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現代語訳『さいき』(その8)

 女の家は代々、禁中に参籠札《さんろうふだ》を献上している商家だった。その伝《つて》のおかげで佐伯の領地問題は程なく解決し、豊前国《ぶぜんのくに》に戻るための支度を調えたが、女がわずかな間でも離れることを悲しんだため、いつまでも出発しかねていた。

(続く)

 清水寺で祈ったおかげでしょうか、女の実家のコネで数年来の訴訟問題があっさりとクリアします。これで国元に帰ることができると思いきや、いっときも離れたくないという女の思いから、佐伯は都に留まり続けます。――素直に考えると連れて行けばいいはずですが、どうやら実行に移せない事情があるようです。

 しばらくの間、この理由が伏せられたまま物語が進みます。作者の情報の出し方がとても上手いので、「いつ、どんな形で判明するのか」を気にしながら読んでいただけると楽しいかと思います。

 なお、訳文にある「参籠札《さんろうふだ》」は、寺社に籠もって祈願する際に、本尊名と共に名前や日付などを記して納める木札のことで、原文で「さんらうかん」と表記されている箇所に該当します。作品のテーマが仏教信仰であることと、女が信心深く、しばしば清水寺に参籠したことから「参籠の木簡」と解釈しましたが、手元の書籍(※参考文献参照)では「繊蘿蔔羹《せんろふかん》」(=千切り大根の汁もの)ではないかとされています。

 それでは次回にまたお会いしましょう。


【 主な参考文献 】


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