もう北山さんじゃなくて、恭子って呼んでくれないかな?」

「いや、呼び捨てはちょっと・・・、じゃあ、恭子ちゃんでいいかな?」

「いいわよ。あと・・・、今日は、いろいろ有難う。人生のシナリオに身を任せるって、初めて聞いたけど、すごく気が楽になったわ」

恭子の言葉に、洋介は微笑みながら頷いた。

「でも、三河くんって、龍神さまやスピリチュアルなこと、どうしてそんなに詳しいの?」

「それは・・・」

洋介はそう言って、二十六年前に龍王池で体験した後のことを話し始めた。

「あの不思議体験から、龍神さまや精神世界のことを一般的な知識じゃなくて、もっと深いところまで知りたいと思い始めてね。まずは、八幡浜周辺でも、大島以外に龍神伝説ってあるのかどうか、調べてみたんだ」

「それで?」

「うん。あったよ」

「どんな?」

「八幡浜駅から松山方面に行くと、次の駅が千丈駅だよね。そこから歩いて三十分ほどのところに鳴滝神社があってね・・・」

そして洋介は、鳴滝神社にまつわる龍神伝説を話し始めた。

第18話へ続く。



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