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中世騎士は盾を背負えたか?

『ダークソウル』などのファンタジーではよく、騎士が盾を背中に背負います。あれって史実としては本当に可能だったのでしょうか?ということを調べてみました。
最近、中世騎士っぽい3Dモデルを購入し、いろいろな角度からレンダリングして遊んでいたのですが、その際、「盾って、手で持ってないとき、どこにどう固定しておくべきなのか」という疑問が改めて湧いてきたのがきっかけです。

さて結論から言うと、史実的にも盾を背負うことは可能だったようです。さすがにゲーム並みの速度や正確性を以て「盾を背負う・盾を左手に装備する」という切り替えを行うことは無理でしたが、それでもかなり素早く流動的にそうした動作を行えたようです。少なくとも12~13世紀にかけて描かれた多くの絵画・壁画・文章に、はっきりと「騎士が盾を背負う様子」が描写されています。
ただそれらからは、私たちが思い描くファンタジーなイメージとはけっこう異なる特徴が発見でき、とても興味深かったので、忘備録としてまとめておこうと思います。

皆様の何らかの創作活動へお役立ていただければ幸いです。

ソース

まずソースの紹介ですが、主に De Gueules et d'Argent※1(以下:GetA)という研究団体がWeb上で公開している、” Shield Straps and Holding of the Shield - end 12th Early 13th Century”※2というテキストを参照しています。このテキストには、盾自体というより、「盾を体に固定する方法」について2年越しで調べた結果が、短くまとめられています。基本的には「12世紀終わりから13世紀初めの期間で、兵士たちはどのように盾を装備し、運用していたか」ということが直接的なテーマとなっています。(現在で言う)北欧・イギリス・ドイツ・フランス・イタリアの各地から集めた資料が参照されています。

今私の書いているこの文章は実質的に、このテキストの要点を日本語でまとめ直したようなものになるため、12世紀終わり~13年代初めの西洋騎士(というか歩兵)の”盾事情”に焦点を絞った記述になります。(別の時代についてはまた機会があったら調べてみようと思います。)

なおこのGetAは主に、「17世紀終わりから18世紀の転換期に、サヴォワ(現:フランスのサヴォワ県)で活動していた歩兵たちの生活スタイルを再構築すること」を研究課題としており、ほかにも、その主題に関わるテキストなどをいろいろと公開しているようです。上記の公式サイトはフランス語で書かれていますが、今回私が参照している記事は英訳版として公開されたものです。またサイト内で用いられているフランス語も、私のように第二言語で仏語を取っていただけのレベルでも十分読めます(Google先生のサポートは必須ですが)ので、興味のある方は元を参照してみてください。

※1:
https://www.degueulesetdargent.fr/
※2:
https://www.degueulesetdargent.fr/2017/03/02/shield-straps-and-holding-of-the-shield-in-the-early-13th-century/
(02. mars (=3月2日) 2017, Nathanaël Dos Reis, Translation(仏語→英語) : David Tétard (Dawn of Chivalry))


ほかには、下記の知恵袋的なサイトを2つ参照しました。
https://www.quora.com/Many-games-movies-and-novels-etc-show-a-shield-worn-on-the-back-However-in-real-life-the-shield-is-carried-by-hand-at-all-times-Can-a-shield-be-modified-to-be-easily-attached-to-or-detached-from-the-belt-or-back-like-a-hook-and-eye-closer

https://history.stackexchange.com/questions/12816/how-were-shields-fastened-to-soldiers-backs

盾は首で支える

ゲームに慣れ親しんでいる人は、L1で「左手に装備した盾を”サッ”と構える」という感覚が神経に浸みついているかもしれません。しかし実際、12~13世紀に書かれた文章として残っているのは、「首から装着した盾」というような記述であり、“左腕・左手だけ”で兵士が盾を持っているような表記はかなり限られるようです。

(現代の英語表現で“the shield is at the neck” “shield hanging at the neck" "shield around the neck"にあたる記述が多いそうです。)

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https://www.degueulesetdargent.fr/2017/03/02/shield-straps-and-holding-of-the-shield-in-the-early-13th-century/
より引用。(1180-1200 ; UBH ; Cod. Pal. germ. 112 Rolandslied of Konrad Pfaffe f74v)

盾の裏側には留め具が付いており、それに専用のベルトを通していました。そのベルトを上の図のように、右肩・首の付け根部分にかけることで、盾を”背中~体の左側辺り”に装備していたわけですね。

・戦う時もそのまま
さて面白いのは、この装備スタイルが盾の”運搬方法”としてよりも”使用方法”として多く言及・描写されていることです。つまり兵士たちは、「戦う時は盾を首から外して、左手に装備する」のではなく、首から盾をかけた状態のままで戦っていたのです。

実はこれにより、自分の体全体で盾を支えられるので、左手だけで盾を構えるよりも遥かに安定し、防御性能が向上するのです。歩兵同士が盾と剣を構えて戦う場合、このスタイルがデフォだったわけです。
盾には、左腕固定用のベルトや左手の平で握るハンドグリップも付いていましたが、それらは盾を支えること自体よりも、盾を向ける方向を調整するために役立てられていたと考えられます。

