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下剋上スクール

子どもの頃はおてんば娘だった。

無茶をするから、骨にヒビがはいる
ケガをすることはしょっちゅうだった。
小学生時代にギブスは3〜4回程
やっている。笑

その頃の私の得意技は蹴り。
必殺技は飛び蹴りだった。

ガリガリの痩せている子だったので
身軽だったのだ。
パンチ等の腕力技では、力不足で
ポスッ。ポカッ。位の技しか
繰り出せないのである。

そうなると、足技しか勝ち目はない。

誰と戦っているのだ。笑

近所の子達や、3つ上の男子達と
よく暴れごっこをしていた。笑
遊びではあったけど、落ち着いてきた頃の
私は、バイオレンスさを思い返し
自分自身にドン引きしていた。笑

力でねじ伏せられがちな時代だった
から、そんな強さへの思いが燻って
いたのか。

中学生時代。
中学教師は校舎内で竹刀を持ち歩くのが
基本だったし。
忘れ物でもしようものなら、
力いっぱいのビンタを両頬にお見舞い
される。
または、竹刀でお尻を3回叩かれる。
厳密にいうと、お尻のすぐ下。
太ももの付け根辺りをしばかれる。
竹刀がない時は、黒板用の大きな
木製の物差しでだ。

忘れ物くらいで、あんなに頬や太ももを
ぶたれるなんて今の現代では考えられない。
大問題だ。

並ばされて、順番にぶたれるのを待つ。
異様な光景。
緊張感で、教室の空気が張り詰める。

この頬をぶたれた事で私は一時的に
右耳が聞こえなくなった。
数時間経てば聞こえるだろうと、
ジンジンビリビリする頬と
耳の異常事態を我慢していたが。
昼休みになっても、治らなかった。
担任に訴え、母が学校まで迎えに
来てくれた足でそのまま
耳鼻科へ行った。

淡々と書いてしまったが、担任に
訴えた時は
「先生、耳聞こえへん。このまま
 耳聞こえなくなったらどうしよう!
 ぐすぐすぐすん」
涙を流しながら言っていた。笑

小6卒業から数ヶ月なので、そりゃもう
平和な小学生時代と感覚は変わらないのも
当然だ。

耳鼻科では、ビンタの風圧が耳にかかり、
一時的に鼓膜が麻痺して聞こえないという
ことだった。
その翌日には無事に聞こえるようになり、
耳は治った。
耳鼻科の医師も、
「オゥ…クレイジー…。」
といった感じで教師に驚いていた。

だがこの一件で、忘れ物をしたら
「両頬ビンタの刑」はなくなった。

あの頃の同級生、後輩諸君よ!
私に感謝してくれ。

そのかわり、「もみあげ引っ張りあげる刑」
に変わったのは残念だった。
体罰がダメだとは思わなかったらしい。

もみあげ引っ張り上げる刑も、
やられた後は痛みで勝手に涙が出る
強烈さだった。
両もみあげをグッと掴まれ、
つま先立ちになってしまうほどに、
ギュギュギューーーーンと
引っ張りあげるのだ。

その教師とガチで向き合い、息も
かかるほどの近さでだ。
よくこんな拷問を思いつくものだな?と
不思議でならない。

その頃その教師は妊婦さんだった。

端折ってしまっていたけれど、
「両頬ビンタの刑」は、もともとは
両もみあげを引っ張りあげられてから、
バッチーーーーンと、両頬を同時に
ビンタされるコンボ技だった。
ただの憂さ晴らしとしか思えない。


しかし、こんなエピソードが霞むほど、
平成初期のうちの中学校は荒れていた。

中学校に警察官がウロついてるのは
日常茶飯事だったし。
タバコやシンナーを吸いながら先輩が
廊下を歩いてるのは当たり前のような
光景だった。

ある日、授業中に廊下を
うろついていた先輩が
教師から注意をうけて、ブチ切れ。
キレていた割にはあっさり姿を消したな…
と思っていたら。

10分後。

窓際の席だった私は、ふと窓の外に
目をやると。
学校の塀の向こう側に、キレイな
エメラルドグリーンがかったふわふわと
したものを見つける。

もしや…と思ったのもつかの間。

ブチ切れていた
エメラルドグリーンの
モサモサのパーマヘアの先輩が、
ひよっこりはん。

塀からニュッと顔を出したと思ったら、
腕がもげんばかりの、振りかぶり。
手で握れるほどのサイズの大きい石を
豪速球で投げ放った。

ガッシャーーーーン

飛び散る窓ガラス

キャーーーーー!叫ぶ生徒。

怒鳴り叫びながら、振りかぶる
エメラルドグリーンヘアのモサモサ
先輩。

2投目、3投目、4投目…

復讐のために拾い集めてきた石を
投げ尽くすまで窓ガラスめがけ、
教師めがけ、憎しみを込め投げつけた。

私の机に広げた教科書とノートの上には
割れた窓ガラスの破片が大量に散らばる。

私は幸いにもケガはしなかったが。
すすり泣く女子で血を流している子も
いた。
ガラスの破片で切れたようだった。
先輩のブチ切れとは甚だ違う。笑

投げるものが無くなった先輩は
教師と乱闘騒ぎにもつれこんでいたが、
駆けつけた警察官が取り押さえ、
連れて行かれた。

ドナドナド〜ナ〜ドーナ〜。

ど〜なん。そこんとこほんま。
なんでわしらがガラスの破片片付けな
あかんねん!
あいつにやらせてから連れてけ!

と思ったのは言うまでもなく。

理不尽が理不尽をうみ、
また理不尽と化す。

とんでもないことやる割に、色白で
プクッと下ぶくれ輪郭の眠たい顔した
エメラルドグリーンヘアのモサモサ頭の
先輩は少年院に入ったようで。
その後、わたしは姿を見たことは
なかった。

先輩がいなくなり、卒業していった。
ヤンキー全盛期はその頃終わりを
迎えたように思う。
私たちの学年が3年生になった頃は
平和になっていたような気がする。

後日わかったこと。
塀の向こう側から何故に先輩の
エメラルドグリーン頭が
見えたんだろう?高さ的にあり得ない。
エメラルドグリーン先輩は何を踏み台に
していたのか?謎だったのだけれど。

自転車を塀に立てかけて
サドルと荷台を足場にしていたらしい。
それ用意している間に我に帰れ。

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昔話、読んでいただき
ありがとうございます。


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