わりとゲームっぽく動けた

より興味深いのは、この装備スタイルによって、兵士は「盾を構える・盾を離す」という動作をかなり素早く行えることです。左手をグリップから放しても、当然盾は地面に落ちませんので、自由になった左手・左腕で臨機応変な動作が可能だったのです。

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同上サイトより引用。(1200 ; MAK ; MS 3984 Speculum Virginium f?)
例えば、敵の右手を押さえて剣を振れないようにしつつ、自分は右手の剣で攻撃する、といった戦法や、

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同上サイトより引用。(1210-1220 ; SBB ; MS Germ. 2°282 Eneit (Eneasroman) f50v の下のみ抜粋)
左手で敵の鎖帷子(厳密には” hauberk”)を下からめくり、そこから剣を突き入れるというなかなか恐ろしい戦法も取られていたようです。

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同上サイトより引用。(1210-1220 ; SBB ; MS Germ. 2°282 Eneit (Eneasroman) f53r-2c)
そしておなじみ、両手持ちでの剣撃もしっかりと実践されていました。ただこれはあくまで、弱って抵抗できなくなった敵に止めを刺すために行われることが一般的だったようです(絵画などを見る限り、そう解釈する方が自然なようです)。

このように、「左手を自由に動かしつつも、必要に応じて、盾を素早く構える」という非常に流動的な盾運用は、実際の戦闘でも展開されていたと考えられます。ちなみにDetAは、この実戦模様をデモンストレーションしてYouTubeで公開しています※3(めっちゃ面白くて興味深いです)。それを見る限り、実際かなりの速度で「盾を構える・放す」モーションは実行可能だったようです。
ただこの「盾を素早く構える動作」は、ほとんど全身運動に近い動きになるので、鎧を着た状態で何度も行っていると、かなり体力を消耗するように思えます。△ボタン1つで気軽に行う感覚とはかなり違うものだったのでしょうね(当たり前ですが)。

※3:
https://www.youtube.com/watch?v=kyz36L6rCl8

左腕固定ベルトはあくまで補助

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この首からかけるベルトなしに、「左腕固定ベルトだけで、盾を左腕に装備している」というような兵士は、かなり珍しかったようです。理由は簡単で、メリットがないからです。
左腕固定ベルトで盾をぎっちり固定してしまうと、ハンドグリップから左手を放しても盾が左腕から離れないので、先述のような多様な戦法が取れなくなってしまいます。
また、左腕固定ベルトなどしなくても、グリップをしっかりと握って構えれば、防御性能も問題なかったようです。(もちろん、首から盾を掛けている場合と比較したら、安定性は落ちるでしょう。)
というわけで、上の図のようにファンタジーでよく見る(私が最近購入した3Dモデルも含め)、左腕だけで重そうな盾を固定しているという状況は、史実としては比較的稀なケースだったようです。

撤退時は背面防御用に背負う

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同上サイトより引用。(1180 ; Bamber Dombibliothek ; MS Bibl.5 Psalmenkommentar mit Bilderzyklus zum Leben Davids f004v)

加えて、敵に背を向けて撤退する際は、盾を真背中に背負うことで、背面への攻撃を防いでいました。このとき、ベルトをしっかりと握りながら盾のポジションを高くし、首までガードできるようにしていました。
こうした点までリアルに再現しているゲームはあまりないのかもしれません。ダクソでは盾を背負っていようが何だろうがバクスタ取られちゃいますし。個人的には、(ファンタジーではないですが)MGSVで、盾を背負うことによって後ろからの銃撃を防げたのが便利で印象に残っていますが、ほかにはちょっと思い当たりません。強いて言えば、時オカの子どもリンクは、ハイリア盾でガードするとしゃがんで亀みたいになりますが、あれが発想としては近いのかもしれませんね。

おわりに

まとめると、(12世紀後半~13世紀初期くらいの)中世騎士たちは、盾を”右肩と首の付け根”辺りから支えるように背負っており、戦闘中もその状態をキープすることで、「盾装備・装備解除」を流動的に行っていた。そして撤退時には首をカバーするようにしっかり背負うことで、敵の追撃を防御していた。ということになるでしょう。
装備スタイル自体は、ファンタジーなイメージとはかなり異なりますが、むしろそれによって、ゲームのように臨機応変な盾運用が可能になっていた点は非常に面白いですね。逆に、私たちが今日ゲーム的に知っているような”自由度の高い盾の使用方法”をリアルに実現しようとした結果、”首で盾を装備する”というスタイルに行き着いたのかもしれません。

騎士たちの盾事情をぐぐってみても、なかなか有用な情報が見つからず困っていたところ、運よくとてもよくまとまったテキストを発見できたので、忘備録的にまとめてみました。同じような情報を探している方の助けになったら嬉しいです。

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